勇敢なる飛行士の碑
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- 旅行時期:2014/08(約12年前)
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by yoshimune-kunさん(男性)
和歌山市 クチコミ:65件
和歌山市直川地区にある「さんさん公園」にある屋根付多目的広場の横に石碑があるのに気がついたので、この碑を詳しく見てきました。
碑には「高田曹長之碑」と刻まれていました。
その横に立てられた説明版を読むと、これは、大正10年に直川上空を飛んでいた軍の飛行機がエンジン故障により墜落したが、その際、同機を操縦していた高田傳十郎曹長が地上の人々にハンカチを振って危険を知らせつつ、民家を避けるように機を誘導したことから、その勇気ある行為を顕彰するために建立されたものだということでした。
碑は昭和10年に当時の村長ら有志により建立されたものですが、その後荒廃していたものを、近年になって地区の老人クラブの方々が再びきれいに維持管理するようになり、直川用地開発に伴い現在地へ移設したのだそうです。
旧軍の飛行機乗りの話としては、映画にもなった「永遠の0」が非常に有名ですが、この和歌山にも高田曹長のように勇敢な飛行機乗りの物語があったのですね。
参考に碑の説明文を書き起こしておきます。
故陸軍曹長高田傳十郎の碑
大正10年(1921年)4月16日、陸軍第61連隊(和歌山)の合同演習に参加のため僚機5機と共に岐阜県各務ケ原飛行場から和歌山へ飛行途中大阪と和歌山との境界(和泉山系)上空付近において高田曹長機の発動機が故障したが、直川民家集落への墜落を避けつつ、現碑の東南東約200メートルの地点に炎上墜落・殉死したものと言い伝えられる。目撃者によれば高田曹長は、ハンカチを振って危険を知らせつつ民家を避けて墜落したもので、その行為はひとり軍人のみならず我々国民にとっても範とすべき人格者であったと称されている。
昭和10年(1935年)には当時の村長等の有志により「英霊を慰め勇敢なる飛行士を偲び」墓碑が建立された。
その後、第二次世界大戦の敗戦を経て碑は荒廃のままとなっていたが、平成10年頃から直川老人クラブ連合会会員の奉仕により維持管理が図られてきた。
この度、直川工業用地の開発、和歌山北インター設置工事等に伴い碑の移転が必要となり、直川の歴史遺産として関係当局のご支援により約200メートル南から当地に移設したものである。
平成20年7月吉日
直川地区連合自治会
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クチコミ投稿日:2015/10/13
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