2003/01/22 - 2003/01/28
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真@tokyoさん
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1900年代初頭の上海は海外からの貿易商、企業家、外交官と、政府要人等が活躍し、彼らの邸宅が多数建設された。
地域的にはフランス租界とその周辺部に集中し、現在も高級住宅地として評価が高い。
邸宅の多くは、現在、ホテル、博物館、教育その他の公共施設に使用されている。一時荒廃したものもあるが補修され、外観から当時の華やかな生活を知ることが出来る。
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興国賓館(1935年 興国路)
ジョージアンスタイルの上品な建物。大古洋行の別荘、迎賓館として使用されたもので、広大な芝生に面して、一連のカップルのイオニア式オーダーが立ち並び、規模の大きさを表現している。この他にも敷地内には数棟の洋館が点在し、上海に居ることを忘れてしまう。 -
工芸美術研究所(1905年 旧フランス統治長官邸)
フランスルネッサンス様式の美しい大形建築で、緑の芝生と白亜の優雅な建物が大国をあらわしている。庭から2階入り口にかけての雰囲気が良い。解放後 市長陳毅が住宅として使用した。 -
東湖賓館(1929年 東湖路)
杜月笙宅 彼は暗黒街の帝王であり、一方では警察権力と密接な関係を持って上海を牛耳っていた。孫文、蒋介石ともつながりがあったといわれる。建物自体は庭園に面し、迎賓館として使用されるにはぴったりのものである。大戦後は米国総領事館、その後、文化大革命の4人組の一人、王洪文の事務所が入ったりして現在はホテル。 -
馬勒飯店(旧マーラー邸)
競馬王と云われたマーラーが、建てたものでノルウェー風のものに、とんがり帽子を載せた不思議な建築。内部は多数の部屋が複雑に配置されている。現在はホテル。 -
宋慶齢故居 (准海中路)
孫文夫人として中国共産党を支え後年国家名誉主席となった宋慶齢が1950年代に住んだといわれている。比較的こじんまりとした邸宅で、当初はドイツ人バウワーの住居として建てられたものう。
門を入ると、記念館が付属しており、彼女の足跡を知ることが出来る。 -
克来門公寓(1929年 Clement Apartments)
中庭を挟んで5弁の花びらのように塔屋が配置されている奇妙な構造。落ちつた住宅地に類似した一連の建物が連続している。プール、ダンスホールが付設されていた。 -
上海城市規画設計院(1937年 旧呉同文邸 )
モダニズム建築として上海を代表するもの。曲面とそれに続くフロアーの関係が斬新さをかもし出している。設計者ヒューデックには他に国際飯店、大光明電影院等の作品がある。 -
上海京劇院(旧蒋介石邸)
蒋介石は宋美齢と結婚後、南京が活動の中心だったが、これは上海邸。
この一画は、数棟の洋風建築があり、京劇院と上海音楽院付属中が使用している。 -
丁香花園(崋山路)
李鴻章が愛人、丁香のために建てた物で、伝統的な中国式庭園にイギリス風の建築をあしらえたもの。現在はレストラン。 -
日本総領事館(旧盛宣懐邸)
写真では、ほとんど様子が分からないが、少し古い写真では玄関周りはしっかりした6本のオーダーで構成されている。現在は、この写真の通りで変更が加えられているようである。
盛宣懐は中国産業の近代化に尽くした洋務派官僚、実業家。 -
対外友好協会上海市分会(旧郭宅) 南京西路
2階3階にイオニア式オーダーを持ったベランダによるコロニアルスタイル。広い庭園を有した高官の住宅であった。
隣にも、外務高官の同様な洋式建築が並ぶ。 -
長楽路の住宅1
円形に張り出した部屋をもつ住宅。庭、建物ともは派手さ無いが、手入れよく使用されている。付近には、このような高級住宅が多い。 -
長楽路の住宅2
荒廃した邸宅 広い庭も荒れ放題であった。
円形のサロンルームはこの住宅での生活様式をしのばせる。訪れたときはTVドラマのロケに使用されていた。 -
長楽路の住宅2 の階段ルーム
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アクエリアスカンパニー (福州路)
香港上海銀行裏にあり。この地区には珍しいハーフティンバーの事務所。現役でがんばっている -
上海音楽院付属中の一画にあります。
蒋介石が使用していたとも言われています。
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この旅行記へのコメント (4)
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- Rockyさん 2007/09/22 08:20:53
- 彼らの邸宅...
