2000/10/29 - 2005/10/30
626位(同エリア1068件中)
wangさん
大連市内から60Km、旅順区があります。
ここは昔、日露戦争の最大の激戦地でも知られている所です。
現在も外国人が立ち入りを制限されているところです。
特に、市内は中国人以外の人が入れないく、観光バス中でしか見られません。
その中でも旅順港(旅順口)は軍港になっているので現在でも制限がされています。
運よく旅順港での撮影を許可されましたのでビデオで撮影をした内容を写真にしたものです。
観光では許されている203高地、水師営会見跡、東鶏冠山などは旅行者でも行かれます。
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昔の刑務所跡、日露時代には最初はロシアの刑務所で、そのあと日本の刑務所として使用され、現在は記念館として中国人に公開をされているが、外国人は立ち入ることはできません。
ただし、事前に申し込みをすると見ることが可能な場合があります。 -
旅順港の入り口付近の写真です。
私も6年目にして初めてでした。特別に許可をもらって撮影をしました。 -
旅順港の中。2005年10月撮影
軍艦も停泊していました。 -
旅順港の中。2005年10月撮影
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水師営会見跡地。2005年12月撮影
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水師営会見跡地
2000年ころの石碑の跡が見えます。 -
水師営会見跡地。2000年10月撮影。
この頃は、石碑がありました。
現在はこの石碑は取り外されていました。 -
203高地からの旅順市内と旅順港。2000年10月撮影。
左の建物は現在はありません。 -
現在の風景。2005年10月撮影。
建物跡地には展望台となり砲台が置かれていました。 -
203高地から見た旅順港。2000年10月撮影
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東鶏冠山
日露戦争でが4カ月におよぶ死闘を繰り広げたところ。 -
東鶏冠山。2000年10月撮影
ロシア軍のトウチカ内部 -
東鶏冠山。2000年10月撮影
ロシア軍のトウチカ内部 -
東鶏冠山。2000年10月撮影
ロシア軍のトウチカ跡
東鶏冠山は日露戦争が4カ月におよぶ死闘を繰り広げたところ。今なお弾痕の跡が残っている。 -
東鶏冠山。2000年10月撮影
ロシア軍のトウチカ跡
東鶏冠山は日露戦争が4カ月におよぶ死闘を繰り広げたところ。今なお弾痕の跡が残っている。 -
東鶏冠山。2000年10月撮影
乃木将軍の次男が戦死した跡地 -
東鶏冠山。2000年10月撮影
乃木将軍の次男乃木保典の石碑
東鶏冠山のトウチカから歩いて5分ぐらいの所にあります。 -
東鶏冠山。2005年10月撮影
ロシア軍のトウチカ跡
東鶏冠山は日露戦争が4カ月におよぶ死闘を繰り広げたところ。今なお弾痕の跡が残っている。 -
東鶏冠山。2005年10月撮影
ロシア軍のトウチカ跡
東鶏冠山は日露戦争が4カ月におよぶ死闘を繰り広げたところ。今なお弾痕の跡が残っている。 -
東鶏冠山。2005年10月撮影
ロシア軍のトウチカ跡
東鶏冠山は日露戦争が4カ月におよぶ死闘を繰り広げたところ。今なお弾痕の跡が残っている。
日本軍がトウチカを突破した場所
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