fkczさんへのコメント一覧(3ページ)全43件
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fkczさん こんばんわ
fkczさん 初めまして!
書き込み頂き有り難うございます。
チェコに関わるお仕事をされているのでしょうか?
チェコと聞くと1968年・夏のソビエトのチェコスロバキア進攻
の時の印象が一番強烈です。当時中学生でしたが、新聞の大きな見出しが
記憶に深く残って居ます。プラハに入城威嚇したワルシャワ条約軍の
戦車を取り囲むチェコ市民の写真を思い出す事が出来ます。
ドブチェク、人間の顔をした社会主義、2千語宣言、プラハの春、
そんな言葉を次々と思い出しますね。
2005年10月06日23時18分返信するRE: fkczさん こんばんわ
kioさん,
1968年のチェコ事件はたいへんなニュースでしたか...
1968年暮れに初めてチェコに入りました。旅行でしたがチェコ人の友達に会う為にソ連軍が基地としていた街オロモウツに来ました(現在滞在中)。
大学生の友達も私も若いから地下の飲み屋に集まってロシア人の悪口を言い合っていました。地上ではロシア軍人が闊歩していた。時々チェコ人にはり倒されていた。
1月にはプラハの学生が焼身自殺。
しかし,チェコではロシアに対する反論ニュースはほとんど流れていなかったです。が,学生は猛烈に地下で騒いでいました。
英国に戻る途中,ベルギーの映画館で大パノラマ画面の「ドクトルジバゴ」を観ました。
その映画の寒寒とした背景(革命戦争と冬景色)とチェコで体験した鉄のカーテン内部事情と冬景色が,私の頭には重なって思いだされます。
そして,ドクトルジバゴのテーマ曲「ララのテーマ」は淡い想い出の一曲となりました。
このドクトルジバゴはチェコでは禁止でした。
自由化後に似たような映画が放映されたとか聞いています。
そのチェコ滞在から一生の友達ができたのです。
kioさん,又書きますね。
2005年10月12日00時11分 返信する1968年 遥かなる<プラハの春>
>1968年暮れに初めてチェコに入りました。旅行でしたがチェコ人の友達に会う為にソ連軍が基地としていた街オロモウツに来ました(現在滞在中)
(ノ゚ο゚)ノ オオオオォォォォォォ- それは凄いっ!
自分にとっては活字や映像ニュースのみの世界でしたが
ソビエトのチェコ進攻の直後の生々しさの残る中での入国だったのですね。
自由化の気配を見せるチェコにソビエトがワルシャワ条約の名のもとに
ストップをかけ脅しをかけたと蛮行と理解しています。
2千語宣言に署名したチャスラフスカは長い間、冷遇され1989年の
東欧革命まで栄誉に相応しくない日々を送っていたと聞きます。
1968年はパリの5月革命も有ったり、
日本での学生運動もピークを迎え、世界中で<怒れる若者達>が政治に
目を向けた年でもありました。 今とはもう隔世の感が有りますね。
若者が失政に眼を向けさえない為の為政者のコントロールが効いていると
いう事なんだろうか (´ヘ`;)ハァ。
>しかし,チェコではロシアに対する反論ニュースはほとんど流れていなかったです。が,学生は猛烈に地下で騒いでいました。
学生の頃に読んだ五木寛之の当時のチェコの様子を描いた書き物によれば、
地下放送局が猛烈に機能してチェコ市民は耳を傾け、当局が潰しにかかる前に
次々とアジトを変え地下放送局を維持していたという記述を読んだ
記憶があります。更に五木氏はソビエトの若者達の退廃と風俗を描いた
<さらばモスクワ愚連隊>でソビエト当局から反ソビエト的作家という(笑)
レッテルを貼られ、長い間ビザを申請しても却下されてしまうという
時期があったそうです。金さえ出せばミグ戦闘機にも宇宙船にも乗れて
しまう今のロシアとは隔世の感がありますね。
>英国に戻る途中,ベルギーの映画館で大パノラマ画面の「ドクトルジバゴ」を観ました。その映画の寒寒とした背景(革命戦争と冬景色)とチェコで体験した鉄のカーテン内部事情と冬景色が,私の頭には重なって思いだされます。
当時のチェコの雰囲気をリアルタイムで体感していた日本人が
どれほど居たでしょうか? 否 ほとんど居ないと思います。
fkczさん 是非、当時の彼の地の人々の様子をアップしてくださいませ
期待しています
では では (*^_^*)
2005年10月12日23時25分 返信する -
オモロウツ駅
オモロウツ駅キタ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━(゜∀゜≡゜∀゜)━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━!!
