大阪市中心部の独特の住居表示の並びは豊臣秀吉の区割りに由来
- 3.5
- 旅行時期:2023/05(約3年前)
-
-
by g60_kibiyamaさん(男性)
心斎橋・淀屋橋 クチコミ:147件
住所だと中央区博労町2丁目1となります。堺筋に東面したビルの前に黄銅製の立派な碑がありました。ただこの場所が特別に「太閤路地」ということではないようです。そもそも豊臣秀吉は都市計画で大坂の街の区割りを街区の北半分の家々を北向きに、南半分を南向きにして背合わせとし、その境界に下水を掘削したことから、その境界線が路地となりました。現在の大阪市中心部の住居表示を見ていくと、独特さが理解できます。
- 施設の満足度
-
3.5
- 利用した際の同行者:
- 一人旅
- アクセス:
- 3.5
- 人混みの少なさ:
- 3.5
- バリアフリー:
- 3.0
- 見ごたえ:
- 3.5
クチコミ投稿日:2023/11/27
いいね!:0票
利用規約に違反している投稿は、報告することができます。 問題のある投稿を連絡する