新しい殿様の配慮
- 3.0
- 旅行時期:2025/01(約12ヶ月前)
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by はちのすけさん(男性)
浜松 クチコミ:44件
三河から浜松に移ってきた家康の命で1568(永禄11)年に創建された。転封したばかりの家康が、領民の人気を得るために建立したのだろうか。当時は東海道の引間宿がある場所で、経済的に栄えていた。神社名の分器はこの辺りの古い地名。分器は量りの意味で、一説には量りにかかわりのある役所や蔵があったことからこの名が付いたとされる。1604(慶長9)年には社殿が建立されたが、太平洋戦争満期の空襲で焼失した。門前には本多忠勝屋敷跡の碑もあり、この辺りが武家屋敷だったことを示している。
- 施設の満足度
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3.0
- 利用した際の同行者:
- カップル・夫婦
- アクセス:
- 3.5
- 人混みの少なさ:
- 3.0
- 見ごたえ:
- 3.0
クチコミ投稿日:2025/02/17
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