って感じですね。懐かしいです。96年ここからポーランドに入りましたが、チェコもポーランドもビザトラブルでがあって、国境で大モメにモメた記憶があります(苦笑)。その話は後ほど旅行記で...。
>歯が悪くなりまして修理する時間がないまま来てしまいました。
お気お付け下さいませ...( ̄ω ̄;) 。
RE: オモロウツ駅
shinesuniさんは,
オロモウツからポーランドへ行かれたのですか。
ボフミンという街からポーランドへ行くとクラコフ方面ですね。
オロモウツ駅は,懐かしく思われる方が多いのではとUPしました。
少しずつ写真を増やそうと思います。
今では食堂もきれいになり,雰囲気のいいカフェもできました。
トイレもきれいになりましたよ。
プラハの次に便利な駅だと思います。
駅前もがらりと変わりました。
整備されて公園もできました。
私にとっては,1968年暮れに初めてプラハ経由でオロモウツ駅にたどり着いた
思いでが強烈な印象です。この時のハプニングは時代物になりました。
2005年10月06日18時06分 返信する -
蒸気機関車、走ってるのですね〜
fkczさん、こんにちは。
去年テルチに行く前に、その前の年の夏にテルチ駅に蒸気機関車が展示されていたか走っていたかしていて、私もあわよくば、と思ったことがあります。
実際にテルチに行ったときには、蒸気機関車どころか、運行していない列車しか見当たりませんでしたけど。
ものすごーく蒸気機関車に愛着があるというわけではないのですが、写真を撮ったり乗ったりしたかったです。いい思い出になりそうで。
fkczさんのように、しばらく滞在していると、駆け足旅行ではできないいろいろ珍しそうなことが体験できそうですね。
スロヴァキア舞踊団は、スルクですか?
来年の2月に来日するので、いまからチケットを予約しました@
ちょいと調べてみればとっても有名なこの舞踊団のことも、去年から旅行ターゲットとして東欧に注目してから初めて知りました。
一番いいのは現地で鑑賞できることですが、でもおそらく日本にいるだろうとわかっているときにせっかく来日してくれるので、飛びつきました@
fkczさん、ぜひ舞踊団鑑賞の旅行記なり、メッセージなり、読ませてください@RE: 蒸気機関車、走ってるのですね〜
まみさん,
チェコ鉄道はオーストリア帝国の大鉄道時代の威光が残っています。
そして近代化が遅れてしまったお陰で,古い建物が圧倒的に多いし
鉄道もとても古いのです。
蒸気機関車は栄光を担った駅にはどこにでもあります。記念物として駅の外に飾ってあるのです。
庶民の楽しみとしてとても一般的になった蒸気機関車の旅です。
この辺りの発着だけでも年間10回ぐらいは蒸気を楽しめますよ。
冬の蒸気機関車体験はYahooブログに載せています。
スロバキア舞踏団の名前はルーチニツァです。
この記事は はてなブログに書くつもりです。
今日はこれから一件ミーティングして,それはさっさと済ませて, ブルノにカタコンブを見学に行くのです〜2005年10月04日15時28分 返信するRE: RE: 蒸気機関車、走ってるのですね〜
fkczさん、こんにちは。
スロバキア舞踊団といったら、スルクしかないのかと思ってしまいました。
無知を暴露@
ちらしに、かの有名な……と書いてあったのですが、私は知らなかったので、これをいい機会に、ちょっくらスロバキア舞踊団について探ってみようと思います。
しかし、それまでたぶん関心がなくて眼中になかったために全く知らなかったことを新しく知るというのは楽しいですね。視界が開けた気がします。あたりまえですが、世の中、私が知らないことはたくさんで、自分がいかにちっぽけな存在か、いろいろ、くよくよしたり悩んでいる時間が惜しいではないか、と前向きに生きたいって気持ちになりました@
(ま、そう書くからには、ちょっとくよくよすることがあったわけで。)
クチコミ情報も拝見しました@2005年10月04日22時49分 返信するスルク舞踏団
まみさん,
日本ではスルク舞踏団の方が有名でしょう。
日本チェコ協会の支援で来日公演したこともあったと記憶しています。
中欧についてちょっと考えてみます。
政治・権力を首都に集中させた社会主義体制の時代に,文化でも何でも
首都にあるように宣伝されてしまいました。
地方は無視される格好になりました。
