フマーユーン廟 Humayun's Tomb
史跡・遺跡
3.97
クチコミ 4ページ目(149件)
61~80件(全149件中)
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赤い砂岩と大理石のコントランストが美しい建築です
- 4.0
- 旅行時期:2014/08(約12年前)
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タージマハールの原型
- 4.0
- 旅行時期:2014/08(約12年前)
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タージマハールのモチーフになった建築物
- 4.0
- 旅行時期:2014/08(約12年前)
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デリーの世界遺産です。大都市だけあって地元観光客も多くチケット売り場は列を成していましたが、ツアーはそのまま入れました(ツ... 続きを読むアーの車を降りて道路を横断するのが若干怖いです)。
さほど歩かず入口が現れます。ゲートで金属探知をしますがほぼ素通りでした。
入口から5分ほど進むと門を2つほどくぐりフマユーン廟が見えてきます。門をくぐった時に見えて来たときの感動はタージに劣りません。
廟内も全て撮影可(タージは廟内の撮影禁止)。
邸内の芝生はしっかりと整備され、現地の方はそこに座ってゆるりとしている人が多かったです。緑と赤のコントラストが凄く印象的でした。芝生に入って写真を撮ると、他の建築物と趣の違う雰囲気です。
ツアーだとイサ・カーン廟は素通りしてしましいましたが、ガイドブックを見て横道に外れて写真撮ってきました。こちらも趣のある建築物です。
西門手前を左に行くと50m位のところにトイレがあります。管理人の人がいて10ルピーの支払いが必要ですが、結構清潔でした。 閉じる投稿日:2014/08/19
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地味ながらも世界遺産
- 4.0
- 旅行時期:2014/08(約12年前)
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きれいなお墓です。
- 4.5
- 旅行時期:2014/07(約12年前)
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デリーを代表する世界遺産
- 3.0
- 旅行時期:2014/07(約12年前)
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タージマハルの原型となった建物
- 4.0
- 旅行時期:2014/06(約12年前)
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ムガール帝国2代フマユーン帝の墓です。
- 5.0
- 旅行時期:2014/04(約12年前)
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立派なお墓
- 4.0
- 旅行時期:2014/03(約12年前)
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小さなタージマハル
- 4.5
- 旅行時期:2014/03(約12年前)
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タージマハルの原型なら行くしかない
- 4.0
- 旅行時期:2014/02(約12年前)
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内部も写真撮影自由です
- 4.0
- 旅行時期:2014/02(約12年前)
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ムガール帝国第二代皇帝フマユーンの霊廟です。妃のハージー・ベーガムが造らせたって事は、タージ・マハールが妻(妃)の為だった... 続きを読むのと真逆ですね。
そのタージ・マハールの原型となったのがこの廟で、イスラム様式とペルシャ(妃はペルシャ出身)様式の融合したムガール建築が此処で確立したと言える建物でもあります。
だから、どうしてもタージ・マハールと比べられちゃうんですよね。実際よく似ています。ただ、あちらの方が大きく且つ真っ白な為、迫力や見応えと言う点で一歩譲らざるを得ません。
それでも赤砂岩と大理石と見事なコントラストはデリーでは必見です。タージ・マハール見たからパスなんて勿体無過ぎます。
それに廟の内部も自由に撮影出来るのです。なので皇帝の棺(レプリカですが)を始め、妃、息子の棺、メッカの方に向いた明り取りの透かし窓、ドームの天井なども写真に収める事が出来ます。
フマユーン廟に至るまでの道に、幾つかの廟も在り、また修復途中の経過を掲示した案内板も立っていました。これは今まであちこちで世界遺産を見て来て、「4百年も経っているのに綺麗過ぎる」と思っていた自分を納得させる良い材料となりました。
タージ・マハールと違って、芝生の敷地に寝転んで休んでる人も居ました。人が少ないのでゆったりした時間が過ごせます。 閉じる投稿日:2014/03/10
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小ぶりのタージマハルのようですが、こちらが原型モデルだそうです。
- 5.0
- 旅行時期:2014/01(約12年前)
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あのタージ・マハルと同じつくり
- 4.0
- 旅行時期:2013/12(約12年前)
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フマユーン廟
- 3.0
- 旅行時期:2013/09(約12年前)
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赤い砂岩の建物に白い大理石の象嵌が美しい。
- 5.0
- 旅行時期:2013/08(約13年前)
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悲運の皇帝を悼んだ妃の想いが創りあげた霊廟
- 5.0
- 旅行時期:2013/08(約13年前)
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悲運の皇帝を悼んだ妃の想いが創りあげた美しい霊廟です。
16世紀に建てられました。
ムガル帝国第2代皇帝フマユーンの霊... 続きを読む廟です。
フマユーンは詩とワインを愛する心優しい皇帝でした。
でも、政治や軍事の素質は欠いていました。
そのため戦いに敗れ、15年間も外国に亡命していたそうです。
その後、帝国を奪還するのですが、ほどなく、事故であっけなく亡くなります。
彼の死を嘆いた妃は、霊廟の建設に人生を捧げます。
9年の歳月をかけて、立派な霊廟を完成させたそうです。
悲運の皇帝を悼んだ妃の想いは、後のインド建築に大きな影響を与えたそうです。
実績がなかった皇帝フマユーンは、この霊廟によって歴史に名を残すことになりました。
妻の力は偉大だったのですね(笑)
いっそ、妃の名前を付ければよかったのに!! 閉じる投稿日:2014/01/29
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三脚は預けさせられます
- 4.0
- 旅行時期:2013/08(約13年前)
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シンメトリーが美しい
- 4.0
- 旅行時期:2013/05(約13年前)
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赤と白が映える広大なお墓
- 4.0
- 旅行時期:2013/05(約13年前)
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