- 真@tokyoさん、訪問ありがとう
>1900年代初頭の上海は海外からの貿易商、企業家、外交官と、政府要人等>が活躍し、彼らの邸宅が多数建設された
...に1票です。
詳しいい写真&説明で上海の魅力がアップしました。
真@tokyoさん建築説明を見に又きます。
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- 真@tokyoさん 2005/10/21 22:56:24
- ハーフティンバー
- 井上さん、馬勒飯店の件はありがとうございました。
すぐ直しました。
新華路見てきました。
カントリー・ガーデン・レジデンスあたりに当時のものが多そうですね。
華山路より西は知りませんでした。広い広い。
ハーフティンバーは木造の骨組みの間を漆喰で埋めて壁がつくるのだから、日本流では真壁つくりです。梁や桁・柱が出てまいりますので、田園風景にマッチするのでしょう。イギリスに端を発して、欧州、北米に広がりました。
日本の代表選手として、北九州市郊外の松本健次郎邸を紹介します。
http://www.yado.co.jp/tiiki/kitakyu/matumoto/matumoto.htm
個人住宅に採用されますので、上海では、フランス租界の方には見られると思います。虹橋空港近くに柏龍賓館(サッスーン別荘)は良質なハーフティバーですね。泊まりたいが我々は新館でしょうね。
盛宣懐胸像はまさかこんな所にあるとは思いませんでした。見逃していました。
有能な人だったようですね。
日本総領事官邸の車寄せが、書物の写真と異なります。
まだまだ奥が深い。井上さんが歩き回るのも分かります。
真@tokyo
- 井上@打浦橋@上海さん からの返信 2005/10/22 08:17:03
- 留園&盛毓度
- 真@tokyoさん、どうも。
いやぁ、勉強になりますよ。
また、ひとつ、利口になった・・・・というところです。
ハーフティンバー・・・なんとなく分かってきました。
松本健次郎邸も、なかなか素敵です。
新華路には、このタイプの邸が多かったです。
ところで、真@tokyoさん・・・・東京・芝に留園という中華料理屋があったでしょう。
あそこの経営者・盛毓度(せいいくど)と言うのは盛宣懐の甥っ子の甥っ子らしいですね。
ですから孫と言う可能性もあるんですが・・・・。
この人を、私は東京競馬場の特観席で2・3度見かけました。
彼は馬主でも有り、彼の馬には「リンリンリュウエン」とか「ランランリュウエン」とか
必ず「リュウエン」が付きました。
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- 井上@打浦橋@上海さん 2005/10/21 12:22:17
- コテコテ下町とは別世界です
- 真@tokyoさん、どうも。
真@tokyoさんと上海をうろつきまわったことを思い出します。
馬鞍飯店は馬勒飯店でしょう。
盛宣懐の胸像は私のページ「上海歴史散歩・上海交通大学」を
ご覧ください。
長楽路のお邸は、もう、
香港の大金持ちあたりが大枚はたいて買ってしまったかもしれません。
日本円でしたら、2億、3億じゃ無理でしょうね・・・・。
アクエリアスカンパニーの写真のハーフティンバーというのは、
英国風のものなんでしょうか・・・
こういったスタイルの建物は新華路でも、見かけましたね。
私のページの「 上海・新華路は地元の人自慢の道なのかも・・・」
をご覧ください。
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