「四海樓」の順番待ちの時間で覗きました。
- 3.5
- 旅行時期:2019/04(約5年前)
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by nichiさん(男性)
長崎市 クチコミ:59件
ちゃんぽん誕生の歴史がわかるミュージアムです。
1899年(明治32年)、福建省から来日した陳平順が長崎市広馬場(籠町)にて現在の名で中華料理店兼旅館として創業しました。
ちゃんぽんは、陳が身元引受をしていた清からの留学生らの食生活の悪さを見かねて、安くボリュームと栄養のある食事を取らせようと考案したもので、ほどなく長崎市内の他の中華料理店にも広がっていきました。
また、ちゃんぽんのバリエーションである皿うどんも同様にして広まりました。
明治時代後期から大正時代にかけてはカフェも経営しており、市民からは「上海クラブ」と呼ばれ、港に入港した外国船の船員や医学生、長崎造船所の技師らが訪れ大いに繁盛しました。
1917年(大正6年)より長崎に居を構えた斎藤茂吉は、1918年(大正7年)の東京相撲長崎巡業の際に、当時序の口であった出羽ヶ嶽に四海樓 のちゃんぽんを出前で頼んで食べさせ、その翌年には芥川龍之介、菊池寛らと共に来店するなど、遠来の客人をもてなす際によく利用したとのこと。
これがちゃんぽんの生みの親である陳平順です。
サザエさんもアニメの中でちゃんぽんを食べています。アニメのサザエさんの絵コンテがありました。
ちゃんぽんは、当初は支那うどんと呼ばれていました。
大正からちゃんぽんと呼ばれるようになりましたが、福建省の言葉で「シャポン」と言う言葉があり、ご飯を食べるという意味だそうです。
当時の中国人は、「ご飯は食べましたか?」
と言う言葉が挨拶代わりであったようで、
「まだです。」
と答えると、「うちで食べていきなさい。」
と言って四海樓で出していたのかも?
シャポン→ちゃんぽん????
昭和元年のちゃんぽんの値段は一杯15銭~20銭
昭和16年には一杯3円。
昭和31年常陸宮殿下がお見えになり、皿うどんを献上しています。
昭和38年のちゃんぽんは一杯150円。
昭和52年、浩宮様がお見えになり、ちゃんぽんと皿うどんを献上しています。
創業時の四海樓の写真がありました。
- 施設の満足度
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3.5
- 利用した際の同行者:
- カップル・夫婦(シニア)
クチコミ投稿日:2019/09/15
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