自由化した現在は,地方は経済発展に乗り遅れてしまい資金がないために
文化や観光事業にまったく軍資金を回せないでいるところがほとんどで
(少なくともチェコでは),ですからオロモウツもせっかく世界文化遺産
をもっているし,ハナー舞踏も有名なのに,観光業界にしられたいないのです。
社会体制の弊害がいつまでも尾を引いているという事情があります。
でも,それでも,日本人が知らないというのであれば仕方なしです。
日本人ほど歴史が好きで,文化が好きで,旅行が好きで,世界を愛している
国民はないのではと思っています。2005年10月05日16時31分 返信する -
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オロモウツは思った以上に街に見どころあったろうなぁと思います@
fkczさん、こんにちは。
オロモウツの街角の写真を拝見しました。
二つ目の白い華麗な建物は見たことがあるような記憶がうっすらと。あるいは他の街で見た似た建物と記憶がごっちゃになっているかもしれません。
fkczさんのこの旅行記で思い出しました。
オロモウツからのプルノに帰るときは、聖ヴァーツラフ教会の見学を最後に、あとはロシア教会の方へちょっと寄り道して、それから鉄道駅へ歩いて向かいました。トラム4駅ほどですよね。のんびりと40分くらいかけて歩いた覚えがあります。
行きはトラムでバスターミナルから駅前のりかえで共和国広場まで、あっという間についてしまったので車窓の外の印象は薄かったのですが、帰りのこの徒歩で、なかなか素敵な街だなぁと思った覚えがあります。ロシア教会の写真を撮ってから、川沿いにマサリコヴァ通りへ戻りました。
ただし、むしろ旧市街の聖ミハル教会付近など、観光客が通りそうな道をちょっと外れると、修復とかされていない、漆喰などがはげていたり、あまり綺麗でない界隈がありました。もっとも、観光客の眼を意識していないけれど、人が住むには充分かなぁと思いながら。聖ミハル教会も、結構、外見は寂れて見えて、いまは使われていない教会だ、と言われても納得してしまうかと思いましたっけ。
それでいながら、オロモウツの観光案内所でもらった無料のパンフレットに写っている当の教会の写真はとても美しかったんです@
でも、いまなら、修復が必要な寂れて見えるところも、違った印象で見られると思います。
なにしろ、去年が東欧初めてでしたから。それまでウィーンとかドイツの各都市の景観に気を使ってるなぁってところばかり見てきたもので、そのギャップにはじめはついていけなかったみたいです@
ロシア教会についてはとても気になりました。
一番詳細な旅行記を書くときにネットを調べて、やっとヒットしたのがこのサイトです。
私のブログにつけたリンクですが、いまもまだ有効みたいなので、URLを貼付けます。
http://www.pravoslavi.cz/hlas-pravoslavi/2000-04/index.ascii.html
前に見たときと写真と書かれている内容がちょっと違うんですけどね。チェコ語がわからないのでお手上げ。雰囲気から、教会自体よりは、教会で行われるミサについて書かれているような気がします。
あともう一つがこれ。1939年というのは、建立の年かしら。
http://www.orthodoxia.cz/dejiny/m_chramy.htm
噴水は、見学しそこねたんですよ。そのときは、少なくとも博物館と美術館の両方は見学できて、美術館の屋上と聖モジツ教会の塔から街を見下ろし、そして聖ヴァーツラフ教会の朱色があざやかな内装に感動して、それで満足してしまいましたから。
ムリーンスキ川沿いってもしかしたら良い散策場所だったのでは、と思ったのは、帰国してから英語のオロモウツの旅行記のサイトを見つけたときです。
オロモツウの歴史については、あんまり調べていなかったので、情報ありがとうございます。
(Lonley Planetを買っていたら、オロモウツはもちろん、どの都市もだいたいちゃんと歴史が載ってますでしようけどね。ネットや書籍で旅行情報をかきあつめるのは一応まにあってしまったもので@)RE: オロモウツは思った以上に街に見どころあったろうなぁと思います@
まみさん,
チェコ オロモウツの「聖グラスト・カテドラル」について:
