歓迎するわけではありませんが、秘密兵器と模った碑を持つ慰霊の碑です。
- 5.0
- 旅行時期:2016/04(約10年前)
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by たかちゃんティムちゃんはるおちゃん・ついでにおまけのまゆみはん。さん(非公開)
糸満・ひめゆり クチコミ:207件
沖縄師範健児之塔へと向かう道中にある独立臼砲第一連隊戦没英霊之碑は、昭和13(1938)年に正式制定され、関東軍使い始めた大威力奇襲兵器?98式臼砲?を模った慰霊碑です。昭和15(1940)年8月に満州公主嶺にて創設された対ソ連戦の部隊で、頑丈なソ連のトーチカを破壊するべく開発された?98式臼砲?が最初にあてがわれた部隊でもあります。
満州からガダルカナルへ転戦した後、そのまま戦機を逃し終戦を迎えた隊もあるものの主力部隊は昭和19(1944)年8月に沖縄へと移動し、翌年に始まった沖縄での地上戦に参戦しました。
秘密兵器とされた98式臼砲によって、一定の戦果は上がったものの物量に大きな開きがあるアメリカとの戦いは、日に日に不利な戦況になっていきました。そして昭和20(1945)年6月16日撃つ砲弾もなくなった独立臼砲第一連隊は、斬り込みを敢行したり自決をしたりで玉砕し、組織的戦闘を終えることになります。
所属する隊によっては生存された方も多く、その方々の尽力によって昭和56(1981)8月に独立臼砲第一連隊戦没英霊之碑が建立され、沖縄を含む南方戦線の連隊戦没者を祀っています。
明らかに?兵器?の形をした碑に嫌悪感を抱かれる方もいらっしゃるとは思います。言うまでもないことですが戦争そのものは肯定できるものではありません。しかし?秘密兵器?を預かった兵士の方々の気持ちを考えるとそれはそれでいいのではと思います。賛否両論がでることはわかりますが、毛嫌いして行かないのではなく、行ってみて考えることをすればまた新たな展開が待っている…そう思えてなりません。
- 施設の満足度
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5.0
- 利用した際の同行者:
- 一人旅
- アクセス:
- 5.0
- 健児之塔駐車場から徒歩5分
- 人混みの少なさ:
- 5.0
- 誰もおられませんでした。
- バリアフリー:
- 3.0
- 段差があります。
- 見ごたえ:
- 5.0
- 賛否はあるでしょうが、秘密兵器を模した碑には見入ってしまいました。
クチコミ投稿日:2016/05/20
いいね!:11票
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