2004/08 - 2004/08
82463位(同エリア85135件中)
yoooさん
平成5年に完成し、
自転車でも行ける距離なのに、
全く今までノーマークだった江戸東京博物館。
今回友人とともに行ってきました。
思ったよりも数倍面白く、
最近行った博物館の中では
一番充実した展示物があり楽しめました。
2時間チョットみっちり見てきたので、
その中で撮った画像数枚と、
文章で少しだけ雰囲気を味わってください。
行き方は、両国駅のすぐ隣、
両国国技館のすぐ裏なので、
迷いようがありません。
常設展は大人600円です。
-
資料館内部に入りますと、
すぐにこの様な地図があります。
現代と過去の地図を重ね合わせ、
そこに何があったか分かる様になっている
大変面白いモノです。
友人と2人してかなりの時間をかけ
じっくり見て楽しみました。
入場券を買わずに見られる所なので、
ふらりと立ち寄った時にも楽しめます。
それにしても今陸地だった場所が
ほんの少し前まで海だったと言うのが多く、
非常に驚きました。 -
入場チケットです。
私は入場する時少し驚いたのですが、
自動改札になっているんですよ。
博物館は今や自動改札が常識ですか?
2つ機械が並んでいましたが、
その横には1人ずつ係の女性がいました。
従来のようにチケット半券を切るか、
機械だけと言う訳には行かないのか、
入ってすぐ考えてしまいました。
まァ悩む事無いですね、こんな事で。ははは
私は妙な事で考える事が多いので、
皆さんは流して読んで下さいね。 -
入り口からエレベータで6Fに上がり、
この様な光景が広がっています。
いきなりのボケボケ写真ですが、
江戸東京博物館の常設展入り口の“日本橋”
レプリカです。
木の橋と言うのは実に雰囲気があります。
今は高速道路の下にあり、
景観も何もあったもんじゃないですけどね。 -
展示物の中で気になった物をだけ
撮影してきたのですが、
その中の一つがこの“龍吐水”です。
江戸は火事が多く、消火道具も発展したでしょう。
しかしです、こんなんじゃ消える訳無いですね。
水が余り入らないし、
名前は格好良いですけどね。
水の噴出し口もチップスターの筒くらいの
太さしかないのです。
気休めに過ぎないと思うのですが、
これでも消えたのですかね? -
江戸時代の長屋の様子です。
いつも思うのですが、
長屋住まいは良くない様に言われますが、
私にはそう思えないのです。
ワンルームマンションなんかよりも
余程素敵なんじゃないだろうかと思うのですが、
実際住んでみると不便なんですかね?
ぱっと見て、お風呂が無いのは確実ですから、
銭湯に通う事になるんでしょうが、
それを考えると不便かなとも思います。
まァ隣近所の付き合いが蜜でしょうから、
煩わしいと言うのはあるかもしれません。 -
歌舞伎“助六”の登場人物です。
左から助六・揚巻・意休です。
助六は侠客助六が源家の宝刀友切丸を
意休との対決で取り戻す話です。
揚巻は吉原三浦屋花魁で助六の愛人です。
ちなみに、コンビニなどでよく見る
助六弁当は、稲荷寿司と海苔巻きですよね。
揚巻の名前を分解してみてください。
揚げ→稲荷寿司 巻き→海苔巻き
江戸庶民の洒落が素敵ですよね。 -
自分で撮った画像がボケボケになり、
この画像は友人との共用ですが、
それはまァ許して下さい。
右端の料理は“日用倹約料理仕方番付”
によって再現された食事の蝋細工です。
カッパ橋の業者にでも依頼したのでしょうか?
それにしても疑問なのは、
これが庶民の食事なのかという事です。
倹約料理でこれが食べられるなら、
貧しいとは言えないと思いますがね。
内容は目刺鰯・金平ごぼう・八杯豆腐
白米・沢庵漬けです。
流石に左の2膳は庶民向けでは無いでしょうが。 -
浅草凌雲閣(十二階)のレプリカです。
1890年の完成で、
日本最初のエレベーターが付けられた
建物としても有名です。
最も危険だった為使用中止になったそうですが。
1923年関東大震災にて半壊し、
結局取り壊される事となりました。
当時は浅草の象徴であり、
東京が何処までも見渡せた
展望スポットだったのです。
私はいつも想像してしまうのですが、
震災が起きた時って昼間ですよね。
当然展望台に上っていた人もいたでしょう。
その人達はどうなったのか、
考えただけで怖くなります。 -
出口付近に展示してあったスバル360。
どの型だかはわからないですが、
じっくり見てみると随分小さい車ですね。
まだ日本人の体格が大きくなる前の車
なのでしょうか、コンパクト過ぎます。
理想の搭乗人数は前後一人ずつでしょうね。
どーせなら真ん中にハンドル付けて、
3人乗りにすれば良かったのかも、
などと想像していました。 -
思い切り楽しんだ後に外で撮影。
表紙でも伝えた通り、
両国国技館も両国駅もすぐ隣。
アクセス的には最高の場所ですね。
両国は大江戸線も通っていますから、
色々なルートで来る事ができます。 -
面白かった博物館でしたが、
この石碑で少し白けました。
石原都知事の前の前の都知事であった
鈴木俊一によってここが建てられたのですが、
こう言う風に自分の名前を石碑にして
残すと言う事がイヤラシイ感じがします。
建造費はこの人が出したのでなく、
都民が出したんですからね。
それにここは建造費530億円と言うお金が
かかっていて、多分大赤字です。
都の役人の天下り先にもなっているんでしょうね。
何も用が無く突っ立っているだけの
女性係員も多く見られたし・・・
まァそう言う事言い出すとキリが無いので
止めておきます。ははは
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この旅行記へのコメント (2)
-
- satsukiさん 2004/08/28 23:56:23
- 大江戸博物館
- こんにちは〜
旅行記、楽しく見させてもらいました♪
両国の大江戸博物館は変わった建物だなぁと思いながら通勤で毎日眺めています。なるほど中はそうなっているのですね〜。下駄のような建物なんでイヤでも目に飛び込んできますね。昔、建物ができたばかりの頃は建物下の空いた空間で何か催しものをやるような事言ってましたが今はどうなってるんでしょ?
江戸時代の火消しは今の消防隊と違って火に水をかけるのではなく、これ以上の延焼を食い止める為、火の周りの建物を壊す破壊消防だったと聞いています(火消しを装った忠臣蔵の浪士達がノコギリとか木槌とか物騒なモン持ってても怪しまれなかったのはその為)逆にポンプも使ってたんだって事が新鮮でしたね。
浅草の12階の展望塔は震災で8階から上がぽっきり折れてしまったそうです(古い写真見てると見事に上が無くなってます)。たまたま、エレベータの故障で上の階には誰も人が居なかった。。。そう思いたいですね。
旅行記のますますの発展を楽しみにしております
satsuki
- yoooさん からの返信 2004/08/29 01:00:51
- RE: 大江戸博物館
- こんばんは。
確かに変わった建物ですよねぇ。
あの空洞のスペースが無くて、普通のビルにであったら、
もっともっと展示物が増えたと思うんですけどね。
それを考えるとあの形にした必然性が見つかりません。
開いた部分は本当に何も無く、
確かに催し物をするには良いスペースかもしれません。
本当に何も無いですからねぇ。
またドンドン旅行記とクチコミ書いていきます。
いつも来て頂いて嬉しいです。
私もそちらに顔を出させて頂きます。
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