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魂魄 (独立二十八大隊)

名所・史跡

魂魄 (独立二十八大隊) 施設情報・クチコミに戻る

後方支援の部隊が正規歩兵部隊同様の熾烈な地上戦に投入されました。

  • 5.0
  • 旅行時期:2016/06(約10年前)
たかちゃんティムちゃんはるおちゃん・ついでにおまけのまゆみはん。さん

by たかちゃんティムちゃんはるおちゃん・ついでにおまけのまゆみはん。さん(非公開)

宜野湾・北谷・中城 クチコミ:27件

西原の塔敷地内に佇む独立第28大隊慰霊碑?魂魄?。独立第28大隊とは海上挺進基地第28大隊が戦況の悪化に伴い、昭和20(1945)年2月17日に改編され、臨時編成された陸戦部隊のひとつです。昭和19(1944)年9月に香川県善通寺で編成され、鹿児島を経て同年11月に沖縄入りし具志頭に駐屯します。志堅原や具志頭に宿営し、奥武島や具志頭白水川の四式肉薄攻撃艇(通称マルレ)の基地整備や後方支援業務を行っていました。

陸戦部隊となった後は第24師団歩兵第89連隊に配属され、しばらくは島尻に駐屯し続けました。昭和20(1945)年4月29日南風原村大名へと前進し、5月3日の第二次総攻撃に於いて第89連隊とともに攻勢に出るも大隊長が負傷し、第1中隊が全滅する被害を被ります。そして5月8日には指揮下の第22連隊第3大隊とともに壊滅的被害を被ります。その後部隊は解散し、生き残った者は第22連隊に組み込まれます。そして敗戦が避けられなくなった6月17日には第22連隊司令部も玉砕し、900人もの大部隊は生存者も少なく部隊の動向や末期の様子も不明なまま時代の波に埋もれて行きました。

歩兵からは明らかに劣る資質や装備しか持たない後方要員、すなわちツルハシを持って壕を作るのが専門の兵士に、武器らしい武器も渡さず戦闘最前線に?送り出した?というより?放置した?ことでどんな結果が待っているのかを?期待?する方が無茶な話だと思います。

幸いなことに大隊幹部の遺族の手によって、部隊が熾烈な戦いに挑んだこの西原の地に平成7(1995)年4月に?魂魄?と名付けられた慰霊塔が建立され、史実を知ろうとしている方々に?独立第28大隊?の?存在と足跡?を静かに語りかけているように思えます。小さな碑ではあるものの、大隊が存在した史実を確かに受け取った・・・そう思いました。

施設の満足度

5.0

利用した際の同行者:
一人旅
アクセス:
5.0
西原の塔敷地内。
人混みの少なさ:
5.0
どなたもおられませんでした。
バリアフリー:
5.0
舗装はされています。
見ごたえ:
5.0
なにか引き込まれるものを感じます。

クチコミ投稿日:2016/07/15

いいね!:6

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