fkczさんへのコメント一覧(2ページ)全43件
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はじめまして!
fkczさん、はじめまして!現在チェコに滞在されておられるそうとの事ですが、私も一度観光でプラハに行きましたが本当に良い所ですね。
また、チェコの国内を鉄道で移動して観光されておられる事がとても羨ましく思います。今後、東欧諸国を訪問する機会があれば是非、個人旅行で鉄道の旅を経験して見たいと思っています。また、お邪魔させて頂きます。2005年10月25日09時26分返信するRE: はじめまして!
あきかやさん,
鉄道が大好きなので旅行は鉄道を利用します。
支線のジーゼルも大好きです。
チェコはプラハはいろいろ言われますが,田舎は安全で鉄道のたびはお勧めです。
人の出入りを見学するのも愉しいです。列車の食堂も良いです。
あきかやさんのブラジルの旅,写真とても気に入りました。
ブラジルの北で森林の中からでてきた蒸気機関車に遭遇したことがあります。
素晴らしい素晴らしい眺めでした。2005年10月25日22時33分 返信する -
私も日本人@
fkczさん、こんにちは。
オロモウツのこの散策、私もしたかったです@
行く前に知っていれば……と、帰国後にオロモウツの旅行記を書いていてネットで情報を補足していたときに、確か海外の方のHPだと思いますが(英語でしたので)、オロモウツの写真を絵はがき風にたくさんアップしているところにヒットして、ああ、残念!と思った記憶があります。RE: 私も日本人@
まみさん,
まみさんのオロモウツ紀行がいいので,私も心して書かないといけませんね...
この地をたまたまという感じて旅をされた方は,私が思うに,みなだれもがもう1度ゆっくり来てみたいと言われます。どこか見学するところがありそうな,という感想が多いです。
多分,日本でいうと,奈良みたいな感じだろうと思うのです。外国人にとってあまり知られていない,情報がない...
来て見ると,古都で,静かな文化都市,あちこち見所が散らばっている。
と,首都から遠いそのような静かな町だと思います。
でも,少しずつ私がプロモーションしています...2005年10月25日22時03分 返信する -
旧市街の川沿いは行ったのですがそこでしょうか?
オモロウツは旧市街を見て回りましたが、まだほんの一部ですね、見たことがあるのは...。
今度行く時FKさんの写真をプリントアウトしてもって行き、ホテルシグマで確認してから行こうと思います。
>チューリッヒもどこもスイスというのは牧歌的で風景がダントツにいいので
やはり観光地ですよね。スイスはやはり自動車で走って風景を眺める,その辺りの傾斜している野原で寝転がるなんていうのが素敵でした。
☆本当にそうですよね。ただ私は自然だけの所にはあまり興味がないので、山より都市部に行ってしまいます(笑)。都市なら余り大きくなくてもいいのですが...。
>電車は国際列車の車窓の風景が気に入りました。やはり山が印象に残っています。スイスからイタリアに入るのは,私も体験してみたいと思います。
何故か北イタリアに興味があるのです。
☆ゴッダルト峠越えは見ごたえありますよ。
ただ通過途中にクール近郊のマイエンフェルトという田舎駅があるのですが、ご存知かも知れませんが、『アルプスの少女ハイジ』の舞台になった所で、ハイジの家や、ペーターの家がありそこへ寄った後数駅先のクールからミラノまで行くのを是非お薦めいたします。
それではまたブロクにて...RE: 旧市街の川沿いは行ったのですがそこでしょうか?
shinesuniさん,
スイスからイタリアに入るのは登山電車ですね。風景が素晴らしくて登山電車というのが絵になる電車のたびのような想像をしています。
途中にアルプスの少女の舞台が残っているのですか。
やっぱり牧歌的な所なのでしょうね,季節がいい時は。
ところで,covered bridgeを眺めたのはチューリッヒだったと記憶しています。しかし,今はもうないとも聞きました。
昨日モラヴィア川の支流を散歩して写真を写しましたのでUPしておきます。
ブログは今日は「サハリン(シュムシュ島)慰霊巡拝」を書こうと思います。2005年10月23日18時04分 返信するスイスからイタリアに入るのは登山電車ではなく...
スイスからイタリアに入るのは幹線です。
乗ったのはユーロシティ『ゴッダルド』というTEE時代からある名列車です。
クールの他にべリンツォーナ、ルガノ、コモと景勝地を通ります。
マイエンフェルトとクールは通りませんでした。スイマセン勘違いでした。2005年10月23日18時15分 返信するRE: スイスからイタリアに入るのは登山電車ではなく...
shinesuniさん,
EC列車:
そうするとトンネルをたくさん通過しましたか。
トンネルというのも私は大好きなのです。2005年10月23日19時06分 返信するRE: RE: スイスからイタリアに入るのは登山電車ではなく...
