2005/10/05 - 2005/10/05
107位(同エリア122件中)
fkczさん
先ず,カタコンブに注目して観光しました。
ブルノ:
人口50万でチェコでは第二の都市。
工業が発達し、とくに大きな展示会場があり昔から有名。展示会場は現在ではドイツの組織が運営しています。
写真:丘の上にシュピルベルク城砦がそびえています。
砦にはいるとすぐにこの場面です。
右の記念物にはローマのシンボルが見られます。
イタリア北部はハプスブルク領土の一部でしたから時々イタリア人の反乱が起こりました。この砦は牢獄として使われていましたので,イタリア人もハプスブルク家に都合の悪い人物はこの牢獄に送られて処刑されたりしました。5名のイタリア人が収監され(多分処刑された)たメモリアルです。
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写真は頑丈な砦の一部。
左下のほうの丸い石は,
30年戦争の初期の頃 投石機が使われましたが
その弾です。
レンガもオリジナルです。
さすが国指定の文化遺産だけあって保守整備が行き届いています。 -
13世紀半ばに建築されましたが、お城というよりも最初は倉庫として使われたようです。
17世紀前半には大改築されて頑丈な砦になりましたが、30年戦争中にスエーデン軍からお城を守るためでした。
スエーデン軍はブルノを明日の昼までに占領すると豪語しました。これを知った教会昼を告げるベルを朝の11時に鳴らしました。それでスエーデン軍は諦めて撤退した,という逸話があります。
カタコンブに急ぎました。
KASEMATY(カゼマティ)がいわゆるカタコンブです。 -
カタコンブ入口です。
一階と二階の入り口が見えます。
二階に入りました。 -
これがカタコンブ...
城砦の地下に巨大な洞窟,数え切れないほどの大小の部屋があります。
囚人の部屋,監視人の部屋ばかりです。
ナチの鷲のボードもありました。ナチの電話交換機も。 -
囚人が寝ています(人形です)
足には鉄の鎖がつながれている。 -
拷問を受けている(人形)
オーストリア帝国の支配下にあった時代は、牢獄として使われました。泥棒殺人などの罪人が収監された時代がながく続きました。
カタコンブ(洞窟)一階の方は独房がほとんど。
悲惨な囚人の人形がありましたが,気持ち悪いので写真は撮れませんでした。 -
お城の外庭から大砲を見ました。
1795年とレリーフが語っている。
200年前にはナポレオン軍が4ヶ月に渡りこの砦を攻撃しましたが攻略はできませんでした。
しかし、ブルノの北東にあるスラフコフ(ドイツ語名アウステルリッツ)では大掛りな戦争だった「三帝会戦」にナポレオンは大勝、オーストリア帝国を支配においたナポレオンは、このブルノの砦を占拠しました。
1805年ナポレオンは海戦ではネルソン率いる英国軍に敗れましたが,大陸では戦いに連勝していきました。 -
庭園を歩きました。
戦争に明け暮れたヨーロッパの歴史を少し考えました。
人口の半分以上が犠牲になった戦争,何回もあったそうです。
島国の人には決して分からないヨーロッパの悲劇の歴史。
ブルノはオロモウツよりも少し温度が高いのですが,10月ですから秋の紅葉がきれいでした。
ブルノの旅行記は下のページがお勧めです:
http://4travel.jp/traveler/traveler-mami/album/10033567/ -
ブルノの一般的な交通手段は,トラム,バス,トローリーバス。
トラムに注目しました。
写真は城砦から撮影。 -
城砦から撮影
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市内を歩けばいつもトラムに出会います。
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駐車場へ戻る時に撮影した写真です。
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ブルノ市内のこのシーンが一番絵になると思います。
ブルノ駅裏側を出てすぐの一角です。
急いでいたので写真は上手く撮れませんでしたが。
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この旅行記へのコメント (1)
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- まみさん 2005/10/07 23:42:33
- カタコンブとはKasematyだったのですね@
- fkczさん、こんにちは。
私の旅行記を紹介してくださってありがとうございます。
近々ブルノに行かれると読んで、旅行記楽しみにしていました。
さすが東欧の歴史的背景はfkczさんの方がとても詳しく、また勉強させていただきました。
もともと去年から東欧を旅行ターゲットに選んだ理由の一つに、あまりに東欧の歴史を知らな過ぎる、日本で紹介されるのか、あるいは自分が学んできたのは、あまりにも西欧中心だったから、その空白を、旅行をすることで関心を持つことでうめたかったのです@
それは成功といえるのですが、いきなりいっぺんに頭に詰め込むことになって、整頓つかないし、混乱しまくりですよ。
ブダペストのアンドラーシ大通りとプラハのヴァーツラフ広場の歴史をごっちゃにしたり、など、ひどいでしょ?
ブルノについての資料は日本にはないので、現地で買ったのが大いに役だちました。
Kasematyが、ハプスブルグ家に逆らった人の牢獄となったりといった簡単な歴史はさすがにガイドブックにありましたが、ナポレオンの話はありませんでしたしね。
カタコンブとは一体、どこのことなのかなぁと思っていたのですが(聖十字架教会に併設されたカプチン派修道院の地下のことかと思っていました@)、Kasematyだったのですね。なつかしい写真をありがとうございます。
私も人形で実演されていたあの独房が一番印象に残っています。
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