文禄・慶長の役の際に武将が持ち帰った耳や鼻を埋めた塚
- 3.0
- 旅行時期:2015/10(約10年前)
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by asamiyさん(男性)
東山・祇園・北白川 クチコミ:5件
戦国時代、武将は自分の手柄を示すために敵の首を取り、持ち帰った。文禄・慶長の役ではさすがに朝鮮半島から首を持ち帰ることはできなかったので、代わりに耳や鼻を持ち帰ったということだ。それを埋めた地がここで、供養の儀が行われたのが耳塚の始まりだ。史跡としては中央に石塔があり、耳塚の説明板があるだけだ。
- 施設の満足度
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3.0
- 利用した際の同行者:
- 一人旅
- アクセス:
- 3.0
- 人混みの少なさ:
- 3.5
- 見ごたえ:
- 3.0
クチコミ投稿日:2016/03/22
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