沖縄南部戦線の地「白梅の塔」と壕(ガマ)
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- 旅行時期:2021/11(約4年前)
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by ツッチーさん(男性)
糸満・ひめゆり クチコミ:3件
ひめゆりの塔がマスコミ的には有名ですが、
「白梅の塔」県立第二高等女学校の学徒隊や
「梯梧の塔」(デイゴの塔)沖縄昭和高等女学校の学徒隊の最後の地でもあります
→先ずは「白梅の塔」です
白梅の塔・・・県立第二高等女学校の教師と生徒 149柱を合祀
すぐ横には、白梅「下の壕」と呼ばれる自決の壕があり。
また、200mほど離れた所には「上の壕」があり。
1945年3月、学徒達は南部の野戦病院に配属され、負傷兵の看護や手伝いにあたる
6月、米軍が迫ってきたため数名ずつ更に南部各地の壕へ逃れ看護等にあたる
6月中頃~、逃れた地域一体で米軍の猛攻撃が始まり多数の死傷者がでる
石碑にはそんな様子が書かれていた。
- 施設の満足度
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5.0
- 利用した際の同行者:
- 一人旅
クチコミ投稿日:2021/11/25
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