トンネルはありましたが思ったほど多くはありませんでした。
長いのが2つあったと思いましたが...。
いい眺めの路線ですよ。2005年10月23日19時50分 返信する -
>すばらしい名城があると聞いていましたが
fkczさん
>すばらしい名城があると聞いていましたが
世界にはこのような歴史感じる城があるのですね
又、訪問出来よかったですね..
mrocky
当方の訪問ありがとうございます..RE: >すばらしい名城があると聞いていましたが
mrockyさん,
書き込み有難う御座います。
ペルンシュテイン城は,本丸あたりが狭いところを上に上に増築したのだと思いますが,美の塊というのか,欧州の中世・近世建築の美しさがあちこちと無造作に追加されたと私は思って眺めました。
ところで,mrockyというのを拝見しますと,チェコ語発音で ムロツキ となりますが,チェコの名前ではありません。しかし,アルファベットではチェコ語発音としてmrockyはとても良い響きです。
何かチェコまたはスラヴと関係あるお名前ですか?2005年10月20日17時00分 返信する -
テレジン・・辛すぎます。
私も先日10/12チェコ最終日にここテレジンを訪れました。
日本で「テレジンの小さな画家たち」という本をよみ
とてつもないショックと辛さとそして感動を覚えました。
私の生涯で最も大切な本の一冊だと思っています。
本を読んで1週間位は、ショックで子供達の絵が何度も
頭に浮かび思い出しては辛い気持ちになり
その度涙が止まりませんでした。
行く前からここはすごく思い入れの強い場所になっていて、実際
訪問した時はアウシュビッツビルケナウをしのぐほどの
感情にさいなまれました。
小要塞入り口の広大な墓地はある意味で絶景でしたね
(けして素晴らしいという意味ではなく・・)
もうここに関しては書きたい事は尽きませんが、、長々失礼しました。
私も自分の旅行記で近々アップしたいと思います。
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おじゃまします
チェコでこのお城は行けなかったのでとても興味深かったです。
チェコはプラハ以外にもたくさん見所があるので、5日間でも
足りないなあーと感じました。
風情のある御城ですね。RE: おじゃまします
おむさん,
中欧にはまだまだ知られていない素晴らしい観光資源が野放しになっていると思います。
首都と周辺だけが知られているのはチェコの特徴だと思います。極端な首都一極集中の政治が長く続いたのが主な原因だと思います。
ペルンシュテイン城の美しさの表現はだれか他の人に任せたいのです。
今までに観たこともない美の塊がいっぱいあるというのか雑然と散らばっているというか,私には一言で表現できません。
テレジンが知られてくるのは今後でしょうね。
またはチェコ人が触れたくない(まだ)のでしょう,観光では宣伝していません。
今年は戦争に関して話題が多かったのですが,私はロシア領のサハリンへ慰霊巡拝に参加しました。
スターリンという人殺し(この表現を使う人がこちらには多い)とヒットラーの罪のレベルは同じだろうと思っています...
そして,帝国主義を生み戦争に駆り立てた歴史背景と原因なんぞも考えてしまいます...
その犠牲の現場の一つがテレジンで,世界ではそんなのは氷山の一角...と思えるのです。2005年10月18日16時13分 返信するRE: RE: おじゃまします
たびたび失礼します。
fkczさんのテレジンに関する御返事を読んで非常に考えさせられました。
私が本気でホロコーストの歴史に興味を持ち始め勉強し始めたのが
つい最近なのですが、確かにテレジン収容所にしてもアウシュビッツにしても、世界中で起こった惨劇のごく一部、氷山の一角にしか過ぎないんですよね・・
正直、自分の国の侵略戦争問題や、まだまだ知らない世界中の問題とか
山のようにあるんですよね。。
今までもっと早くからそれらの事に関心をよせ、知識を深めようとしなかった自分への苛立ちも感じずにはいられません。
いまさらながらですが、これから時間がかかってもそういった歴史の悲劇を
勉強していきたいなと思っている今日この頃です。
とりとめのないコメントですみません。
2005年10月19日16時40分 返信するテレジンは氷山の一角
おむさん,
おむさんの最初のコメントを読んで私ももう一度あれこれと思い出し,やはり一筋涙がこぼれました。
旅は楽しいけれども必ず歴史に接するわけで,今までの歴史はどうしても戦争の繰り返しとその傷跡が多いわけですね。
私は資本主義の現場の中に生きてきましたから,富の集中という点でも世界を見てしまいます。
例えば,クラコフで生じた富はどこに行ったのか(ほとんどオーストリア帝国に行ったわけですが),プラハの高層ビルはだれが建ててどのような人が住んできたのか。それは英国を見学してもフランスも,どこも同じ質問ですが,大教会も宮殿も建設に奴隷みたいなその他大勢の人がこき使われた,というのを思ってしまうのです。
