2005/05 - 2005/05
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神田明神氏子その五さん
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戦後に流行った藤山一郎の流行歌の一節
「輝く聖路加か、はるかに虹・・・」の文句にも歌われた
病院のチャペルの尖塔が街のシンボルとも言うべき築地明石町
ここにかって明治維新以降外人居留区として、さまざまな
文明開化の魁とも言うべきものが導入されました。
そうした江戸から明治にかけての史跡を巡り
遠く一世紀半前の日本に思いを馳せたぶらりWALKでした
-
最寄の日比谷線築地駅から本願寺の裏手の方へ行くと神田多町、司町、淡路町、須田町辺りに未だ残ってる
のと同じ銅板葺きのファサード店舗がいくつか残っているのに出会います
大体関東大震災後の昭和の初期に建てられ、偶々戦災にも遭わず生き残ったツワモノ達です。聖路加病院があったので、爆撃を逃れた、と言われています。
聖路加は、米国聖公会の運営する病院なんです。 -
堀を埋め立てた築地川公園には、自動車の排気ガスで痛めつけられた銀座の柳とは、違って
歌の文句ではないですが「柳青める日・・・」
の歌詞そのものの若緑の柳が豊かに枝垂れてました。 -
聖路加看護大学の南東の隅には、文明開化の金字塔
とも言うべき史跡が二つ並んでいました。
一つは、ここが曾っての九州中津川藩の中屋敷の
あった 場所で、藩士だった福沢諭吉が
安政5年(1858)に、後の慶応義塾の礎となった
蘭学塾を開いた地だった、と言う碑。 -
もう一つは、同じ中屋敷に住んでいた
前野良沢の役宅に、当時の蘭法医が集まって
オランダの解剖書「ターフェル・アナトミア」の翻訳出版を行ったいはば「蘭学事始」の地だった事です。「解体新書」全5巻がその成果でした。
江戸の西洋医学の揺籃の地といってもいい訳です。
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