2005/11/25 - 2005/11/25
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井上@打浦橋@上海さん
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魯迅公園は普通、正門である大門(南に向いてる)から入ります。
この日は、初めて後門(北に向いてる)から入りました。
東側のコースを通りましたので魯迅さんのお墓は外してしまいました。
通常、大門から入りますと魯迅像を見て引き返してしまうわけですが、
今回後門から入って見て、いやぁ、広い公園なんだなぁと実感した次第です。
魯迅公園は昔は虹口公園と言ったり、また日本人がこの地域に住んでる頃は
新公園と言ったりしたようです。
上海歴史ガイドマップを見ますと、
東側のコースに沿った一帯は当時は射的場だったようです。
そして日本軍の弾薬庫などもあったようです。
秋の魯迅公園の様子を、どうぞご覧ください。
どうということは、ないんですが・・・・・。
魯迅公園の裏側には上海外国語大学があります。
そのためなのかどうか、裏口門の脇には
「LUXUN PARK」と書かれています。
-
魯迅公園裏口沿いの道路・大連西路には観光バスが数台並んでいました。
よく見ましたら、皆、韓国からの観光客を乗せたバスでした。
何故に、韓国人が魯迅公園へ・・・。
魯迅公園は日本人観光客しか来ないはずだと、思っていたのに・・。
韓国人が、必ず行くのは馬当路にある大韓民国臨時政府旧址なんですが、どうして魯迅公園・・?? -
コレが魯迅公園の後門入り口です。
ここで魯迅公園について、上海歴史ガイドマップから・・・
1896年工部局が農地を買い取り、租界義勇隊の射撃練習場を設けたことに始まる。西部を運動公園として整備、1905年正式開園。テニスコート、ゴルフ場、サッカー場など外国人を対象とする各種のスポーツ施設を開設。1928年以降、中国人にも入園を許可する。在留邦人は「新公園」と通称する。上海事変終結後の1932年4月29日、日本の戦勝祝賀式典で朝鮮人の投げた爆弾によって、閲兵台上の白川義則陸軍大尉、重光葵行使らが死傷する事件が発生。日中戦争中は、日本軍の弾薬庫となる。
・・・・となってます。
そうか・・・その関係で韓国人がココを訪れるんだ・・・・・なるほど。
韓国人にとっては、韓国人の英雄が日本軍に一矢報いた記念すべき場所だったんですね。
調べましたら・・・
犯人は抗日組織、韓人愛国党の党員尹奉吉(ユル・ポンギル)という人で、その場で逮捕され、同年12月19日、金沢で銃殺刑に処せられたそうです。 -
「青々とした山も、清水流れる川もなく、果てなく広いだけだ」内山完造は上海をこう表現し、上海には自然がない、と嘆いたそうです。
私も、同じ思いですね。
上海はどこまで行っても真っ平らで、山がない。運河はあるけど川がない。水は汚いし、流れが感じられない。
当時の英国人も、その思いが強く、この公園を造ったのでしょう。従いまして、この公園は、川やら山やらが結構多いです。 -
ここではゲートボールをやってました。
ゲートボールは、中国語では門球です。
そのままです。 -
こういった芝生の広場もあります。
孫と来ているお婆ちゃんが多いような・・・。
平坦ではなく、右へ傾斜して高くなっていきます。
この柵はなんなんでしょうか。
立ち入り禁止の柵なのか・・・。
それにしては、中にベンチがあったりして・・。 -
売店前の広場では、もう、たくさんの人たちがトランプなどに興じています、
右のバイクは足が不自由な人用のバイクです。 -
池の向こうではアベックが見詰め合って語らっております。
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コレは秋っぽい感じが出てますね。
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「中日青年世代友好」という記念碑がありました。
時計が付いてます。
ヒッソリとしたところに隠れるようにありました。
「王震」の文字が確認できます。
王震さんは中日友好協会名誉会長でした。 -
こんなところで結婚アルバムの写真を撮っていました。
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漆喰の白壁、黒い瓦屋根の江南風の建物にも人がワンサカ。平均年齢60歳以上でしょう。
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コレも秋の公園と言う感じがタップリ出てるでしょう。
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向こうの人だかりからは「北国の春」のメロディーが聞こえてきます。
