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回向院

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回向院 クチコミ・アクセス・周辺情報

両国 観光 満足度ランキング 3位

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振袖火事と称した江戸の大火で死んだ人を弔うため建てた。以来無縁仏や無縁犬猫を供養する。

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  • 満足度の高いクチコミ

    赤穂義士は休息のため入るのを拒絶されましたが、誰でも分け隔てなく埋葬してくれる無縁寺です。

    4.0

    「両国回向院」は、墨田区両国2丁目にあります。「両国回向院」へのアクセスは、JR総武本線「両国駅」の西口を出て、左方向に進...  続きを読むむと140m先に「国道14号」(京葉道路)があります。横断歩道を渡るとすぐ目の前に「両国回向院」の朱色の「山門」があります。その「山門」の両脇には、「回向院」を守るように二体の仁王像が安置されています。 「回向院」は、今からおよそ360年前の明暦3年(1657年)に開かれた浄土宗の寺院で、「諸総山無縁寺回向院」と呼ばれています。そして、「回向院」の理念は、「有縁・無縁に関わらず、人・動物に関わらず、生あるすべてのものへの仏の慈悲を説くもの」で、江戸時代から変わることなく引き継がれています。なぜ、それは何故かと言うと、「回向院」が開かれた明暦3年(1657年)に、江戸では、「振袖火事」の名で知られる明暦の大火があり、市街の6割以上が焼土と化し、10万人以上の尊い人命が奪われました。この災害により亡くなられた人々の多くは、身元や身寄りのわからない人々でした。そのようなことから無縁寺とも呼ばれている訳です。江戸は火事が多い街で、人口の増加による家屋の密集、冬場に吹く「からっ風」がその要因に挙げられます。その中でも明暦の大火は「振袖火事」でその名が知られています。そして、当時の将軍「徳川家綱」は、このような無縁の人々の亡骸を手厚く葬るようにと隅田川の東岸にある現在地に土地を与え、「万人塚」という墳墓を設け、遵誉上人に命じて無縁仏の冥福に祈りをささげる大法要を執り行いました。このとき、お念仏を行じる御堂が建てられたのが「回向院」の歴史の始まりです。 では、「回向院」の「山門」を潜ります。「回向院」の「正門」は、再建され、「正門」は現在の京葉道路沿い国技館通りに正対する位置に移されました。かつての「回向院正門」は、江戸城側から両国橋を越えると真正面にあり、橋上からその姿をはっきりと見ることができたそうです。「正門」の「扁額」と「寺号碑」に注目してください。扁額には古字を用い「囘向院」、そして、「正門」前の「寺号碑」には俗字を用いて「囬向院」と表記されています。 次が、「力塚の碑」が参道を進むと右手にあります。「力塚の碑」は、昭和11年(1936年)に大日本相撲協会が歴代相撲年寄の慰霊のために建立したもので、その後も新弟子たちが力を授かるよう祈願する碑となっています。 更に進むと「塩地蔵」があります。「塩地蔵」は、右手に錫杖、左手に宝珠を持たれており、参詣者は願い事が成就すると塩を供えたことから「塩地蔵」と呼ばれ親しまれてきました。 次に、「鳥居清長顕彰碑」です平成25年(2013年)に「鳥居清長顕彰碑」が建立されました。石碑正面には、「鳥居清長」の「大川端夕涼み」に登場する女性が描かれたブロンズプレートが取り付けられています。「鳥居清長」は、江戸の六大浮世絵師の一人でもあります。江戸の六大浮世絵師とは、「鈴木春信」、「鳥居清長」、「喜多川歌麿」、「東洲斎写楽」、「葛飾北斎」、「歌川広重」ら六人です。 更に進むと「鼠小僧次郎吉の墓」です。「ねずみ小僧」は、黒装束にほっかむり姿で闇夜に参上し、大名屋敷から千両箱を盗んで町民に配ったと伝えられている時代劇でよく見た義賊です。長年捕縛されなかった運にあやかって墓石を削りお守りとする風習が江戸時代からありました。現在では、特に、合格祈願に来る受験生に人気で、墓石の前に削り取り用の石の「お前立ち」が置かれています。