いまは石碑として残っています
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- 旅行時期:2018/05(約8年前)
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by mamusunさん(女性)
横浜 クチコミ:512件
1859年、横浜が開港となって貿易が栄えてくると、幕府は、開港場の施設を充実させました。当時は伊勢山下から都橋付近まで入海だったので木橋を架け、その後この橋が吉田新田から架橋されました。
吉田橋ができてからは、交通が便利になりましたが、人の出入りも多かったのでその治安を図るため橋のたもとに関門を設け、武士や町人の出入りを取り締まりました。
いまは石碑として残っています。横断歩道の渡っている途中に見つけました。
- 施設の満足度
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4.0
クチコミ投稿日:2018/05/12
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