オデーサ (オデッサ) 治安・トラブル

全2件

キーワードでオデーサ (オデッサ)のクチコミを探す :

検索

  • kasekun さん
    男性 / オデーサ (オデッサ)のクチコミ : 1件
    旅行時期 : 2018/08(約8年前)
    色塗り投稿です。今は到底訪れることができないウクライナ。ベラルーシを投稿したので、続いてウクライナの投稿です。

    ウクライナ訪問は1度だけ。2017夏の東欧縦断旅行で。

    日程

    ●千歳→香港→ローマ→(列車)→リミニ→サンマリノ→リミニ→(列車)→ローマ→(航空機)→リトワニアヴィルニュス→(夜行列車)→ベラルーシミンスク→(バス)→世界遺産2つのお城を見学→(夜行列車)→★ウクライナキーウ→チェルノブイリツアーに参加→キーウ観光→(夜行列車)→オデッサ(観光)→列車→モルドバキシニョフ、、、

    ・ウクライナ旅行のメインはチェルノブイリツアーに参加すること。日本人として、原発事故があったここは見ておかなければならない所だと思ったのだ。事故は1986年、自分が高校生だった時に起こった。あれから30年。時を経て今ではかなり放射線量も低下し、負の観光地となっていた。ウクライナ旅行を決めた時、チェルノブイリにツアーで訪れることができるらしいとの情報をネットで得て、調べてみた。日本人の日本語ツアーではかなり高額だったが、英語ツアーなら80ユーロ程で回れることを知った。すぐさま予約を入れた。福島は30年後、きっとこのチェルノブイリのようになってるはず、そう思いたかった。

    ・キーウに到着したその日は、まずはてくてくチェルノブイリミュージアムに。ここは何をおいてもはずせない。ツアーは翌日なので予習という感じで当時の様子などを知り得ることができた。

    ・宿泊したホステルは激安だった。ウクライナの物価は安いとはどこかで聞いていたけど、ここまでだとは知らなかった。幸いツアー集合場所はこのホステルのすぐ近くだった。

    ・2日目、日本人なら絶対このツアーには参加したいと思うはず。朝8時、集合場所に行ってみると、自分以外に若者の日本人が2人いた。やっぱりいた!もっといると思ってたけど、英語の格安ツアーはまだ日本人には知られていなかったのかもしれない。とりあえずお仲間がいたことに一安心。1人は社会人、1人は大学生。

    ・ツアー内容はさておき、驚いたことは2つ。
    ①何があっても責任は追えないとの宣誓書に署名、そして、出入り口(ロシアのウクライナ侵攻でここの写真を見たが、当時の姿はそこになかった)には、放射線量を計るチェックポストがあった。が、その目の前にはチェルノブイリを前面に打ち出したお土産屋が。もう観光地と化していた。帰りにまた再度ここを通り、放射線量を計る、、。
    ②遠くから原発を眺めるんだろうなと思っていたが、実際は超接近。コンクリートで覆い被せられた原発をこんなに近くで見るとは思ってなかった。

    ・ガイガーカウンターの有料貸し出しのオプションがあったが、誰か借りてるだろうと思い借りなかった。日本の大学生が借りてたのでそれを見せてもらったが、やっぱりドクロマークの危険箇所ではメーターがグーンと上がっていた。

    ・帰国後、このツアーで撮影した写真を同僚たちに見せる機会を与えられ、みんなに報告した。きっと30年後、福島の原発もチェルノブイリと同じように負の観光地となっている、、、そう報告したけど、、。30年後どうなってるかは誰もわからない。

    ・ツアーを終え、せっかく親しくなったのでみんなで夕食を食べに行こうということになった。じゃあ、キーウにはラーメン屋があるらしいから、話の種にそこに行こう、、、。行ってみると、美味しいラーメン屋だった。不味いラーメンを期待してたんだが、、。もちろん、お代は一番年上の自分持ち。若い頃、旅で出会った年上の日本人の方によくおごってもらったんで。歳取ったら若い方におごってやってくださいね!と、、。ちょっとだけカッコつけてみた。その後、3人で飲みに、、

    ・3日目、本当はリヴィウへ行きたかったですが、夜行列車は満席!で取れず。仕方なく持て余した時間は、ミイラの地下墓地がある世界遺産の教会を訪れた。(日本にもミイラがあるんですね。今年のゴールデンウィークに山形の酒田市に行ったのですが、たまたま見つけたお寺には即身仏のミイラが。江戸時代末期、ここ東北の地では仏になろうと盛んに行われていたとか。初めて知りました。)そして夜行列車でオデッサへ。

    ・4日目、オデッサではもちろん、あの有名な映画の舞台となった階段に。その後は、黒海沿岸ヘのボートツアーに。ここオデッサでは大勢のロシア人観光客が日光浴?に訪れていた。ロシア人たちは本当に日光浴が大好きですね。え、こんなに寒いのに、そう思うような所でも平気で海に入って日光浴をしている!当時は5年後ロシアがウクライナ侵攻するなんて誰も思ってなかったでしょうね。

    ・そして夕方の列車でモルドバへ。(沿ドニを通るこの列車。モルドバ密入国となるので、列車では行っては行けない、、バスで入国するように、、そんな情報が流れてたが、列車好きの自分、どうにかなるのでは?と思い強行!確かにチラスポリに入ってもモルドバ入国スタンプはもらえなかった。でも、、

    という感じのウクライナ訪問となりました。物価は安い!マックもある!ここは本当に以前はソ連だったのか?と思われるほど、西側のにおいを感じました。

    ウクライナ戦争が始まり、訪れたチェルノブイリ、キーウ、オデッサはロシアに攻撃され以前の平和な姿ではもうないようです。早くこのひどい戦争が終結し、平和となって復興し、また訪れることができるようになってほしいものです。
  • mint29 さん
    女性 / オデーサ (オデッサ)のクチコミ : 30件
    旅行時期 : 2014/08(約12年前)
    8月に訪れたので、バカンスシーズンで遊びに来ているヨーロッパ観光客で
    街全体が賑わってました。
    夜でも中心部のデリバスィフスカ通り周辺などは、かなり人通りが多く
    一人で歩いていても問題ないです。
    駅周辺はわりと閑散とした雰囲気です。

オデーサ (オデッサ) 基本情報ガイド

オデーサ (オデッサ) 旅行ガイドTOPに戻る

ランキングで選ぶ
料金比較で選ぶ
  • 格安ツアー
クチコミを見る
基本情報

4Tポイントを貯めよう

チャンスは一日一回。
エリアに隠された宝箱を探せ!お題はTOPページにて発表! 本日のお題はこちら!

4Tポイントとは?

PAGE TOP