藤原定家も愛でた継桜/継桜王子
- 4.0
- 旅行時期:2022/01(約2年前)
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by ウェンディさん(女性)
紀伊田辺 クチコミ:4件
継桜王子の継桜の名前の由来は、この地には檜(ひのき)を台木とした美しい桜の木があり、後醍醐上皇に随行した藤原定家(新古今和歌集の編集者)もその桜の珍しさ、美しさを記録に残しているとのことで、現代も最初の親から継いできた桜の木が残っていると言われていますが、実は、この桜は藤原定家が愛でた桜の子孫かどうかは定かではないそうです。
その理由は継桜王子は後醍醐上皇の時代には、今の場所とは異なる場所にあり、後の世に現在の場所に移されたとか。
ただ、確実な証拠はないので、あくまでも・・・らしい・・・という程度のお話です。
☆このルートのコースマップなどの情報は和歌山県公式観光サイト↓がおすすめ
https://www.wakayama-kanko.or.jp/plan-your-trip/model-courses/kumano-and-koyasan/plan01/
- 施設の満足度
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4.0
クチコミ投稿日:2022/01/10
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