その他の見どころである、「水子塚」、「千体地蔵尊」、「馬頭観世音菩薩像」、「オットセイ供養塔」、「猫塚」など多数ありますので、下記に取りまとめてありますから、ご覧いただければ幸いです。 01_【一口メモ】 ⑴ 所在地…〒130-0026 東京都墨田区両国2丁目8-10 電話:03-3634-7776 ⑵ 回向院の概要 ①山号…諸宗山 ②院号…回向院 ③寺号…無縁寺 ④宗派…浄土宗 02_【アクセス】 1 電車を利用して ⑴ JR総武本線「両国駅」西口から徒歩4分290m ⑵ 都営地下鉄大江戸線「両国駅」A5番出口から徒歩10分700m 03_【「両国回向院」の見どころ】 ⑴ 「本尊阿弥陀如来」 「回向院」の御ご本尊は、宝永2年(1705年)に安置された銅の「阿弥陀如来座像」です。かつては、野外に置かれ、濡仏さまと呼ばれていました。「阿弥陀如来座像」は、「釜屋六右衛門」の作によるもので、現在は、東京都の有形文化財にも指定されています。「阿弥陀如来座像」は、身の丈六尺五寸五部、蓮座三尺四寸五分もある大きな銅作りの坐像で、数多くの無縁仏を見守ってきたその眼差しは慈愛に満ち溢れています。 ⑵ 「水子塚」 「回向院」の「水子塚」は、寛政5年(1793年)に老中「松平定信」の命によって造立されたもので、「水子供養の発祥」とされています。ちなみに、「水子塚」とは、陽の目をみずに葬られた水子の霊を供養するためものです。「水子塚」の板石には、地蔵菩薩坐像と他では見られないような「水子塚」という大きな文字が刻まれていました。 ⑶ 「塩地蔵」 劣化が激しく「塩地蔵」の建立年は不詳ですが、「塩地蔵」は、右手に錫杖、左手に宝珠を持たれており、参詣者は願い事が成就すると塩を供えたことから「塩地蔵」と呼ばれ親しまれてきました。「東都歳時記」所載の江戸東方48ヶ所地蔵尊参りには、その42番目として数えられています。現在、私の知る限りでは、「西新井大師」、「浄土宗常光山源覚寺(こんにゃく閻魔)」など都内10社寺で確認していますが、かつては48ヶ所にあったのですね。 ⑷ 「千体地蔵尊」 「千体地蔵尊」は、ご本尊の背面にあり、ご先祖の供養や家運や社運の隆昌・繁栄を祈願する人々によって奉安されたものです。関東大震災により焼失してしまった尊像で「増上寺」の「黒本尊」と同木といわれ、「恵心僧都」の作と伝えられた「備中千体阿弥陀如来像」をその由縁としております。後光のようにご本尊を守護するさまは必見です。 ⑸ 「力塚の碑と回向院相撲」 「力塚の碑」は、昭和11年(1936年)に大日本相撲協会が歴代相撲年寄の慰霊のために建立したもので、その後も新弟子たちが力を授かるよう祈願する碑となっています。ちなみに、日本の国技である相撲は、江戸時代は主として公共社会事業の資金集め(寺社建立の資金となる浄財を集めるなど)のための「勧進相撲」興行の形態をとっていました。貞享元年(1684年)、江戸での「勧進相撲」が許可されると相撲はさらに盛んになりました。その後、「勧進相撲」が「回向院」境内で初めて行われたのは明和5年(1768年)で、天保4年(1833年)以降は春秋2回の興行の定場所として江戸での「勧進相撲」を独占しました。そして、明治42年(1909年)の旧両国国技館が完成するまでの76年の間、「回向院相撲の時代」が続きました。「回向院」が定場所となり、回向院で行うことが定例となり、この「回向院」の定場所が今に続く、両国国技館の前身ということですね。そして、「力塚」の敷地内には、「角力記」、「東京相撲記者碑」という相撲の発展に寄与した相撲記者の慰霊碑も建てられています。 ⑹ 「馬頭観世音菩薩像」 「馬頭観音堂」は第4代将軍「徳川家綱」の愛馬の供養として創祀されました。また、「回向院」は動物供養でも知られ、犬、猫、オットセイ、小鳥などの塚や碑もあります。供養のために建てられた「馬頭観音堂」は、回向院二世信誉貞存上人が建立し、自らが鑿をとって彫刻した「馬頭観世音菩薩像」を安置しました。「馬頭観世音菩薩像」は、享保年間頃から「江戸三十三観音」でした。「回向院」の「馬頭観世音菩薩」に祈願をこめると、当時最も恐れられた瘧疾(熱病)や疱瘡(天然痘)にかからぬといわれ、時代が下るにつれて諸病平癒の霊験顕かな観音様として、人々の厚い信仰を集めたそうです。現在も昭和新撰「江戸三十三所観音参り」での第四番札所となっています。 ⑺ 「一言観音像」 「一言観音」は、奈良の「唐招提寺」の像と同じ木で彫られたもので「恵心僧都源信」作と伝えられています。 元禄16年(1703年)10月に回向院四世「観誉上人」の夢枕にこの観音様が現れ、他所へ遷すように告げられたため、「観誉上人」はこの聖観音像を墓所へ遷したところ、ちょうどその年11月に大地震及び火災により、寺院は倒壊・類焼してしまいました。この移転により聖観音像が倒壊を免れたことが知れ渡り信仰を集めるようになるとともに、その御前で一言願をかけると願い事が叶うと慕われ、いつしか一言観音と呼ばれるようになりました。 ⑻ 「鼠小僧次郎吉の墓」 「ねずみ小僧」は、黒装束にほっかむり姿で闇夜に参上し、大名屋敷から千両箱を盗んで町民に配ったと伝えられている時代劇でよく見た義賊です。計90回の盗みの後、ようやく御用になり処刑されてしまいましたが、長年捕縛されなかった運にあやかって墓石を削りお守りとする風習が江戸時代からありました。現在では、特に、合格祈願に来る受験生に人気で、墓石の前に削り取り用の石の「お前立ち」が置かれています。 ⑼ 「関東大震災供養塔」 東京が一朝にして焼土と化した大正12年(1923年)の関東大震災において、当時の住職であった第21世「浄厳師」は、役僧を引き連れ焼野原を歩き、亡骸を見つけては巡回回向し、また被服廠跡や隅田堤で日夜読経念仏したと伝えられます。大正14年(1925年)に東京市は遺族に対して遺骨の引き取り方を公告しました。各区にわたる死者は分骨して「回向院」にも納骨されました。 ⑽ 「正門」 「回向院」は一般的な表記ですが、「正門」の扁額には古字を用い「囘向院」、そして、「正門」前の「寺号碑」には俗字を用いて「囬向院」と表記されています。令和元年(2019年)に、「正門」に「仁王像」が安置されました。「回向院」の「正門」は、かつては、現在の「両国2-8-10」あたりの位置にありました。残念ながら「回向院」の伽藍は東京大空襲で焼失しましたが、戦後、再建され、「正門」は現在の京葉道路沿い国技館通りに正対する位置に移されました。かつての「回向院正門」は、江戸城側から両国橋を越えると真正面にあり、橋上からその姿をはっきりと見ることができたそうです ⑾ 「鳥居清長顕彰碑」 「鳥居清長」は、鳥居派四代目として八頭身の美人画を確立したことで知られる浮世絵師です。江戸の六大浮世絵師の一人でもあります。江戸の六大浮世絵師とは、「鈴木春信」、「鳥居清長」、「喜多川歌麿」、「東洲斎写楽」、「葛飾北斎」、「歌川広重」ら六人です。「鳥居清長」の墓碑は以前から「回向院」にあったとされていましたが、「関東大震災」や「東京大空襲」により所在不明となっていましたが、近年の調査で過去帳に名が記されていることが発見され、平成25年(2013年)に「鳥居清長顕彰碑」が建立されました。石碑正面には、「鳥居清長」の「大川端夕涼み」に登場する女性が描かれたブロンズプレートが取り付けられています。 ⑿ 「オットセイ供養塔」 「オットセイ供養塔」は、大正15年(1938年)に建てられたオットセイのための供養塔です。漢字で書くと非常に難しく、「膃肭臍」と書いてオットセイと読みます。大正時代に「回向院」のなかにあった見世物小屋にいたオットセイを供養するために建てられたものです。これだけでも「回向院」の栄華が分かりますね。 ⒀ 「猫塚」 「歌川国芳」は、大の猫好きで知られる江戸後期の浮世絵師です。常に数匹、多い時には十数匹の猫を飼い、猫の戒名の書かれた位牌で飾られた猫用の仏壇を自宅に設けていたそうです。「歌川国芳」が生きていた時代にはすでに「回向院」の猫塚は存在し、「歌川国芳」は何匹もの愛猫の供養をお願いしていたそうです。「猫塚」が回向院に築かれることになったきっかけは、次の様な逸話からです。猫を大変かわいがっていた魚屋が、病気で商売ができなくなり、生活が困窮してしまいます。すると猫が、どこからともなく二両のお金をくわえてき、魚屋を助けます。ある日、猫は姿を消し戻ってきません。ある商家で、二両くわえて逃げようとしたところを見つかり、奉公人に殴り殺されたのです。それを知った魚屋は、商家の主人に事情を話したところ、主人も猫の恩に感銘を受け、魚屋とともにその遺体を回向院に葬りました。このようなことにより「回向院」の猫塚が築かれたそうです。   閉じる

