2005/05/11 - 2005/05/26
11437位(同エリア11776件中)
mamimuさん
- mamimuさんTOP
- 旅行記111冊
- クチコミ0件
- Q&A回答0件
- 152,269アクセス
- フォロワー0人
午後は坂本龍馬ゆかりの地でのんびりして、夜は夜景観賞。
翌日は午前中に亀山社中を見学。
-
2005年5月13日 長崎
坂本龍馬が結成した、日本最初の商社「亀山社中」(後の海援隊)へと続く道。この日は亀山社中はお休み。なので、見学は翌日の予定なのだけれど、翌日は移動日で時間がないため、周辺にある施設は今日のうちに見てしまおうとやってきた。
電停から亀山社中へは徒歩の距離が長いことはわかっていたが、こんなに勾配がきついとは思わなかった。階段を上りつづける必要あり。暑い。つらい。明日もここを上るなんて。
移動の度にこの階段を上り下りした龍馬や社中のみなさん、お疲れさまです。 -
2005年5月13日 長崎 亀山社中
やーっと上りきった。今日は閉館日だから誰もいないだろうと思ったら、やはり観光客らしい3人組みが。車で見学している人たちらしく、ここにも近くまで車で来たみたい。階段を上りきって息を切らし、顔を真っ赤にした私を見て、「下から上ってきたの?えらいわねー。帰りは乗せていってあげようか。」と言ってくれた。ありがとうございます! しかーし、さらに山の上まで行き、風頭公園で龍馬像を見たかったから、お断りした。ご好意はとても嬉しいです。でも、気持ちだけお受けしておきます。
相手が、私の苦手な関西弁を話す方だったのと、疲れていて会話できる状態ではなかったのとで、素っ気無くお返事してしまったと後でちょっと反省。 -
2005年5月13日 長崎
亀山社中周辺には、こんな風に社中のメンバーによる案内板が所々にある。それぞれ違う人が案内してくれる。
『竜馬がゆく』を読んだ人なら、「あ、この人知ってる!」って言いたくなってしまうと思う。 -
2005年5月13日 長崎 風頭公園
公園の中には龍馬の像がある。他には『竜馬がゆく』の文学碑や日本最初の職業写真家である上野彦馬の墓もある。
地元の人にとっては普通の公園みたいで、中学生ぐらいの男の子が野球をしていたり、おじさんが犬の散歩をしていたりする。 -
2005年5月13日 長崎 風頭公園
山の上だけあって、眺めはよい。
帰りは来た道と違う道を行こうと、適当な道を下り始めたら、いつの間にか墓地の中。「墓地から抜けられなくなったらどうしよう」と不安になりながらも、下りの階段がある限り下り続ける。すると、いつの間にか一般道へ。助かったー。明るいうちでよかったよ。 -
2005年5月13日 長崎 風頭公園
-
2005年5月13日 長崎 興福寺
風頭公園から下りてきたらあった。夕方で閉館時間を過ぎていたため、中には入れず。
いんげん豆の発祥の地であるお寺。 -
2005年5月13日 長崎 眼鏡橋
昼間の眼鏡橋もキレイ。川に姿がくっきり映っている。 -
2005年5月13日 長崎 稲佐山から見た夜景
やっぱり写真ではブレてる。
キレイだったー。寒くて長い時間は見ていられなかったのが残念。 -
2005年5月13日 長崎 稲佐山から見た夜景
-
2005年5月14日 長崎 亀山社中
今日は亀山社中の開館日。入口には大きな龍馬の写真が。 -
2005年5月14日 長崎 亀山社中
中には亀山社中に縁のある人の写真や資料等や司馬遼太郎の写真がある。
ここに写っている女性、私が数年前に韓国の慶州でお会いした女性かもしれないと思って写真に撮ったのだけれど、よく見ると違うかも。 -
2005年5月14日 長崎 亀山社中
龍馬に饅頭屋(実際、饅頭屋の息子だったから)と呼ばれていた近藤長次郎。社中の仲間に内緒で海外留学(英国だったかな)することになっていた。出発の数日前、思いつきで記念写真を撮ったことが発端で仲間に計画がばれてしまう。規律を破ったということで切腹することに。龍馬が長崎を離れていた時の出来事。
この写真のために命を落とすことになる。ここには、初めての写真撮影への緊張だけでなく、外国への出発を前にした不安や期待が写っているはず。 -
2005年5月14日 長崎 亀山社中
龍馬の奥方のおりょうさんか、大浦慶さんのどちらか。たぶん、おりょうさん。
美人だけど家事は苦手で、あまりいいお嫁さんタイプではなかったらしい。それでも、刺客に襲われそうになった龍馬を救ったりと、龍馬にとっては存在の大きかった女性。 -
2005年5月14日 長崎 亀山社中
中岡慎太郎か陸奥陽之助のどちらか
中岡慎太郎なら、陸援隊の隊長であり、龍馬が襲われた時に一緒に襲われた人物。龍馬は襲われた日に亡くなったが、中岡慎太郎は致命傷を受けたに留まる。一時はご飯を三杯も食べるくらい元気になったが、結局翌日には吐いてしまい、そのまま悪化。襲撃から二日後に亡くなった。
陸奥陽之助は、海援隊の隊士で龍馬からの信頼も厚い。茶貿易で有名な大浦慶さんに気に入られ、お慶さんは海援隊への資金援助を、「陸奥陽之助を担保にしてくれるなら引き受ける」と言ったらしい。 -
2005年5月14日 長崎 亀山社中
-
2005年5月14日 長崎 亀山社中
-
2005年5月14日 長崎 亀山社中の近くで
平成7年に、亀山社中130周年を記念して建立された。
この旅行記のタグ
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
mamimuさんの関連旅行記
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
0
18