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連乗寺

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雑賀孫一の墓がある寺

  • 4.0
  • 旅行時期:2013/10(約12年前)
yoshimune-kunさん

by yoshimune-kunさん(男性)

和歌山市 クチコミ:65件

和歌山市平井地区に蓮乗寺(れんじょうじ)というお寺があります。

この寺は雑賀孫一にゆかりの深い寺として知られています。同寺に伝わる由緒書によれば、天正10年織田信長の命による紀州攻めの際に孫一の身を守った阿弥陀如来尊像を祀ったのが蓮乗寺のはじまりとされています。つまり、この寺は創建そのものに孫一が深く関わっているのです。

また、この寺には「雑賀庄 平井孫市郎藤原義兼」の墓があります。
平井孫市郎藤原義兼とは誰か? 実はこれは非常に難しい問題だそうですが、確実なことはこの人物は孫一本人もしくは極めて孫一に近い人物であったということです。
一般に「雑賀孫一」と呼ばれている人物の本名は「鈴木孫一重秀」であると伝えられています。しかし、当時の和歌山市周辺の地名である「雑賀庄」の名から「雑賀の孫一」と呼ばれたり、その居館が平井地区にあったことから「平井の孫一」などとも呼ばれていました。これをもとに考えれば、「平井孫市郎」という名は、「鈴木孫市郎」の別名であると考えられますし、時には「雑賀孫市郎」と呼ばれたであろうことは容易に想像できます。また、「孫一」の字は「孫市」と記載されることもあったようですので、これを考慮すると、「平井孫市郎(=雑賀孫市郎)」は「雑賀孫一(=平井孫市)」に極めて近い血縁者であったのではないかと思われます。研究者によっては、「孫一重秀」の弟であるとの説や、「孫一重秀」の息子であるとの説も挙げられていますが、今のところいずれも決定的な証拠はないようです。

さらに、「孫一」が活躍したとされる時期を考えると、「孫一」は一人ではなく、平井における雑賀衆の頭領である鈴木一族の当主が代々この名を名乗っていたのではないかとの説もあります。「孫一重秀」は天正13年を最後に歴史の表舞台から消えているので、この墓石に刻まれた天正17年という年号が「平井孫市郎藤原義兼」没年であるとすれば、この人物は重秀から「孫一」の名を継いで「2代目雑賀孫一」として活躍した人物なのかもしれません。

謎は広がりますが、ある意味、自由な想像の余地があるところが歴史の面白さかも知れませんね。

なお、同寺は駐車場が無く、大勢の観光客を受け入れられるような規模でもありませんので、参詣の際にはくれぐれも周辺や同寺の方々に迷惑とならないようご配慮をお願いします。

施設の満足度

4.0

利用した際の同行者:
一人旅
アクセス:
2.5
人混みの少なさ:
3.0
バリアフリー:
2.5
見ごたえ:
3.0

クチコミ投稿日:2015/09/16

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