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真田・東御の寺・神社 ランキング

3.31
アクセス
3.25
人混みの少なさ
3.63
バリアフリー
3.25
見ごたえ
3.63
  • 満足度の高いクチコミ(6件)

    真田を祭る神社

    4.0

    旅行時期:2016/09(約5年前)

    真田がこの土地に来て以来、上田城へ行っても松代へ行ってもずっと真田家を祀ってきた神社とされます... 
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    。境内はかなり立派で、地元の方に話を聞くと、現在の真田家当主もここを訪れるそうです。真田ファンにとってはたまらない場所だと思います。 
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    SHIN

    SHINさん(男性)

    真田・東御のクチコミ:5件

住所2
長野県上田市真田町長4473-ロ-2
3.28
アクセス
5.00
人混みの少なさ
1.00
見ごたえ
5.00
住所2
長野県北佐久郡立科町山部279
3.28
アクセス
2.75
東部湯の丸ICから車で約5分(周辺に駐車場はありません)、しなの鉄道・田中駅からタクシーで約10分です。 by hiroさん
人混みの少なさ
5.00
訪れた際は誰もいませんでした。 by hiroさん
バリアフリー
2.50
長命寺本堂から東側へ墓地の中の坂道を登ったところにあります。 by hiroさん
見ごたえ
4.00
格式の高さを感じさせる江戸時代に建立された御堂です。 by hiroさん
  • 満足度の高いクチコミ(2件)

    格式の高さを感じさせる江戸時代に建立された御堂です!

    4.0

    旅行時期:2019/11(約2年前)

    『大日堂』は、甲斐の戦国大名「武田信玄(武田晴信)」と越後の戦国大名「上杉謙信(長尾景虎)」が... 
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    北信濃の支配権を巡り、1553年(天文22年)から約12年間(計5回)に渡り繰り広げられた「川中島の合戦」の折、信濃の「善光寺」焼失を恐れた「武田信玄」が「甲斐善光寺」の本尊となる「善光寺如来」をはじめとする「善光寺」の諸仏寺宝類を1558年(永禄元年)に創建した「甲斐善光寺」へ奉遷する際に1555年(天文24年)から約3年間に渡り一時安置場所にしたと伝わる、もともと東御市祢津地区西宮の「古大日」という地籍にあった「善光寺」・「甲斐善光寺」と関係の深い御堂です。 現在の『大日堂』の建物は、平安時代中期の975年(天延3年)に創建し鎌倉時代初期に現在の地に移転した山号を「智光山」と号する「長命寺」(真言宗智山派)の別当として、江戸時代初期の徳川幕府第4代将軍「徳川家綱」の時代となる1679年(延宝7年)に現在の地に建立されたものです。 御堂内には、平安時代(794年~1185年)中期から後期の藤原時代に制作されたものと伝わる本尊「大日如来像」(秘仏)のほかに善光寺三尊型式の仏像が安置されており、桁行き5間、梁間4間の建物は3間向拝付の銅瓦棒葺き入母屋根の正面部分に大きな千鳥破風が設けられ、向拝部分も唐破風にするなど格式の高さを感じさせる御堂建築の遺構として貴重なことから、1994年(平成6年)に「東御市指定文化財(建造物)」として指定されています。 また、御堂内に掲げられている1853年(嘉永6年)に奉納された「算額」(横:107センチメートル、縦:62センチメートル)も1994年(平成6年)に「東御市指定文化財(書跡)」として指定されています。 「算額」とは、江戸時代中期の寛文年間(1661年~1673年)ごろから始まった風習で和算の問題が解けたことを神仏に感謝するとともに益々勉学に励むことを祈願して額や絵馬に和算の問題や解法を記して奉納したもののことです。 今回は、所要で「弥津公民館」を訪れた際に2時間程度の空き時間を利用して弥津地区を徒歩で散策しながら『大日堂』に立ち寄りました。 木々に囲まれて誰もいない静寂な境内のひっそりした空間に歴史を感じさせる『大日堂』を見ていると時の流れが止まったかのような感覚でリフレッシュすることができました。 弥津地区周辺には、『大日堂』のほかにも江戸時代に建立された本格的な舞台装置を完備した「東町の歌舞伎舞台」や「西宮の歌舞伎舞台」など歴史的な史跡が点在しており、天候にめぐまれ自然に囲まれた木々の間からこぼれる秋の日差しを感じながらのウォーキングによる「史跡めぐり」を堪能することができました。 最寄り駅となる「田中駅」(しなの鉄道)からはタクシーで10分程度、上信越自動車道「東部湯の丸インターチェンジ」から車で5分程度の場所に位置し、周辺に公共の駐車場が存在しないので少し不便ですが、『大日堂』ほかの弥津地区周辺の「史跡めぐり」はお薦めできます。  
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    hiro

    hiroさん(男性)

