2005/06/19 - 2005/06/19
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井上@打浦橋@上海さん
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先日の復興路散歩は、西から東に向かい、南北高速ラインで終わりました。
今日は(05年6月19日)は、その延長を行きました。
復興中路は暫く続きますが、中華路で終わります。
そのあとは、復興東路になります。
しかしながら、旧フランス租界はその手前の西蔵南路で終わります。
復興路は、西から東へ、様相が少しずつ変わって行きます。
その変化を感じながら散歩するのは、結構面白いのです。
途中、キリスト教会もありますし、道教のお寺も有ります。
また、イスラム教会も有ったりします。
復興東路を黄浦江まで行き、あとはフェリーに乗って、黄浦江を渡り、浦東へ。
そして、昔の名前で出ていますのヤオハン・デパートまでが、今日の散歩です。
2時間半のコースです。上海に来られまして、どうしようもなく時間がありましたら、
お試しを・・・。
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復興中路までは、我が家から歩いていきました。
途中の重慶南路にある上海医科大学の建物です。
昔は震旦大学(Aurora University)と言ってました。
カトリック系学校でした。
建物は1930年代のものでしょう。 -
上海医科大学の北隣の石庫門住宅です。
万宜坊となってました。表紙の写真も万宜坊です。
やはり1930年代のもの。
韜奮さんと言う方が住んでいたとか。
有名な方なんでしょうが、どういう方なのか・・・・。 -
重慶公寓に着きました。
この写真は建物の西面でして、重慶南路のセンターラインから撮りました。
1931年竣工らしいです。 -
重慶公寓の入り口です。
先日、訪れました時は、ココの住人のおばあちゃんに、話しかけられました。
「あんた、なんだい、ココの部屋、買うのかい・・
この公寓は、イイんだよ、沈下してないんだから」
・・ってなこと言われました。
そうなんです、上海の昔の建物は沈下してるのが多いんです。錦江ホテルの北楼(5星です)も2m近く、沈下してるんです。ですから、1階のロビー部分は、階段で降りていく形になります。 -
入り口を入った中の様子です。
1階ロビーと言ったところでしょう。
階段がありまして、その左に中庭に出る出口があります。 -
中庭に出まして、撮った写真です。
なかなかな、ものでしょう。
アグネス・スメドレーも住んでいたとか。
昔は、西洋人が住んでいたんでしょう。
解放後は俳優とか、学者とか、文筆家などが住んでいたのかも・・となると文革時代は、ヒドイ目に会った人もいたはずです。
今は、一般老百姓が住んでる。
いろいろなものが詰まってるように思えます。 -
階段を上まで上がり、一番上から階段を撮った写真です。
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3階のベランダに出て、外を写したものです。
洗濯物があります。 -
重慶公寓を出て、チョイ行った左側にある小区です。
松韵小区となってました。 -
松韵小区を出るときに撮った写真です。
出入り口手前で、小物修理業を営むおじさんです。
傘から、靴から、カバンから・・なんでも修理するんでしょう。 -
松韵小区を出ましてチョイ行った右側にある花園公寓と言う小区です。
1929年完成となってます。
昔の名前は派克公寓です。派克とはPikeということか・・・? -
派克公寓の中庭からの写真です。
自家用車が多いですね。
ここも昔は、それなりの人たちが住んでいたんでしょう。 -
淡水路を超えて、スグ右にあるキリスト教教会です。
中に入り写真を撮ってイイかと尋ねましたら、あんた、信者か、と聞かれました。違うといったら、ダメですって・・
諸聖堂(The all saints church)と言う名前です。 -
この教会は幼稚園もやってるようです。
この写真は6月17日の午後4時頃の写真です。
出迎えの、婆ちゃんやら爺ちゃんやらお母さんで、ワンサカです。 -
復興中路は更に続きます。道端でトランプをやってる近くの住人。
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復興中路を更に行った右側にある小区の内部です。
瑞華坊という小区です。電線ゴチャゴチャ、洗濯物もゴチャゴチャ。 -
成裕里という小区の中です。
自転車がきちんと並べられていますね。
通路が狭いので引越しも大変だろうし、火事が起きたら、もっと大変。 -
順昌路との交差点です。
左側にも、民家商店がビッシリだったんですが3年ほど前に全て撤去になり、今は高層マンションが建っています。 -
更に復興中路は続きます。コレは済南路の手前辺りでしょう。
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済南路を超えてチョイ行った右側にある小区の入り口です。このおじさん、日がな一日、ここに居るんでしょう。ココはおじさん専用スペースなのでしょう。
