白川城跡
名所・史跡
3.12
白川城跡 クチコミ・アクセス・周辺情報
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搦目地区の阿武隈川右岸に広がる、標高約400mの丘陵地を利用して築かれた山城である。別称「搦目城(からめじょう)」とも呼ばれる。 文治5年(1189)、下総結城の武将結城朝光は、源頼朝の奥州藤原氏攻めに参加して功名をたて、その恩賞として白河庄の地頭職を与えられた。その後、朝光の孫の祐広が正応2年(1289)頃、下総結城より移住して白川城跡を本拠としたと伝えられる。 明確な築城時期は明らかではないが、「山城」という形態や文献資料の研究成果から、近年では南北朝時代初頭の元弘・建武年間(1331~1337)頃には築城されたのではないかとの見解も示されている。そして、永正7年(1510)に起きた白河結城氏宗家と庶流小峰氏両家の対立(永正の変)以降、白河結城氏の本城は、小峰氏の本拠であった小峰城に移ったと推定されている。 現在、白川城には御本城山と呼ばれる主郭をはじめ、二ノ郭、鐘撞堂とされる平場や土塁や空堀などの遺構が良好な状態で残されている。
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ゲンさん