チェコ語のURL最初のサイト;
写真の教会が我々の話題となっている教会ですね。
「聖グラスト・カテドラル」と書いてあります。オロモウツ生まれの人も
知らなかった名前です。
URLの内容は聖書にあたる物のようです。
次のURL:
1939年の建立と書いてあるそうです。
1938年にドイツがチェコ領土の1/3を占領しました。ミュンヘン会議という
不名誉な会議でチェコの参加なしに,一方的に割譲されてしまった。
ヒットラーはそれで満足だと言っていたが,半年後には残りのチェコ領土も
すべて武力で占領してしまった。その年が1939年でした。
当時はソ連の共産党がチェコにも影響を拡大していた時代でした。
まみさん,
私は,古くて修理されもせず みすぼらしい建物も大好きなのです。
普通の人々が住んできた大切な暮らしの場所と想うからです。
お城も廃城なんていうのが人の哀れを誘うので見学して感動するのです。
対照的に,バロック調というのは,一言で表現すると力の誇示だと思うのです。
プラハ城の内部装飾がそうですが,多くの彫像が,人を踏み台にして権力者が
力を見せ付けていると私には映ります。
そんな歴史があったということですが,いまだに似たような世界のように
思うときがあります。
2005年09月30日16時32分 返信する -
ギリシャ正教の教会とかつて豪華を極めたオーストリア・ホテルのなれの果て。
今日はfkさん チェコからのホットな映像の数々有難うございます。
写真のギリシャ正教の教会はわたしもまみさんもとても気になっていた教会なのですが、地元のかたの評価はどうなのでしょうか?
やはりオモロウツの観光名所という感覚はないのでしょうか?いつ頃建設された教会なのでしょうか?宜しければ教えて下さい。
オーストリア・ホテルのなれの果てということは今は別のものに利用されている訳ですね。いつ頃までホテルだったんですかね〜〜?興味が湧きます。
>一月恒例のハナツキバルがもっとも大掛かりです。来年一月如何ですか,
ご招待します。
おさそい有難うございます。非常に興味がありますが、今はまだ無理そうです。そのうちに行く余裕ができましたらオモロウツでFKさんにお会いしたいと思っておりますので、その節は是非宜しくお願い致します。
RE: ギリシャ正教の教会とかつて豪華を極めたオーストリア・ホテルのなれの果て。
shinesuniさん,
shinesuniさんとまみさんがこの教会に思いがあるのを知っていました。
まみさんが最近プラハの建築を評価していたのに刺激されて,オロモウツの建物の
写真をUPする気持ちになりました。
いつもオロモウツを見ていても自分の視野と言うのが如何に狭いか,
思い知らされています。
さて,重要な質問ですね,また。
このオロモウツはむかしから要塞都市として発展しました。オーストリア・ハプツブルグ家の支配下にありました。チェコでも有数の軍隊基地がありました。
1968年ソ連軍の侵攻後つい最近までロシア軍がオロモウツ基地に駐留して
いました。ロシア人に対してもチェコ人は複雑な感情を抱いています。
このギリシャ正教の教会はロシア人が通ったものです。
以上でお分かりのように,オロモウツの人々はこの教会について何一つ
語ることはありません。
今事務所にいる市長の息子(オロモウツ生まれオロモウツ育ち)に質問して
みましたが,この教会がいつ建設されたかも知りません。
インターネットで調べてくれましたが,この教会についてはサイトがありませんで
した。
それと,むかしのオーストリア・ホテル:
これについても市長の息子も知りません。
1918年一次大戦の終結後にかっての支配者の遺物としてほったらかしに
なったのだろうと思います。
今は安ホテルとカジノが同居しているようです。
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4TRAVELさんのサービスは完成度が高いのですが,チェコ側でインターネットに
アクセスする場合はチェコのプロバイダー経由なので,fkとfkczが混乱する
場合があります。
以上の理由で,私のほうから(fkcz)shinesuniさんのサイトをお気に入りに入れさせていただきたい旨連絡します。
2005年09月27日18時05分 返信する -
ハナーとルーマニアの件で...
