農民に撃たれ非業の死を遂げる
- 4.5
- 旅行時期:2014/05(約12年前)
-
-
by bluejaysさん(男性)
朝来・生野 クチコミ:7件
1863年の生野の変で、出石藩兵900人と姫路藩兵1000人が出動したことを知り、妙見山に布陣した南八郎らは討ち死にする覚悟を決めたが、中條右京と長曽我部太七郎は伊藤龍太郎の説得に応じ、脱出することにした。
二人は追上峠を越え、猪篠まで来ると、後を追って来た農民に銃撃された。右京は自分は浪士ではなく出石藩士だと言ったが、胸を撃たれて絶命した。太七郎は藤原直蔵宅に逃げ込んだが、背中から撃たれた。彼はここで自刃させてくれと頼んだが、向かいの家の者に撃たれ、絶命した。
- 施設の満足度
-
4.5
- 利用した際の同行者:
- 一人旅
- アクセス:
- 3.5
- 生野駅または新野駅からバス「門貝」下車
- 人混みの少なさ:
- 5.0
- 見ごたえ:
- 4.5
クチコミ投稿日:2015/06/13
いいね!:0票
利用規約に違反している投稿は、報告することができます。 問題のある投稿を連絡する