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近寄ってみました。CDから流れてくる音楽にあわせてハーモニカを吹いてるんです。全て、日本の歌謡曲です。今は、「大阪しぐれ」です。拍手しまして「うまい、うまい」と言ってやりましたら「日本の方ですか、私は日本の歌謡曲が大好きです」と言って握手されました。
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上海ウォーカーの
http://www.shwalker.com/shanghai/contents/serialize/200502/
の記事によりますと・・・・内山完造は虹口で暮らした数十年の間、ほぼ毎日新公園に出向いては、「朝に散歩、夕べに納涼」しており、多くの日本人たちもここで散歩をし、スポーツを楽しんでいた。かつての居留邦人の中で、幾度となく散歩をした新公園を上海の思い出の中に含んだ人の数は少なくない。
・・・・・ということです。
この記事を書かれた陳祖恩先生は上海歴史散歩の顧問の先生です。
陳先生とは、何度か一緒に食事をしました。
孔乙己酒家でやったり董家渡路の労働者君が食う小さくてあまり綺麗とはいえない食堂でやったり・・・。 -
また、上海ウォーカーの陳祖恩先生の記事からの引用です。
虹口公園(今の魯迅公園)はスコットランドの植物・園芸専門家のマグレガーが設計し、当時、極東で最も美しい公園と讃えられた。正門を抜けると木蘭の並木道になり、並木道の隣には広々とした草地が広がる。草地の中央を一筋の小川が横切り、英国カントリー風の木橋がかかっている。各種スポーツ施設の周辺にはヨーロッパ産の樹木や草花が植えられ、スポーツをしながらも四季折々の自然を楽しむことができるようになっている。当時、上海には公立の大型スポーツ施設がなかったこともあり、第2回遠東運動会(1915年5月15日〜22日)、第5回遠東運動会(1921年5月30日〜6月4日)が虹口公園を借りて催されている -
こちらが正門ですね。
門を出ますと四川北路です。 -
四川北路に出て、バス停まで来ました。
帰りも18路バスを利用します。
次のバス停は山陰路となってますね。
つまりスコット路です。
北の終点がココ魯迅公園站ですが、南の終点は高雄路站です。
私が降りたのは斜土路です。斜土路からは89路バスで打浦路まで・・。
今日の散歩はコレで終わりです。
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この旅行記へのコメント (3)
-
- りっちゃんさん 2005/11/30 15:00:04
- すっかり晩秋ですね
- わたしが魯迅公園に行った時はあつ〜い時期でしたが、これを見るともう寒い感じが伝わってきますね。
ここに行くバスに乗ったときに運転手&車掌さんがお昼ご飯を食べる!という面白い場面に合ったのです。
初めての路線に乗るときは「ほんまにだいじょうぶかな」と車掌さんに確認するのですが、このときも親切に教えてくれました。
上海のバスってすごいエエねんなぁ。。。
それにしてもどうしてこのお散歩記事には何のコメントもないのですか?。
いまいちチカラ入ってなかったのでしょうか
いつも打浦橋さんのホンワカした解説を面白く楽しんでいるのにぃ。。。
- 井上@打浦橋@上海さん からの返信 2005/11/30 20:12:43
- ユッタリ、生きるのも、イイかも・・・
- りっちゃさん、どうも。
晩秋ですか・・・・フムフム・・・晩秋っていう微妙な季節感・・・
この辺は、もう、日本でしか味わえないのかなと、思ってますが、
香港ではどうですか・・・・
やはり、なかなか難しいのかなと、想像します。
上海と言うか、大陸ですと、秋という感覚がなかなか、どうも・・・です。
りっちゃんさん感覚の香港見て歩き、期待してますので、お願いしますよ。
魯迅公園の散歩は、イマイチ、面白い場面に出会わなかったので、
コラムの書込みが、サッサと行きません・・・・
ソレと、ヒマでしょうがない私ですが、ここんとこバタバタしてましたので・・
明日の朝辺りから、ボチボチ行きます。
りっちゃんさんの、バスでの運チャンと車掌が途中で昼ごはんを食ってる、ってぇのは、まあ、なんちゅうか、かんちゅうか、あきれると言うか、面白いというか、笑ってしまうと言うか・・とにかく・・・いや、面白いのです。
こういうことに怒る人の気が知れません。
-
- 東明路@上海さん 2005/11/30 01:34:04
- 北門?大連口?
どうもです! 私はいつもこの門から入ってますよ。
南門(正門)は四川路に面してますからバスが混むし、遅いんですね。
大連西路だと道も広いし、バスも早やいんで利用してます。
我が家からは871路バスで行き、「大蓮随道」を越えたら79路バスに乗り換えになりますが・・。
「上外」の裏道の雑記もありますから良かったら見てください!
http://4travel.jp/traveler/tongminru_shanghai/album/10042053/
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