クチコミ・評判 10ページ目

181~200件(全462件中)

  • 力強い

    • 3.0
    • 旅行時期:2017/07(約9年前)
    • 0

    回向院の山門をくぐると参道の左手に大きな力塚があります。
    1833年(天保4年)から回向院で相撲興行が行われていたことか...  続きを読むら、相撲関係の石碑がまとまってあります。
    特に力塚は、石碑の形や石の光沢、力強い筆跡が魅力的です。  閉じる

    投稿日:2017/07/22

  • 両国で必見の場所

    • 4.0
    • 旅行時期:2017/07(約9年前)
    • 0

    振袖火事と呼ばれる明暦の大火の10万人を越える焼死者を葬った万人塚が始まりで、のちに安政大地震などでの死亡者を弔っています...  続きを読む
    都内の寺院にしては境内は広い方です。境内には鼠小僧之墓や相撲関係の石碑、猫塚、塩地蔵など見どころが沢山あります。
    平日でしたが参拝者が大勢いらっしゃいました。両国に行く機会があれば是非立ち寄った方が良いところだと思われます。  閉じる

    投稿日:2017/07/20

  • 鼠小僧のお墓があります

    • 5.0
    • 旅行時期:2017/05(約9年前)
    • 0

    両国駅から徒歩10分ほどです。境内はとても広々としています。かの有名な鼠小僧次郎吉の墓もここにあります。約360年前に開か...  続きを読むれた浄土宗の寺院です。江戸時代に市街の半分以上が失われた大火があり、亡くなられた人々の供養の為に建てられた御堂が回向院の始まりです。  閉じる

    投稿日:2018/06/01

  • 回向院の境内に六基の碑があります

    • 4.5
    • 旅行時期:2017/04(約9年前)
    • 0

    馬喰町のホテルに宿泊した翌日、「両国橋」を渡って徒歩で両国界隈を散策。
    以前訪問した「回向院」の境内にまだ観ていないスポ...  続きを読むットがたくさんあったので再訪してきました。
    とにかくこちらは慰霊&供養関係の碑がすごく多い。。
    「石造海難供養碑」は六基もあって結構見ごたえがありました。
    名前の通り、海難事故で犠牲になられた方へ向けた供養碑ですが、6つの海難事故についてもそれぞれ詳しく説明があり、読んでいると胸が痛くなりました。。
      閉じる

