楊樹浦路 Yangshupu Road
散歩・街歩き
3.10
施設情報
クチコミ(4件)
1~4件(全4件中)
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陸の孤島にモールがオープン。
- 3.0
- 旅行時期:2018/05(約8年前)
- 8
北外灘の更に北、楊浦エリアは戦前、近代工業地帯の中心でした。黄浦江沿いに出来た近代工業地帯は水運を活用した工場地帯です。戦... 続きを読む後、工場が移転して再開発が遅れていたエリアですが、2013年12月29日地下鉄12号線が開通し陸の孤島から脱皮しました。12号線はその後、延伸して南京西路駅、陜西南路駅(准海中路)に繋がりました。現在高層住宅の建設ラッシュで商業エリアの期待が高まっています。近くに黄浦江のフェリー民丹線乗場があり浦東側に渡る事が出来ます。上海東方漁人埠頭 2016年度品牌商関注以開業購物中心TOP50 第42名 査看 項目類型購物中心 開業時間2017-10-01 商業面積5万平米 商業楼階-1階到4階 連鎖項目是 所在城市上海 項目地址楊樹浦路1088号
地下鉄4号線楊樹浦路駅バス28路2つ目楊樹浦路江浦路下車
閉じる投稿日:2018/05/23
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中国近代化の先駆けとなった場所
- 3.5
- 旅行時期:2016/01(約10年前)
- 0
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戦前の東洋紡の社宅を現在は住民が住んでいます。
- 4.0
- 旅行時期:2015/07(約11年前)
- 2
楊樹浦路の東の端にある住宅地、戦前の東洋紡の社宅ではないでしょうか?十七綿工房住宅、楊樹浦路3061号、約1930年代建。... 続きを読む上海優秀歴史建築に認定されています。すぐ西の楊樹浦路と定海路の角地に、黄浦江に面して裕豊紡工場(東洋紡上海工場)がありました。その後、上海第十七棉紡績工場となり現在は上海国際時尚中心となって甦りました。この工場を設計したのは平野勇造と言う方でこの住宅も平野勇造さんの設計でしょう。終戦で日本人が撤退した後、上海住民がそのまま住んでいます。85年経った今も綺麗に保護保存されています。
上海優秀歴史建築、
楊浦区楊樹浦路3061号、第1回 新式里弄 楊樹浦路3061弄住宅 閉じる投稿日:2015/11/03
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共同租界の楊樹浦路は黄浦江の水運を利用して近代工業発祥の地となり、日本の綿紡績工場が出来た。
- 4.0
- 旅行時期:2015/07(約11年前)
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清の同冶二年(1863年)、租界の外にある楊樹浦路に工場が建ち始めた。黄浦江に面して水運交通の便が良く、低価格の労働力が豊... 続きを読む富などの理由で中国国内、外国の資本が集まり工場が動き出した。広い土地に綿紡績、造船、造紙、発電、自来水等の工場が出来た。19世紀末から20世紀中期まで最も工場が集中した地域となった。1937年には楊樹浦路一帯には300余の各工場があり、多くの労働者も集まった。その中でも日本の綿紡績工場は目だった存在でした。近年中国に多種の日本企業の工場が進出したが、すでに租界時代に工場進出(在華紡)をしていました。英、中国等の綿紡工場も吸収して上海の綿紡績を独占してしまいました。“やりすぎ”は何時の世も嫌われ労働争議も多かったようです。内外、豊田(トヨタ自動車の前身)鐘紡、東洋紡等の日本の紡績会社です。黄浦江工業碼頭区は上海近代工業化に大きく貢献した。世界大戦終了時日本の工場は撤退して長らく楊樹浦路一帯は寂れていましたが、2010年の万博前頃から再開発が始まり、古い住宅を取り壊し、高層住宅や大きなショッピングモールが出来始めました。現在、楊樹浦路一帯はいたるところで再開発工事が進められていますが、在華紡の社宅には今尚、多くの住民が住んでいます。上海市政府はこれらを上海優秀歴史建築に認定し、保存、改修
して行く方針です。第五次上海優秀歴史建築が発表となり、早速、改修を始めた現場も見られました。租界時代の工場地域だった楊樹浦路一帯は数年後には高層ビルが連なる高級住宅街・1000万人都市に変身するでしょう。 閉じる投稿日:2015/09/28
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