江戸時代この付近の能勢街江道沿いに並んでいた茶屋の一軒の名称
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- 旅行時期:2019/06(約7年前)
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by えいちゃんさん(女性)
キタ(大阪駅・梅田) クチコミ:216件
江戸時代この付近に能勢街道が通っていた、今でも国道176号線が能勢街道に離れず遠からず通じています、石碑は梅田芸術劇場付近にあり明治初期ぐらいまでは畑が広がっている簡素な農村地帯であったとされています。阪急電鉄宝塚線開通までは大阪の梅田から北摂や能勢妙見方面への主要街道として賑っていた。街道の起点はこの碑ある界隈で多くの茶店が旅人の休憩場として利用されておりその一軒に鶴の茶屋があった(石碑にはそう記されていた)この近辺に与謝野蕪村の"菜の花や月は東に日は西に"の句碑か建てられているように当時は一面の菜の花畑だったようで今の繁華街の情景からとても想像できませんがじっと目をつむるとお茶と書かれた幟が風に吹かれている景色が浮かんできそうです
- 施設の満足度
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2.5
クチコミ投稿日:2019/06/23
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