    投稿日:2017/12/06

  • 回向院の境内にいらっしゃいます

    • 4.0
    • 旅行時期:2017/04(約9年前)
    • 0

    以前も訪問している「回向院」ですが、観るべきスポットを観ていないことに気付き、再訪して境内を隅々まで散策していました。
    ...  続きを読む「鼠小僧のお墓」の近くに立っていらっしゃるお地蔵様が「塩地蔵」様☆
    通常は、塩を振りつけて祈願することが多い「塩地蔵」様ですが、こちらは願い事がかなったら塩をお供えする慣習があるようです。
    つまり、「またいらっしゃい」ということでね♪
    またお会いしに行かなきゃ・・(笑)。  閉じる

    投稿日:2017/12/05

  • 江戸時代の国学者&歌人であった方のお墓です

    • 3.5
    • 旅行時期:2017/04(約9年前)
    • 0

    以前も訪問している両国の「回向院」ですが、境内に観るべきスポットが多数あることに気付き、再訪して境内をくまなく散策してきま...  続きを読むした。
    慰霊や供養の塔や碑がたくさん建っていますが、山門をくぐって真っすぐ進み、左に曲がった奥にお墓が密集して建っています。
    そのうちの一つがこちらの「加藤千陰の墓」。
    初めて聞くお名前でしたが、江戸時代の国学者で、歌人もあった方だそうです。
    説明板は他のものとまとめて山門のところに建っており、お墓と離れているので結構探すのに苦労しました。奥は通路が狭いうえに、段差も結構あるので足元にご注意を。。
      閉じる

    投稿日:2017/12/05

  • 以前も訪問していた「回向院」ですが、たくさんの観るべきスポットを見逃していたことに気付き、再訪して今回はじっくりと境内を見...  続きを読む学してきました。
    境内にはたくさんの供養関係の碑がありますが、こちらの供養塔は「明暦の大火」で犠牲にならえた10万人以上の方々を供養する目的で建てられた塔です。 
    説明板と供養塔が離れているので、どれが供養塔なのかちょっとわかりにくかったです。(なぜか山門の近くに説明板をまとめて建てています)
    地震・雷・火事などの自然災害は本当に恐ろしい。。しっかり注意して生活しなくては・・と改めて思いました。  閉じる

    投稿日:2017/12/05

  • 意外と見どころ満載☆

    • 4.5
    • 旅行時期:2017/04(約9年前)
    • 0

    以前も訪問している「回向院」ですが、両国のスポット登録をみていたら、こちらの境内にたくさん観光スポットがあることに気づいて...  続きを読む、改めて再訪してきました。
    前回は境内をさくっと見学しただけでしたが、さまざまな慰霊関係の碑も多く、見どころ満載♪
    特に動物供養の慰霊碑や供養塔などは必見です。
    両国駅にも結構近いので、両国散策の際は是非訪問してください。  閉じる

    投稿日:2017/12/05

  • 「猫塚」は、両国駅の南側にある浄土宗寺院「回向院」の境内にあります。
    「回向院」はペット供養でも有名なので、犬や、馬や猫...  続きを読むなどの供養関係の碑や像がたくさん建っていましたが、「猫塚」は、厳重にガラス張りの扉がついた小さなお堂の中に配置されていました。
    すぐ近くには案内板が立っており、「猫の恩返し」の説明を読むことができました。
    「猫塚」そのものはとても小さいのですが、他にも供養碑などもあったので、併せて見学されると良いと思います。  閉じる

    投稿日:2017/08/03

  • 「回向院」にあるパワースポット

    • 5.0
    • 旅行時期:2017/04(約9年前)
    • 0

    「鼠小僧供養墓」は、両国駅の南側にある浄土宗寺院「回向院」の境内にあります。
    お墓を削って持ち帰るとご利益があると言われ...  続きを読むており、両国のパワースポット的なスポットにもなっているようです。
    (実際には、お墓の前に「お前立ち」という代わりの石が置かれており、こちらを削るように案内が立っていますが・・)。
    気になる何にご利益があるかですが、お金関係以外では、どんな場所にもでも忍び込んでいた鼠小僧にちなんで「すんなりと入れる」というところから、受験生にもご利益があると言われています。
    試しに削ってみたのですが、粉状になってしまうので、何か受皿になるようなものをお持ちになると良いと思います。  閉じる

