1984/11 - 2006/06
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redhouseさん
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初めてベルリンに足を踏み入れたのは、1984年のこと。ポーランドから陸路入りましたが、正に陸の孤島といった趣。退廃感と緊張感の漂う、刺激的な都市のたたずまいがすっかり気に入り、1週間滞在しました。2回目の訪問は1987年。壁崩壊の2年前ですが、ヴェンダースの「ベルリン天使の詩」のロケ地なども意識して歩きました。
3度目の訪問は、壁崩壊から1年、ドイツ統一後1ヶ月の1990年11月。すっかり変わった壁周辺の姿に、なんともいえない感想を持ちました。
そして2006年6月。ワールドカップで2試合を観戦した後、16年ぶりに再訪。変化し続ける大都市の姿に感慨もひとしおでした。
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ルー・リードやデビッド・ボウイの歌を口ずさみながら、壁に沿ってチェックポイント・チャーリーまで歩きました。(1984)
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東ベルリンで行われていた旧東独時代の衛兵交代式(1984)
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1987年当時の壁、「ベルリン天使の詩」の撮影が行われたあたり。周辺はトルコ人街となっている。
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共和国宮殿のライトアップ(1987)
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チェックポイントチャーリー(1987)
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チェックポイントチャーリー(1987)
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チェックポイントチャーリー(1990)
看板は残ってますが、検問所自体はなくなっていました。 -
破壊された壁
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壁の一部はそのまま残され、「イーストサイドギャラリー」というギャラリーに。
ピンク・フロイド「ザ・ウォール」のアルバムデザインがそのまま壁に描かれている。 -
Tシャツも売っていました。
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イーストサイドギャラリーの絵もずいぶんはがれていました(2006)
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ピンクフロイド「ザ・ウォール」も見る影もない
人為的にはがされたのか?(2006) -
現在のチェックポイント・チャーリー跡
一大観光スポットになっている(2006) -
検問所跡は空き地になっている(2006)
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戦前の中心街、そして「壁」の後は人気のない暗い通りであったフリードリッヒ・シュトラーセ。
今はブランド店が軒を並べるショッピングストリートに。(2006) -
「テロのトポグラフィー」という展示の付近に残る壁(2006)
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街に残る壁(2006)
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20年前はただの空き地となっていたポツダム広場。
戦前の賑わいをとりもどしているようだ(2006)。 -
壁を越えようとして亡くなった人々の記念碑。1989年と記されている人もいた。
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連邦議会議事堂。ガラスドームへの入り口は長蛇の列(2006)
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この旅行記へのコメント (2)
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- k-sendaさん 2009/11/06 22:59:28
- ピンクフロイド
- 懐かしいですね。90年7月 ベルリンの「ザ・ウォール」の野外コンサート行きました。
- redhouseさん からの返信 2009/11/07 08:04:51
- RE: ピンクフロイド
- 11月9日は壁崩壊20周年、知人がちょうどその日にベルリンに行きます。うらやましいです
> 懐かしいですね。90年7月 ベルリンの「ザ・ウォール」の野外コンサート行きました。
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