藤堂藩が官道として整備した伊賀街道は宿場町の展示場のようです
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- 旅行時期:2016/11(約9年前)
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by 河内温泉大学名誉教授さん(男性)
伊賀・上野 クチコミ:6件
伊勢国と伊賀の二国を支配した藤堂家が、本城である津城と枝城の伊賀上野城を結び官道として整備したもので、約12里程。領内で収穫された穀物や農産物の流通を行った。途中には平田宿や平松宿なども官営で整備されたが、関西本線の出現で役割を終わった。大坂の陣で藤堂が敗れ長宗我部が勝っていたら、長宗我部藩の官道でしょうか。
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5.0
- 利用した際の同行者:
- 一人旅
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- 人混みの少なさ:
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- バリアフリー:
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- 見ごたえ:
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クチコミ投稿日:2016/11/02
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