    投稿日:2017/08/03

  • 回向院の境内にあります

    • 3.5
    • 旅行時期:2017/04(約9年前)
    • 0

    両国駅の南側にある浄土宗寺院「回向院」の境内には、慰霊碑などがたくさん建っていますが、山門をくぐって左手に進むと、お墓など...  続きを読むも密集して建っています。
    その一つがこちらの「岩瀬京山の墓」です。
    同じく「岩瀬京伝の墓」もありますが、岩瀬京山は岩瀬京伝の弟さんで、同じく戯作者であった方です。
    名前は存じ上げませんでしたが、訪問で岩瀬兄弟のことを知ることができたので、勉強にはなりました。
    ただ、わざわざ訪問するスポットかと言われるとちょっと微妙かな。。
      閉じる

    投稿日:2017/08/02

  • 両国にある浄土宗寺院「回向院」は、以前も訪問したことがあったのですが、4トラの登録スポットに境内の碑などがたくさん登録され...  続きを読むていることを知って、再訪してきました。
    慰霊碑が多い境内ですが、山門をくぐって左手に曲がった奥にお墓も密集して建っており、「岩瀬京伝」のお墓もありました。
    江戸時代後期の浮世絵師で、のちに戯作家として活躍された方のお墓です。
    案内板も建っています。
    全く名前を存じ上げない方でしたが、訪問をきっかけにまた一つ勉強になりました♪  閉じる

    投稿日:2017/08/02

  • 現在の大相撲の起源を象徴しています

    • 4.0
    • 旅行時期:2017/04(約9年前)
    • 0

    2年ほど前にも両国の「回向院」を訪問したのですが、こちらの「力塚」の存在をきちんと認識していなかったので、再訪して境内をぐ...  続きを読むるりと見学してきました。
    こちらの「力塚」は、1781年頃から境内で勧進相撲が興行されていた関係で、建てられた碑のようですが、文字も力強く、とても見ごたえがありました。
    建てられたのは1936年で、日本相撲協会が物故力士や年寄の霊を祀るために建立したそうですが、相撲にあまり興味がない私でも見学して良かったスポットです☆  閉じる

    投稿日:2017/08/01

  • 海の行き来が大変だった時代を物語る碑

    • 3.0
    • 旅行時期:2017/04(約9年前)
    • 0

    両国界隈を数年ぶりに散策した際に回向院を再訪し、こちらの碑についても立ち寄りました。回向院の山門をくぐって境内を奥に進むと...  続きを読むお堂の左手にひときわ目立つ石碑群があって、それらがこちちらの海難供養碑です。その昔海に出ることは時として命がけになっていた時代で、命の危険を伴う時代でしたが、そんな時代の中できせずして海難事故にあってしまった方を慰霊する碑であり、いずれの碑もかなり立派で存在感抜群な雰囲気で建っています。  閉じる

    投稿日:2017/04/24

  • 回向院と言えば

    • 3.5
    • 旅行時期:2017/04(約9年前)
    • 0

    東京の両国の回向院と言えば、待ったなしでこちらのお墓が超有名です。京葉道路に面した山境内に入り奥に進むと門から、立派な上屋...  続きを読むで保護されたこちらの墓所があります。その手前には削るための石が据えられており、かなりの量が何年もの時間をかけて参拝者の人に削られています。とにかくこちらの寺院には著名人の墓所がたくさんありますが、その中では別格なぐらい立派です。削った石の粉については持ち帰っるための袋などを用意する必要があるので注意が必要です。  閉じる

