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日光金谷ホテルのクチコミ(14ページ)
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登録有形文化財にも指定されている、日本最古のクラシックリゾートホテルです。
創業当時から受け継がれ続けてきた和と洋が融合した独特の佇まいと、名立たる人々をもてなしてきた質の高いホスピタリティで、今も多くのファンに親しまれ続けています。
創業者の金谷善一氏は、ヘボン式ローマ字の考案者のヘボン博士を自宅に宿泊させたことをきっかけに、1973年から外国人向けの宿泊施設として創業開始し、幾多の改装、増築を繰り返した館内の様々な場所で、明治時代から使われているインテリアがみられ、華やかな当時の趣を感じることが出来ます。
本館、新館、別館と分かれており、館内ツアーで案内されて館内を巡ると和洋折衷の建築やインテリアがなかなか興味深かったです。
アイススケートリンクやプールのある竜宮に行ったとき、林の中に鹿が見られ、大谷川へ下りると、池の中に鯉が泳いでいる自然環境に恵まれたところでした。 -
箱根にある富士屋ホテルや軽井沢の万平ホテルなどと同様のクラシカルなこじんまりとしたホテルでした。東武日光駅からバスに乗って神橋のバス停で下車するとホテルの看板があります。坂道を登っていくと2分くらいでホテルに着きます。
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歴史を感じさせるホテルです。このホテルは海外で日本3大ホテル(日光の金谷ホテル/東京の帝国ホテル/箱根富士屋ホテル)と言われたそうです。歴史は古く明治の初めごろ当時日本に住んでいた(横浜港の見える丘公園近近くの外国人居留地に住んでいたヘップバーンというアメリカ人です(日本で別名ヘボン博士James curtis Hepburm、ヘボン式ローマ字で有名です、また明治学院大学を作った方です,彼は自ら日本人が発音しやすいようにヘボンと言ったそうです)が横浜から日光へ旅行に行き当時では外国人を泊めるホテルが少なくヘボン博士の提案で金谷カッティージ(またの名を金谷侍屋敷Kanaya Sumrai House、現在も残っていますが非公開のようです、場所は大正天皇の御用邸の近くです)に泊まってから始まったと言われています、アメリカ人の眼科医ヘボン博士やイギリス人の外交官のアーネスト・メイソン・サトウと言った方が各国の外交官等に勧め世界に広めたことで外国人が泊まるホテルへ発展し、またイギリス人の旅行作家イザベラ・バードが日本奥地紀行の中で1878年当時に泊まり周辺の住民の生活環境を事細かく書き残しています、日本近代史の勉強になります、当時金谷カッティージは数名しか泊まれないため、現在の神橋のたもとの坂を上ったところに金谷ホテルが建てられ現在に至っているようです。明治23年には上野から日光まで鉄道が敷かれてから海外の方がこぞって日光へ行ったとも言われています。ところで大正時代に東京の帝国ホテルのロイド館ができました、これは近代建築の3大巨匠(ル・コルビュジエ/ミース・ファン・デル・ローエ/フランク・ロイド・ライト)と言われるフランク・ロイド・ライト氏の作品です、現在は愛知県に移築されていて帝国ホテルとしては残っていませんとても残念です、このロイド館はできた年に関東大震災にあったがびくともせず歴史的代表建築でもあります、現在の金谷ホテルや富士屋ホテルのように現役でホテルとして残してほしいと思っていたが残念です)このライト博士が日光の金谷ホテルに帝国ホテル・ロイド館ができる前に泊まっています、ここで構想を練ったのでは?と考えられますなぜならどちらにも日光の手前の宇都宮の大谷石が使われています、何か歴史を感じます。、また奥日光の中禅寺湖には当時の外交官が来て日本で初めてフライフィッシングがはじめられたところで有名です、当時中禅寺湖にはマスが棲んでなく、イギリスの外交官のハロルド・パーレットが19002年アメリカのコロラドからブルック・トラウトの卵を輸入してから日光でフライフィッシング始まったようです。当時日本では川魚と言えばイワナやウグイ、アユ、ワカサギ等が主流でした。魚釣りの方法も外交官等海外から持ち込んだ現在のフライフィッシングがこの日光から日本全国へ波及していった事で日光はフライフィッシングの聖地と呼ばれているようです、また長崎のグラバー亭で有名なグラバーが長崎で事業に失敗して三菱の招きで東京に来て日光へ行き同様にフライフィッシングを広めた一人になった。ニジマスも明治時代当時の水産庁が中禅寺湖と猪苗代湖に日本で初めてアメリカのカルフォルニアから輸入して孵化事業をし放流して現在に至っているようです、そのニジマスのムニエルが金谷ホテルの代表的な料理として出されとても美味しいです、ぜひ行かれ食べると良いと思います。また中禅寺金谷ホテルがいろは坂を上った中禅寺湖畔にあります、カナダのホテルを思わせる創りで紅葉時に最高です、以前に利用した時赤く染まったもみじが最高でした、また温泉も楽しめます、さらに40数年前このホテルの金谷ボートハウスで水上スキーを楽しんだ事があります現在記念館として中禅寺ボートハウスと名前を変えて休憩所として残ってはいるがとても残念です、当時同様に近くに家は無く自然豊かな環境が現在も残っています(日光は国立公園でほとんどが国有林で民間の土地が少ないため環境が守られているようです)。今回は紅葉はまだでこれからです、奥日光の紅葉は9月後半から10月はじめ、日光金谷ホテル近辺は10月中ごろだと思いいます。紅葉の時期は車で混雑しますが、逆転の発想でゆっくり紅葉が楽しめます。