ハナーいいですね。私も今度行った時には是非見てみたいです。
ところでルーマニアのドラキュラ城の件で kumazoさんが書き込みをしてくれています。
fkさん宛なのですが、一報が私のほうに来てしまいました。
お手数ですが私の掲示板まで確認願います。
それではまた。RE: ハナーとルーマニアの件で...
shinesuniさん,
ドラキュラ城の情報の件 有難うございます。
妻にはemailで知らせておきました。
10月にはスロバキアの有名な民族舞踏団がオロモウツで公演します。
日本にも何度か招聘された団体でプロです。
私はとても期待しています。
ハナーの伝統は素人の有志で伝承されているのが特徴です。
素人のために日本の政府筋の支援が受けられず,日本招聘に努力したのですが
いまだ実っていません。
華麗・優美な衣裳で大勢の男女が踊る様は雄大です。もともと豊饒を祝う
野外の踊りでした。
日本の盆踊りによく似て生活に溶け込んでいる伝承文化です。
一月恒例のハナツキバルがもっとも大掛かりです。来年一月如何ですか,
ご招待します。2005年09月26日16時05分 返信する -
fkさん今晩は。
この街もいい街ですね。
ポーランドもそうですが日本人になじみのない街で味のあるとこって沢山ありますね。
今度はじっくりと調べ上げてそのような都市を渡り歩きたいです。
また穴場の町教えて下さいね。宜しくお願い致します。
PS
ペルフジモはスペルで書くとどうなるのでしょうか?
出来ればこの町のスペルもお願い致します。
場所が特定できませんでした。 -
味がある城ですね。
fkさん今日は、今日も蒸しあつくうだる日でぶっ倒れてました。
ところでこの城カッコいいですね。今度チェコ行った時が楽しみになってきました。
PS この地図ご存知でしたか?道の名前入れるだけで簡単にチェコ中の場所が判ってしまう優れものです。昨日調べていて見つけました。
上の空欄に道の名前を入れて実行すると候補の町が出てくるのでその中から選択するだけです。試して見て下さい。
http://mapy.atlas.cz/RE: 味がある城ですね。
shinesuniさん,
残暑お見舞い申し上げます。
暑かったですね。
去年は夏の3ヶ月オロモウツにいましたが,夏らしい日は数日でした。
日本は非常に暑い夏だったと聞いています。
そしてチェコでは今夏も夏らしくないようです。
トヴァチョフは,さすらいおじさんが興味があると書かれています。
チェコで4travelを始めてすぐでしたのでとても感謝しました。
写真をたくさん載せていないのにそのお城の魅力がお分かりとは
審美眼が鍛えられているのですね。
松本城の風情でしたので印象深いです。
近くの人たちはいいお城だと言っています。
ところで,ポーランドは平原が続く真っ平らな国というのが
イメージですが,正しいですか?
それと,歴史的建築物ですが,国中をさがせばたくさん古城も
残っているのでしょうか? または,戦後再建されたものが
ほとんどなのでしょうか?