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吉安路を右に入り、チョイ行った左側にあるお寺です。
法蔵講寺となってました。道教のお寺なのか・・・? -
お寺の門をくぐってスグ見える風景です。
向こうに見えるビルと、お寺の内部は、異質の世界です。 -
本堂は、周りの通路より高い位置にあります。
階段の下から見た本堂です。 -
本堂の前の広場です。お参りしてる人たち。
何を祈願してるのか・・・上海人ですから勿論、お金でしょうね・・
大雄宝殿となってますね。
右の屋根の向こうにはガラス張りのビルが・・・ -
お寺を出ましたら、葬儀用品屋がありました。その店先にあった紙製の豪邸です。
こちらでは、人が死にますと、その人が持っていた財産は皆、あの世に一緒にもって行くそうです。ですから、財産は全て燃やす。でも、本物を燃やしちゃもったいないので、代わりの偽のお札や、張りぼての家を燃やすそうです。 -
さあ、西蔵南路が近づいてきました。
そろそろ旧フランス租界の範囲も終わります。
それに従いましてプラタナスの並木も終わりです。
復興中路は、まだ少し続きますが・・・・。 -
西蔵南路との交差点です。
もう、様相がガラット変わってきました。
復興中路は、次の中華路までです。 -
中華路との交差点です。ここで復興中路は終わりです。
この先は復興東路となります。
中華路に城壁がありましたので、ここには門がありました。それが老西門です。
城壁の中は、あまり外国人が出入りしなかった、中国人だけが住む地域でした。 -
復興東路に入りました。今は広々とした道路になりましたが、10年前は、両側に民家や商店がビッシリ並ぶ狭い道路だったはずです。遠くに見えます高層マンション群のある辺りも、民家密集地帯だったはずです。
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道路拡幅にあたり、道路側に面したこういった民家群がが、撤去されたはずなのです。
写真は拡幅範囲から免れて残っている民家群です。 -
庄家街の道端市場です。この道を行きますと文廟辺りに出ます。夢花街に繋がります。
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河南南路との交差点近くのマンション群とレストランです。マンション群は太陽都市花園と言いまして4・5年前売り出しました。その時の価格は平米当たり8000元くらいでしたが、いまや25000元に値上がりしてるでしょう。このあたりの物件では一番、値上がりしました。ローマの宮殿かと見まごうようなヨーロッパ風の豪壮な建物が、中国人は好きですね。この建物には豊収日という寧波料理のレストランが入っています。
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河南南路手前の小道です。小桃園街という小道です。
向こうに見えるのが小桃園清真寺です。 -
コレが小桃園清真寺です。上海市イスラム教協会も、ココにあります。1920年落成。500人を収容するドームの大礼拝堂があります。
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チョット離れたところからドームの上部部分を写しました。以前、上海歴史散歩なる行事で、この金色に輝く屋根の下まで、登らせていただいたことがあります。
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光啓南路です。この先に徐光啓の故居があります。
九間楼と言います。
徐光啓は1600年代の人物でカソリック教徒でして徐家匯の教会は彼の関連のものです。徐家匯区の「徐家」ってのも徐光啓の一族のことです。 -
このあたりで、住居群の入り口に、こういった丸門を設けているのを2・3見かけました。
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復興東路トンネルです。
黄浦江の下をくぐり、浦東の張楊路に繋がります。
大口径のトンネルでして、上下2段になっています。上部を小型車が、下部を大型車が通行する形になっています。シールド工法で施行されたんだとは思いますが、
直径20m前後の大口径のシールドマシンなんて、あるんだろうか・・。 -
いずれ壊されるであろう古い住居と、遠くの高層マンション群です。
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中山南路が近づいてきました。歩道橋の向こうに浦東の建築群が見えます。
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歩道橋から浦東を臨んだ風景です。浦東の建築群のてまえにある緑のガラス張りの建物が、フェリー乗り場です。バスが走行してる道路が中山南路です。
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これがフェリー乗り場です。
復興東路輪渡站と表示されてますね。
このフェリー路線は楊復線と言います。
「楊」は浦東側の張楊路から、「復」は浦西側の復興東路から、でしょう。料金は0.5元です。
フェリー乗り場脇にあるコンビニで、缶ビールをキューッとやってしまいました。うまかった!! -
フェリー内の様子です。売店もあります。