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宿泊ではなくカレーを食べに行きました。
日光では有名な、金谷ホテルの「百年カレー」。
ホテルは日光駅からほど近いところにあります。
車で行かないと不便かも。
駐車場に止めるとスタッフが出てきて案内してくれます。
昼食時間ということで少し待ちましたが、レストランに案内されて、カレーを注文。
しばらくして出てきました。百年カレー。
とてもおいしかったです。
ホテルのレストランなので値段はそれなりです。
日光へ行ったら、昼食で1回は食べてほしい。
お勧めです。 -
わたしが日本三代クラシカルホテルと呼んでいるホテルのひとつ
ちなみに残りは、箱根富士屋ホテル・奈良ホテル。
正直なところ回顧・骨董趣味と伝統だけが取り柄といえますが、やはり日光という土地柄それが似合っています。
美術品として楽しむのは良いホテルですが、設備はその分クラシカルで現代の水準では快適とはいえません。少し不便なところも楽しむ要素のひとつと思って泊まりましょう。 -
今回は休息の為に利用しました。
今回は雷雨や急な雨の為に、ホテル内で、ゆっくりと過ごしましたが、
ホテルマンたちの家族的な温かいおもてなしで最高の休日を過ごせました。
小鳥たちの鳴き声や、ミミズク・シカの鳴き声も聞こえ雨天でも自然を満喫出来ました
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神橋の横の坂を上って行ったところのホテル。木造のホテルとしては一番古いもので、そこそこに昔のインテリアが見られて 面白い。入口の回転ドア・階段・天井なるほど・・である。夕食の時間になると 他では絶対にない呼び方をされるので 泊まってみないとわからない・・。窓からの景色は新緑・紅葉とかなり素晴らしいロケーション。
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良い思いで作りにと宿泊!
部屋は角部屋2F。階段しかないので注意が必要かも。
部屋の広さは文句なし。ベットの大きさ柔らかさも十分で満足。
ただセントラルヒーターの音が若干気になる。
インターネットも使えるのがうれしかった。
メインはなんと言っても食事!!
クラッシックコースは少食の方は注意。結構大食いの夫婦ですがすべては食べられないほどの量。後半にステーキとさらにもう一つメインが出るのでそれだけは食べたいところ。
3大珍味をちりばめた絶品コース!!1度は食べてみてください。 -
毎年夫婦で訪れます。夫婦で大好きなホテルの一つです。今時の高級ラグジュアリーホテルも好きですが、ここには歴史があり、その不便さも愛おしく感じられ、心からほっとできるお気に入りのホテルです。他の有名クラシックホテルも良いですが、日光金谷は良い意味での地方の小さなクラシックホテルという感じで、華々しさはないけれど、素朴さが良いです。ホテルスタッフたちも若い方が多く、都会の洗練されたホテルマンと比べたら雰囲気は違いますが、どなたも温かくて親切です。
メインダイニングでのフレンチは昔ながらの剛直なまでのフレンチといった感じで、目新しさはないかもしれませんが、それが却って新鮮に感じます。
客室は別館や本館のデラックスツインにしか泊まったことはありませんが、いろいろな客室があるので、そちらにも泊まってみたいと思っています。
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日光の二社一院の観光の為、徒歩でもすぐの日光金谷ホテルに泊まることにし、さっそくJTBに申し込みました。3月の大雪で外壁が崩れ、補修工事中とのことでしたが、観光がメインの為、問題ありませんでした。
問題なのは社員の知識レベルです。
「東照宮に駐車場はございません」? → 実際にはありました。空車も目立ちました。
「中禅寺湖金谷ホテルでも3時半までの受付で温泉を500円で利用できます。」→
日光金谷ホテルから車で約40分かけて中禅寺湖金谷ホテルまで行ったらなんと清掃の為、入浴は1時半からですとのこと。こちらはきちんといつでも入れるのですか?清掃は大丈夫なんですか?と念押ししたのに3時半までは大丈夫とはっきり返答があったので安心しておりましたのに・・・・
利用できないと分かったその時点でまだ11時半・・・・
外は雪が降って来ました。周囲を散策するのも寒くてあきらめました。
とんだ無駄足でした。
夕食も年配の男性の給仕はムスッとしてて口もきかず、愛想笑いすらない。
隣接している1階の金谷ベーカリーとお土産店でも店員同士で無駄話の真っ最中!!
いらっしゃいませの挨拶すらない!
一体このホテルはどうなっているのでしょうか??
確かにホテル自体は歴史を感じさせるどっしりしたホテルです。
多数の著名人も宿泊したのもわかります。
しかし!昔のホスピタリティは一体どこへ行ってしまったのでしょう?
器と中身がそぐわないホテルでした。
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