地図アドレス有り難うございます。
日本で見てみると,画面が違うのに驚いています。
私は9月中旬からオロモウツにでかけて3ヶ月滞在予定です。
ポーランド語はスラブ系で,中欧のかなりの国でたやすく通じる
らしいから,shinesuniさんは旅を深く味わえますね。
羨ましいです。
チェコで言えば,プラハ以外は英語のパンフレットも資料も
少ないのが問題と言えば問題です。
歩きにくいから面白いと言うこともできますね。
2005年08月21日19時33分 返信するポーランドのイメージ
>ポーランドは平原が続く真っ平らな国というのがイメージですが,正しいですか?
はいその通りです。チェコやスロヴァキアとの国境のタトラ山脈周辺以外は...。
初夏はライ麦畑?の淡い緑色の景色がその平原いっぱい広がって最高です。
>チェコで言えば,プラハ以外は英語のパンフレットも資料も少ないのが問題と言えば問題です。
前日metalさんがブデヨヴィツェに10月に行かれるそうで宿について調べていましたが、ポーランドに比べ資料が余り多くなく苦戦しました。
何とか安宿を幾つかと性能のいい地図を見つけましたが...。
詳しくは私の掲示板に書いてますので宜しければ覗いて見てください。
結構お薦めの民宿ばかりですよ(笑)。
metalさんのページです。
http://4travel.jp/traveler/blitzkrieg666/2005年08月21日20時29分 返信するRE: ポーランドのイメージ
shinesuniさん,
貴重な情報有り難うございます。
私も参考にさせてもらいます。
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http://www.terms.cz/a-pension/cz/
http://www.pensionuvystaviste.tk/
POPIS 展示・公開 | CENY 料金 | FOTO 写真| MAPA 地図 | KONTAKT 接触
http://www.volny.cz/dolezal.pension/
http://www.budweb.cz/penzion-garni/
vstupte zde チェコ語 (hier bitteドイツ語)
http://www.volny.cz/pension_lux/
http://www.pensionrex.cz/
ここ安くて良いかも...。
http://www.sweb.cz/jan.turin/
die Karte地図
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pensionが民宿にあたりますか?
どうも宿には強くないもので...
pensionならばたしかにどこにでもありますが
自分はチェコのそれは体験がないのです。
2005年08月21日21時14分 返信するペンション
バビロン辞書によると英語の【pension】はチェコ語でdůchod, penze の2つ、
【accommodation】は
akomodace, přizpůsobení, půjčka, ubytování, urovnání, výpomoc
【inn】はbalay-abutanan
民宿(private room)は出てきませんでした。
因みにポーランド語では『kwatery prywatne クファテルィ プリヴァトネ』 といいます。
2005年08月22日09時26分 返信するRE: ペンション
shinesuniさん,
チェコ語のdůchod又はpenze 一度体験してみたいと思います。
どうも有り難うございます。
たいへん嬉しい情報です。
もしも日本の様な民宿とかイギリスのB&Bなら楽しいです。
shinesuniさんは城館でおばさんたちとお話しされたのですね。
いろんな所で会話されましたか?
たくさんの人と話してきたとは思うのですが,まだまだ
物足りなさを感じているのです。
最近はエリートとか実業界にぜんぜん関係しない人の家に
20泊ぐらいさせてもらいましたが,その様な社会を知るのは
とても参考になります。
例えば,家屋だって外で見るのと内部を見るのではぜんぜん
印象が違います。
人と話しても,その人の家には生活に密接に結びついている
家具や本や趣味のものがあるから話題が多くなりますね。
2005年08月22日12時44分 返信するRE: RE: ペンション クルムロフ
クルムロフの情報です。
http://www.pensionuzamku.krumlov.cz/
http://www.babylon.krumlov.cz/
http://www.romantick.cz/
宿の一覧表です。