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黄浦江をユラユラ。もうスグ対岸の浦東に着きます。
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コレが浦東側のフェリー乗り場です。楊家渡輪渡站となってますね。
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張楊路に出ました。浦東のこのあたりはダイナミックに開発しましたので、もう、古い民家は少ないですね。
高層マンションばかりです。遠くにヤオハンも見えます。 -
浦東南路が近づいてきました。ココで今日の散歩は終わりです。左に大きな姿を見せてるのがヤオハン・デパートです。いまだにYAOHANの名前が使われています。皆さんも八佰伴(パーバイパン)と呼んでいます。5・6年前はお客さん少なかったんですが、今は多いですよ。もしかしますと、上海で売り上げ一番かも・・
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最後に、張楊路と浦東南路に架かる歩道橋の上から浦西側を臨みました。復興東路に繋がるトンネルの出入り口が見えます。
重慶公寓から始めて、ヤオハンまで・・大体2時間半の散歩でした。
帰りは985路バスで我が打浦橋まで。2元でした。
では、今日はコレにて・・。 -
地図にて、今日の散歩の経路を説明。
南北に走る黄色で示された道路が重慶南路です。この道路の上には南北高速も走ってます。復興公園のの南側に東西に走る道路が今日の主役の復興中路です。今日は、この2つの道路が交わった地点から、ひたすら復興中路を東に行く形で始められました。
主要スポット・・・
重慶公寓・・復興中路*重慶南路の南東角
キリスト教教会・・復興中路*淡水路の南東角 -
復興中路は中華路を境に、それより東は復興東路になります。中華路には、城壁が有りましたから、ここには門があったわけで、その門は西門と呼ばれていたんでしょう。今、このあたりは、老西門地区と言います。
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この地図は、もう浦東です。黄浦江を渡り、着いたところが楊家渡です。そなとは張楊路を浦東南路まで。
第一八佰伴は張楊路*浦東南路の北東角です。
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この旅行記へのコメント (3)
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- りっちゃんさん 2010/08/22 09:13:17
- マイピクチャに頂きました。
- 打先生、
あついですね〜。
打先生のずっと前の旅行記の写真、
これいいですね。
洗濯物を見上げるのは多いけど、
建物にのぼって撮っているのは少ないです。
そりゃ打先生の写真、使われちゃうのわかります。
- 井上@打浦橋@上海さん からの返信 2010/08/23 08:00:59
- RE: マイピクチャに頂きました。
- りっちゃん、どうも。
> あついですね〜。
あついです。
昨日、写真撮りまくり女性と田子坊への入り口で、
話していましたら、その声を聞きつけて、
「あっ!!日本人ですか?」と、脇に居た若者が聞いてきました。
あとで聞きましたら、高校生と中学生の兄弟で、
両親と万博観光をかねて、上海に4泊5日旅行に来たんだとか・・・
なんじゃい、君達は?と言いましたら、教えて欲しいんですと、来たもんだ・・・
おっちゃんはな、この辺りに10年以上住んでるんだ、何でも聞けや、
何でも教えてあげられるぞ・・・
ああ、良かった・・・もう、探しまくってるんですが、見つからなくて、
ココは、どうやって行くんですか・・・
彼らの持ってるガイドブックの地図を見せられ、
よし、分かった、おっちゃんについて来い・・・
そして、そこまで来て、有難うございました・・・
握手してください、と来たので、兄弟2人と固く握手。
そこで、君達パソコン、やるだろう・・・
おっちゃんは、井上って言うんだが、
日本に帰ったら、「上海 井上」で検索してみろ、何処でも俺のブログが
トップに出てくるからな・・・
また「田子坊」でも検索して見ろや、と言ってやりましたら、
おじさんは、、ひょっとして有名人なんですか??
まあ、そんなところだ・・・冗談だけどもな、と言い渡したのでした。
昨日も暑かったですが、田子坊ではアッチャコッチャで
日本語が聞こえてきました。
終わり!!
- りっちゃんさん からの返信 2010/08/23 08:41:19
- RE: RE: マイピクチャに頂きました。
- 打先生、
その兄弟、
「上海のおもしろいおっちゃん」に きっとアクセスしますよ。
若いうちにしっかり「すりこみ」しとかなあかん。
おっちゃんのおかげで上海好きになっちゃうかもね。
もしわたしの友だちが上海に行くって言ったら
絶対に「打浦橋井上って人に指南してもらうねんで!」って言います。
その際はどうぞよろしくお願いします。
新大阪駅も関空も中国語だらけです〜。
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