旅は考えさせられる森羅万象に出会うのが楽しみですね。2005年10月19日17時32分 返信する -
おはようございます。
今日は、オロモウツ駅の所に来させて戴いています。
今夏、ポーランド中心に、最後はチェコというスケジュールを組んだのですが、
オモロウツには寄らずに帰ってきましたが、
fkczさんのこのページで、オロモウツ駅は便利だとよくわかりました。
次回チェコに行く機会があるときは、ここを起点に、
行きたいところを組んでみたいです。
それにしても、ステキな駅ですね。
駅構内の大きな絵画の写真に惹かれてしまいました。 -
ペルンシュテイン城
このお城とってもカッコいいですよね。
ロンリープラネットでマークしているお城だったので感動してしまいました。流石現地からのホットな情報です。感動の連続です。
ブログや4TRA見るのが楽しみな毎日です。
これからも宜しくお願い致します。
ところでアウトブスのアウトはドイツ語やポーランド語では自動車、語源を辿ると英語のオート(自動)と同じみたいです。私はブスのほうの語源が知りたいです。自動車バスという直訳になってしまいますが、他にバスの意味があるんでしょうか?例えば馬車に人を乗せて以前はバスと言っていたとか...それなら時代が変り馬ではなく勝手に動く自動車バスという変化が自然だと思いますが...。
FKさんは下の写真どう思われますか?これはクラクフのユダヤ人ゲットーにあるシナゴーグ前で撮った物ですが...オモロウツの方にも感想をいただけたらと思っています。因みにオモロウツ観光の次の日でした。
http://4travel.jp/traveler/shinesuni/pict/10500713/
RE: ペルンシュテイン城
shinesuniさん,
ブルノからオロモウツへ,そこからクラコフへ行かれたのですね。
*どうしてもチェコ語発音でクラコフになります...
shinesuniさんの写真の摩訶不思議な影
周りの人は論議になりませんでした。分からない,知らない,という事でした。
後ろに生物がいた,それとも土地の中に何かあったのが浮かび上がった...
チェコ人で私の周りの連中はロマンチックではないのですよ。
若者が多いのです。
チェコ語で「アウトブス」は一つの単語です。
busという独立した単語はないとのことです...
外国語は難しいですね,本当に。
でも,私はビックリしましたね。「アウト・ブス」の表記からとっさに判断してしまって自己流に解釈してしまいました。
指摘されて,オオ!とまたとっさに思いましたね,単語の切り方で解釈が異なると!!2005年10月17日23時07分 返信する -
ご無沙汰 しておりました。
もう ご存知の通り ウラジオストクまでは行ったのですが。。詳細は旅行記で、流れ流れて、グアムに辿り 着きました。
まだ しばらく帰れそうに無いので、来年 お邪魔します。
クリスマスは バーミンガムに親父(なんでー)と酒付けの 約束をしてしまったので、年明けにでも、ベルリン経由(経由かー?)で、久々のCZに
行きますね(^^)
CZの彼女 連絡が取れなくなったので、
FKCZ様だけが 頼りですので、よろしく
お願いします。日程がきまり次第
メール入れます。
2005年10月13日18時06分返信する -
カタコンブとはKasematyだったのですね@
fkczさん、こんにちは。
私の旅行記を紹介してくださってありがとうございます。
近々ブルノに行かれると読んで、旅行記楽しみにしていました。
さすが東欧の歴史的背景はfkczさんの方がとても詳しく、また勉強させていただきました。
もともと去年から東欧を旅行ターゲットに選んだ理由の一つに、あまりに東欧の歴史を知らな過ぎる、日本で紹介されるのか、あるいは自分が学んできたのは、あまりにも西欧中心だったから、その空白を、旅行をすることで関心を持つことでうめたかったのです@
それは成功といえるのですが、いきなりいっぺんに頭に詰め込むことになって、整頓つかないし、混乱しまくりですよ。
ブダペストのアンドラーシ大通りとプラハのヴァーツラフ広場の歴史をごっちゃにしたり、など、ひどいでしょ?
ブルノについての資料は日本にはないので、現地で買ったのが大いに役だちました。
Kasematyが、ハプスブルグ家に逆らった人の牢獄となったりといった簡単な歴史はさすがにガイドブックにありましたが、ナポレオンの話はありませんでしたしね。
カタコンブとは一体、どこのことなのかなぁと思っていたのですが(聖十字架教会に併設されたカプチン派修道院の地下のことかと思っていました@)、Kasematyだったのですね。なつかしい写真をありがとうございます。
私も人形で実演されていたあの独房が一番印象に残っています。



