魂魄 (独立二十八大隊)
名所・史跡
3.22
クチコミ・評判
1~2件(全2件中)
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独立二十八大隊(海上挺身隊)を慰霊する
- 4.0
- 旅行時期:2017/04(約9年前)
- 5
翁長交差点から首里方向に200メートルあまり進んだ右手、西原の塔敷地内にあります。
沖縄戦の最大激戦地であったこの地で多... 続きを読む数の戦死者を出した独立二十八大隊(海上挺身隊)の慰霊碑です。碑文には『独立二十八大隊は昭和20年5月3日夜から4日の朝方にかけて呉屋の山を中心に米軍との間で激しい戦闘が行われ、多数の戦死者を出し、特に第一中隊「神田隊」は全滅した。 独立二十八大隊、並びに西原町民戦没者のご冥福を祈り・・・』と記されています。西原の塔敷地内にはたくさんの慰霊碑が祀られています。一つの町でこれだけたくさんの慰霊碑を見ることはありません。いかにこの地が激戦地であったか・・・。関係者でない私も、胸に来るものがありました。
閉じる投稿日:2017/04/14
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後方支援の部隊が正規歩兵部隊同様の熾烈な地上戦に投入されました。
- 5.0
- 旅行時期:2016/06(約10年前)
- 6
西原の塔敷地内に佇む独立第28大隊慰霊碑?魂魄?。独立第28大隊とは海上挺進基地第28大隊が戦況の悪化に伴い、昭和20(1... 続きを読む945)年2月17日に改編され、臨時編成された陸戦部隊のひとつです。昭和19(1944)年9月に香川県善通寺で編成され、鹿児島を経て同年11月に沖縄入りし具志頭に駐屯します。志堅原や具志頭に宿営し、奥武島や具志頭白水川の四式肉薄攻撃艇(通称マルレ)の基地整備や後方支援業務を行っていました。
陸戦部隊となった後は第24師団歩兵第89連隊に配属され、しばらくは島尻に駐屯し続けました。昭和20(1945)年4月29日南風原村大名へと前進し、5月3日の第二次総攻撃に於いて第89連隊とともに攻勢に出るも大隊長が負傷し、第1中隊が全滅する被害を被ります。そして5月8日には指揮下の第22連隊第3大隊とともに壊滅的被害を被ります。その後部隊は解散し、生き残った者は第22連隊に組み込まれます。そして敗戦が避けられなくなった6月17日には第22連隊司令部も玉砕し、900人もの大部隊は生存者も少なく部隊の動向や末期の様子も不明なまま時代の波に埋もれて行きました。
歩兵からは明らかに劣る資質や装備しか持たない後方要員、すなわちツルハシを持って壕を作るのが専門の兵士に、武器らしい武器も渡さず戦闘最前線に?送り出した?というより?放置した?ことでどんな結果が待っているのかを?期待?する方が無茶な話だと思います。
幸いなことに大隊幹部の遺族の手によって、部隊が熾烈な戦いに挑んだこの西原の地に平成7(1995)年4月に?魂魄?と名付けられた慰霊塔が建立され、史実を知ろうとしている方々に?独立第28大隊?の?存在と足跡?を静かに語りかけているように思えます。小さな碑ではあるものの、大隊が存在した史実を確かに受け取った・・・そう思いました。 閉じる投稿日:2016/07/15
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基本情報(地図・住所)
- 施設名
- 魂魄 (独立二十八大隊)
- 住所
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- 沖縄県中頭郡西原町翁長 西原の塔敷地内
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- 公式ページ
- 詳細情報
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