    真田・東御のクチコミ:7件

住所2
長野県東御市祢津

ピックアップ特集

3.24
アクセス
2.75
東部湯の丸ICから車で約5分(周辺に駐車場はありません)、しなの鉄道・田中駅からタクシーで約10分です。 by hiroさん
人混みの少なさ
5.00
訪れた際は誰もいませんでした。 by hiroさん
バリアフリー
2.50
急な石段の参道を登った高台にあります。 by hiroさん
見ごたえ
3.00
  • 満足度の高いクチコミ(1件)

    江戸時代からの地歌舞伎が受け継がれている木々に囲まれた高台にある神社です!

    4.0

    旅行時期:2019/11(約2年前)

    『祢津日吉神社』の創建は不詳ですが、比叡山の麓に鎮座する紀元前91年(崇神天皇7年)に創祀され... 
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    たとされる全国におよそ3,800社ある日吉・日枝・山王神社の総本宮である「日吉大社」の分霊として、「大山咋神(おおやまくいのかみ)」(農耕(治水)を司る神)を本尊に祀っています。 『祢津日吉神社』は、しなの鉄道「田中駅」から路線バス(新張方面行き)で「西宮停留所」下車徒歩およそ15分(「田中駅」からタクシーで10分程度)、上信越自動車道「東部湯の丸インターチェンジ」から自動車で5分程度(但し、現地周辺に駐車場施設はありません。)となる東御市北中部の弥津地区東町に位置します。 参道の急な石段を登った高台の自然豊かな木々に囲まれた境内には、石段を登り切った正面すぐの場所に1間切妻向拝付きとなる銅板葺き切妻屋根(桁行3間、梁間2間半)の拝殿、その奥に銅板葺き一間社流造で外壁構造部分が朱塗り、壁部分が黒塗り、彫刻部分が極彩色で彩られた本殿があります。 さらに本殿背後には、嘉永年間(1848年~1855年)の記録によると徳川幕府第11代将軍「徳川家斉」の時代となる江戸時代後期の1817年(文化14年)に建立されたとされる「東町の歌舞伎舞台」とともに芝居見物のための観客席となる少し傾斜のある広場があり、徳川幕府第9代将軍「徳川家重」の時代となる江戸時代中期の1751年(寛延4年)の銘が入った歌舞伎上演の道具入れとなる「踊大小入」の木箱が残されています。 また、祢津地区西宮にある「祢津建事神社」境内にも1816年(文化13年)に建立されたとされる「西宮の歌舞伎舞台」が現存するほか、この地域が徳川幕府第3代将軍「徳川家光」の時代となる江戸時代初期の1624年(寛永元年)より旗本の久松松平家領となっており歌舞伎などの文化も流入しやすく取り締まりも緩やかであったと推測される背景からも農村歌舞伎が古くから根付いていたことが伺われます。 「東町の歌舞伎舞台」では、地歌舞伎の公演が継続的に実施されていましたが、太平洋戦争終戦後の困窮期となる1950年(昭和25年)に一度途絶えています。 1988年(昭和63年)になると「東町の歌舞伎舞台」の修復工事が実施されたのを機に地元保存会により「祢津東町歌舞伎」の公演が復活し毎年4月29日に開催されるようになっています。 1990年(平成2年)には「東町の歌舞伎舞台」が「長野県有形民俗文化財」に指定、1996年(平成8年)には「祢津東町歌舞伎」が「東御市無形文化財」に指定されおり、現存する回り舞台を持つ本格的な舞台施設としては祢津地区にある「東町の歌舞伎舞台」と「西宮の歌舞伎舞台」が日本最古といわれています。 今回は、所要で「弥津公民館」に立ち寄った際の空き時間を利用して歴史的な史跡が点在する弥津地区を徒歩で散策し『祢津日吉神社』に立ち寄りました。 『祢津日吉神社』拝殿や本殿とともに「東町の歌舞伎舞台」建物内部の見学は出来ませんが、高台の自然に囲まれ落葉が積もった静寂な境内にいると清々しい気分になりリフレッシュできました。 『祢津日吉神社』のほか木々で囲まれた遊歩道をウォーキングをしながら弥津地区内の「史跡めぐり」はお薦めできます! 機会があれば、「祢津東町歌舞伎」の公演も観てみたいと思います・・・ 
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    hiro

    hiroさん(男性)

    真田・東御のクチコミ:7件

住所2
長野県東御市祢津東町字角屋1340

1件目~4件目を表示(全4件中)

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