2004/08 - 2004/08
28697位(同エリア29620件中)
yoooさん
私の旅行記にある国立歴史民族博物館とは
同じ敷地内にあります。
と言うより、佐倉城址の中に博物館があるのです。
江戸の東を守る城としては重要だったでしょう。
土井利勝によって築かれたのは1610年です。
その後石川氏・松平氏などが入りましたが、
その後堀田氏が入封して明治を迎えました。
ですから堀田氏の城と言う印象が濃いですね。
明治に入り軍隊設営によって、
天守など全てが壊されたのが残念です。
しかし掘割など遺構がかなり残っていて、
ナカナカの堅城だった事を偲ぶ事が出来ます。
-
椎木門跡です。
大体歩いた順番に画像を載せますが、
このような表示板があっても、
それがどのように建っていたのかが
わかりにくいのです。
もうちょっと親切に説明されたものがあると
もっと楽しいと思います。 -
てくてく本丸跡を目指して歩いて行くと、
こんな看板があって驚きです。
この看板を見たのは奥多摩以来です。
マムシは言うまでも無く毒蛇ですから、
チョット怖いですね。
ネタとしては出てきて欲しかったと言うのも
心の片隅にはありました。
まァマムシがいる位の自然があると言う事ですね。
木々が鬱蒼と茂っていて、
蝉の声もうるさい位でした。 -
正岡子規が出来たばかりの総武鉄道に乗って、
この地を訪れた時詠んだ句が
石碑に刻まれていました。
この画像では見難いので、ここに書きます。
“常磐木や冬されまさる城の跡”
しかし、正岡子規も同じ場所で
同じ空気を吸ったのかと思うと、
感慨深いものがあります。 -
空掘の跡を撮ってみましたが、
木が邪魔をして上手く撮れませんでした。
城跡に来るのは冬が良いかもしれません。
結構深い堀なので、
攻める時は大変でしょうね。
勿論、ここまで攻められたら終わりでしょうけど。 -
本丸の敷地内にあった夫婦モッコクです。
モッコクはツバキ科の植物で、
千葉以西の温暖な地域に生育するそうです。
成長が遅い木らしいので、
このような大きさになるまでに、
相当の年月がかかったと思われます。
この夫婦モッコクは3株のうち2株が
接合したのか、2株が1つになったかは
明らかになっていません。
県の天然記念物に指定されています。 -
本丸の敷地内です。
それ程広くありませんが、
石垣を一切使わないと言う、
東国独特の造りの為、
角ばった感じを受けません。
この日は大声で何か歌っている人がいて、
妙な雰囲気でした。
他にも何枚か画像ありますが、
余り良くないので、今回はこれでおしまいです。
見た通り、建物は残っていませんが、
ナカナカ魅力的な城跡でした。 -
銅櫓跡です。
六間四方の区割りが残っています。
表示板の後ろに見えている
玉砂利の部分がそうです。
しかしこの銅櫓、表示板通りだとすると、
ここに大田道灌が造った建物が
あった事になります。
明治の軍隊よ、なぜ壊したのだ!
と声を大にして問いたい気分です。
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