http://www.ckrumlov.info/apps/en/katalog.xsp?node=Accommodation/%C4%8Cesk%C3%BD%20Krumlov/Bed%20and%20Breakfast
http://www.mapy.cz/
かなり使えます。クルムロフではこっちの方がより詳しく拡大するので利用価値あるかもしれません。
http://mapy.atlas.cz/
こっちの方がスライドするので見やすいです。ブディヨビツェはこちらの方がお薦めですね。
どちらも上の空欄に通りの名前をぶち込んで実行するだけで場所がわかりますよ。2005年08月22日23時38分 返信するRE: RE: RE: ペンション クルムロフ
shinesuniさん,
ご親切にペンション情報おしえて頂き,感謝しています。
参考になります。
それと,大手の旅行代理店と懇意にしていますので,そこが
契約しているホテルとかペンションは,個人で契約するよりも
安くなりますので,その現地旅行代理店と相談することを
考えています。
その代理店はスロヴァキアにはホテルやペンションも経営して
います。
スキー旅行の代理店も懇意です。
スイスやオーストリアのスキー旅行はチェコのスキー代理店を
通す方が安いという,まあ,人件費の問題になるわけですが
その様に現在はなっています。
私は学問で欧州滞在したわけでなくて,実業の世界で
行ったり来たりしたもので,その様な分野でも知り合いが
できたのです。2005年08月23日10時53分 返信するこちらこそいろいろ教えていただき
ご親切にペンション情報おしえて頂き,感謝しています。
参考になります。
それと,大手の旅行代理店と懇意にしていますので,そこが
契約しているホテルとかペンションは,個人で契約するよりも
安くなりますので,その現地旅行代理店と相談することを
考えています。
その代理店はスロヴァキアにはホテルやペンションも経営して
います。
スキー旅行の代理店も懇意です。
スイスやオーストリアのスキー旅行はチェコのスキー代理店を
通す方が安いという,まあ,人件費の問題になるわけですが
その様に現在はなっています。
私は学問で欧州滞在したわけでなくて,実業の世界で
行ったり来たりしたもので,その様な分野でも知り合いが
できたのです2005年08月23日16時16分 返信するこちらこそ感謝しています。
すいません、書いてる途中で間違ってエンター押してしまって...。
下の文章よろしければ削除しておいて下さい<(_ _)> 。
FKさんやdeensさんさすらいおじさんさんなど行動力のある方にいろいろ教えていただきとても感動しています。
毎日が新鮮で...パソコン買って良かったです(o^o^o)。
いつになるかわかりませんが向こうに行った時、オモロウツの駅前のホテル是非泊まってみたいと思います。今度はゆっくりじっくり訪ねてみたいと思います。
お知り合いの大手の旅行代理店の経営しているスロヴァキアのホテルやペンション、場所がわかり次第次に行った時のスケジュールに入れてみたいと思います...。あまりにも行きにくければ諦めますが(^^;)。
その様な分野での知りあいのかたとの交流とても楽しく聞いております。
Český Těšín ご存知でしょうか?今度いったらこの町から歩いてポーランドへ入国したいと思っております。確かオモロウツからもそんなに遠くはないはずです。チェコ語のサイトしか見当たらず結構苦戦していますが、面白そうな街そうで期待しています。
これからもよろしくお願いします。2005年08月23日16時43分 返信するRE: こちらこそ感謝しています。
shinesuniさん,
面白いですね,歩いて国境を渡るという計画:
Český Těšínはたしかシレジア時代(シレジアのすべてがチェコ時代)
に栄えていた街だと思います。
近くに行くとき,自動車で出かける場合
Český Těšín(チェスキー・チェシン)を目当てに走ります。
むかし,多分,ドイツからベルギーに山のなか国境を一人で
歩いて通過したことがあります。冬の旅でした。
たまに想い出します。
米国カルフォルニアからメキシコに入るのにやはり歩いて
国境を渡りましたよ。ちゃんと準備された橋でした。
そういえば,香港から大陸中国に入る場合も歩いて
入りました。
シンガポールからマレーシアにも。
ただし,ちゃんと準備された国境通過の道も興味津々ですが
人里離れた国境をてくてく歩いて渡るのは,感激するでしょう。
Český Těšínから渡る場合は多分山岳でしょう。2005年08月23日17時36分 返信する -
お誕生日おめでとうございます。
鉄道の写真良いですね。
食堂車もこうやって見ると楽しいものです。
私も今度行ったらもっと変わった視点で写真を取り撮りたいです。
デジカメならフィルム代もプリント代も必要ないですものね..。
パソコンに繋いでみるだけならですけど..(笑)。