    投稿日:2017/04/24

  • かなり古いお地蔵様

    • 3.5
    • 旅行時期:2017/04(約9年前)
    • 0

    数年ぶりに東京両国の回向院に参拝に行った際に立ち寄りました。山門をくぐり境内を奥に進むと程なく本堂左手にこちらの地蔵様があ...  続きを読むります。1757年建立の250年以上前の地蔵様で、風雨にさらされ経年によって、石が削られ、地蔵様の体やお顔すべてが削られて、表情などは読み取ることはできなくなっています。地蔵様の目の前のお供え棚には大量の塩が積み上げられており、まさに名前の通りの状況になっています。回向院に参拝に行った際に立ち寄る感じの場所です。  閉じる

    投稿日:2017/04/24

  • いつきても圧倒されます

    • 3.5
    • 旅行時期:2017/04(約9年前)
    • 0

    京葉道路に面した山門から境内奥へ進むと、すぐに左手に石策に囲まれ三段ぐらい上がったところに設置されている石碑ですが、その石...  続きを読む碑の大きさや一枚岩になっている姿、そして何よりも力強く刻まれた文字はさすが相撲関係者の碑というだけのもだと感心させられます。下町エリアには相撲関係の石碑や銅像がたくさんありますが、その力強さは、いずれのものと同じように大相撲を強く意識させるものです。「力塚」の文字は、目に見えないパワーで圧倒されます。  閉じる

    投稿日:2017/04/23

  • 両国を代表する寺院

    • 3.5
    • 旅行時期:2017/04(約9年前)
    • 0

    下町両国を久しぶりに散策した際に再訪しました。両国を代表する寺院と言えばこちらの寺院だと思います。両国駅西口を出て駅前の国...  続きを読む技館通りを南に進み国技館通りが京葉道路に突き当たった場所にある下町ではかなり大きな寺院です。駅からも5分ぐらいの便利な場所に建っています。本堂は建て替えられて近代的で新進気鋭のデザイナーが設計したような斬新なかっこいい建物です。様々な供養塔や慰霊碑が境内に立ち並び、江戸時代にそのような立ち位置であったことがうかがえます。  閉じる

    投稿日:2017/04/23

  • 鼠小僧次郎吉が眠る

    • 4.5
    • 旅行時期:2017/02(約9年前)
    • 0

    JR両国駅西口から横綱通りを約200mほど、半円柱状の大きな山門が印象的な浄土宗諸宗山無縁寺回向院内に埋葬されています。
    ...  続きを読む
    大泥棒鼠小僧次郎吉は両国の一隅に住んでいて、金持ちから盗んだ金を貧しい人に分け与えていたと伝えられています。有縁、無縁、人、動物に関わらず仏の御慈悲を解く諸宗山無縁寺回向院ならではでもあり、訪れた時には冥福を祈り参拝をお勧めします。  閉じる

    投稿日:2019/02/17

  • ありとあらゆる生命が埋葬供養

    • 4.5
    • 旅行時期:2017/02(約9年前)
    • 0

    JR両国駅西口から横綱通りを約200mほど、半円柱状の大きな山門が印象的な浄土宗諸宗山無縁寺回向院があります。
    墨田区が...  続きを読む設置した高札型案内板によると、江戸史上最悪の惨事となった明暦大火による未曽有の大惨事が起こり、四代将軍徳川家綱はここ本所両国に無縁塚を築き念仏堂を建立、有縁、無縁、人、動物に関わらず仏の御慈悲を解く「諸宗山無縁寺回向院」と名付けられたそうです。
    その後も安政大地震、関東大震災、東京大空襲などありとあらゆる生命が埋葬供養されているとの事です。
    両国散策はまずここを参拝することをお勧めいたします。  閉じる

    投稿日:2019/02/17

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基本情報(地図・住所・アクセス)

施設名
回向院
住所
  • 東京都墨田区両国2-8-10
電話番号
03-3634-7776
アクセス
JR総武線両国駅 徒歩 5分
その他
創建年代 江戸
カテゴリ
  1. 観光・遊ぶ
  2. 寺・神社・教会

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