後の活躍の基礎を得たところですね。
- 4.0
- 旅行時期:2021/05(約5年前)
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by 旅好者さん(男性)
萩 クチコミ:322件
ここには北側に修復工事中の小さな旧宅、南隣に大きな別邸が並んでいました。旧宅は別邸と比べるので小さいと思いますが、約29坪(約95.7㎡)もあります。博文は、1841年(天保12年)に現在の山口県光市の農家・林十蔵の長男としてに生まれています。農家なのに名字があるのは、親類が庄屋でその補佐役をやっていたからです。トラブルから父親だけは萩に移り、萩藩の中間・伊藤直右衛門の養子の口を見つけ、一家は伊藤家に入ります。中間の身分は相当低いですが、意外なほど家が大きいと思います。増築をしたと書かれたものが見付かりませんので、入家した時のままだと思います。中間の伊藤直右衛門はどんな事情があって、この家に住むことになったのでしょうかね。なお、博文は新政府の参与などをやっているときは仮住まいだった様で、兵庫県県令になった1868年(慶応4年/明治元年)にやっと本拠を持っています。
- 施設の満足度
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4.0
- 利用した際の同行者:
- 友人
- アクセス:
- 3.0
- 人混みの少なさ:
- 5.0
- 見ごたえ:
- 4.0
クチコミ投稿日:2021/08/02
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