2015/03/03 - 2015/03/03
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akikoさん
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梅の花も咲き、春の到来を感じる頃になりました。
3月3日桃の節句『ひな祭り』の日、京都では下鴨神社で行われる「流しびな」が有名ですが、三十三間堂でも3月3日に「三」が重なることから桃の法会「春桃会(しゅんとうえ)」が毎年行われるのだそうです。
三十三間堂がある東山七条周辺は、多くの寺院や京都国立博物館などの見どころが集まっているエリアです。私は知らなかったのですが実はこの周辺は、豊臣秀吉に縁の深い場所で、1km四方ほどの中に、豊臣家にまつわる神社や寺院、史跡などが多くあるのだそうです。桃の節句のイベントとあわせて秀吉の夢の跡も路地裏歩きのメンバーと訪ねることにしました。
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まずは《春桃会》が行われる三十三間堂の最寄駅、京阪七条駅からスタートです。
七条駅から鴨川沿いに川端通りを数分歩いて、正面通りとの交差点まで来ました。 -
交差点の角に京菓子司「甘春堂本店」があります。
ショーウインドには雛人形と春の和菓子が並べられていて、思わず頰をゆるめて覗き込む私たち。
「ひちぎり」と書かれた文字も見えます。「引千切(ひちぎり)」は、京都では、ひな祭りの代表的な上生菓子なのだそうです。引きちぎったような形の餅に「きんとん」や「餡」が載せられている生菓子で、京都の老舗各店では、ひな祭りが近づくと、華やかな「引千切」が店舗に並ぶそうです。 -
甘春堂の角を曲がり、正面通りを歩いて行くと、京料理「道楽」が右手に見えてきました。
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2階に貼られている仁丹の町名表示看板を見ると、「正面通鞘町東入正面町」とあります。"正面"って何の??
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正面通は途中から分離帯をはさみ、かなり広い通りになります。
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通りの右に古墳状の盛り土をした上に塔が建っているところがありました。
これは、「耳塚(鼻塚)」と呼ばれるものだそうで・・・
豊臣秀吉の朝鮮侵略のとき、武将が戦功の証拠として朝鮮人戦死者の耳・鼻を塩漬けにして持ち帰ったという。秀吉が改心したのでしょうか、1597年に塚を築き埋納したのだそうです。 -
さらに進むと、通りの先に「豊国神社」の鳥居が見えてきました。
「は、はぁ〜ん!」「正面とは、豊国神社の正面だったんだ〜」
ぶ、ぶ〜〜〜
正解は、"正面通りとは、秀吉が建造した方広寺大仏殿と、大阪より呼び寄せた現在の西本願寺を一直線に結ぶための道"で、"大仏に向かって『正面』だった"のだそう。 -
「大仏殿??」「京都に大仏殿があった?」
そう言えば、前に京都に幻の大仏殿があったと聞いたことがありました。
実際、この鳥居があった場所あたりから奥にかけて大きな大仏殿があったそうです。しかも中の大仏さま(盧遮那仏)は奈良の大仏さまより大きかったのだそうです!
話によると、後白河院や清盛の栄華にあやかろうと思い立った秀吉は、その権勢を天下に誇示するため奈良大仏を模した大仏殿方広寺を造営し、お堂や後白河上皇の御陵をも、その境内に取り込んで土塀を築いたのだそうです。 -
参道に先に豊国神社の唐門が見えてきました。
ご祭神は豊臣秀吉公。秀吉は、死後「豊国大明神」という神格として祀られ、お堂東隣の阿弥ケ峯には壮麗な社殿が造営されたそうです。
豊臣家滅亡後,徳川家により徹底的に破壊されたが、明治天皇により旧方広寺大仏殿跡地に再興され、今に至るそうです。 -
唐門は非常に美しい造りで見ごたえがあります。もともと秀吉が隠居後に住むために築城した伏見城の城門だったものが移築されてきたらしい。
総檜造りで国宝3唐門のうちの一つで、豪華な気風の桃山建築の代表格だそうです。 -
奥に拝殿、本殿が見えますが、ふだんは門をくぐって中に入ることはできず、正月の三が日やご祈祷の場合だけ唐門をくぐることができるのだとか。
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秀吉の馬印(トレードマーク)が“ひょうたん”であったことから、ひょうたん絵馬に願い事を書き、その絵馬がたくさん吊り下げられています。
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唐門の扉には「鯉の滝登り」の彫刻がある。鯉は竜門の滝を登って龍になるとの故事に因んで、出世開運の神社にふさわしい彫り物なのだそう。
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向かって左隣に方広寺があります。この方広寺は、もともと盧遮那仏を本尊とし1586年に秀吉公により創建されたそうです。
当時方広寺大仏殿は、全面82m、側面57m、高さ50mもあったのだそうですが、度重なる地震や落雷で失われ、その都度再建されたけれど、結局昭和48年に火災により消失し・・・
現在はすっかり小さくなり本堂・大黒天堂・大鐘楼を残すのみになってしまったそうです。 -
これが大鐘楼です。
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高さが4.2メートルもある 大きな梵鐘で、歴史上大きな意味を持つのだそう。
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梵鐘本体の上のほうにに白く囲まれた部分があり、「国家安康・君臣豊楽」と読みとれます。本来は救世の悲願の銘文の一部にすぎないのに・・・
徳川家康がその部分に「自分の名を切っておいて(家と康の間に安の文字が)、豊臣が君子(逆さまに読むと)だと!」「この文に呪詛の言葉あり」といちゃもんをつけて「大坂の陣」に突き進み豊臣家滅亡のきっかけになったという、有名な鐘楼なんだそうです。 -
天井には天女が美しく描かれています。もともと伏見城のお化粧室にあったものらしい。
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方広寺と豊国神社の間の狭い通路を進んで行くと・・・
『大仏殿跡緑地公園』があり、ここが大仏殿跡地であったという案内板が立っています。
近年発掘調査が行われた結果、伽藍の規模も南北約260m東西約210mで、大仏の全高19mという東大寺大仏(16m)をもしのぐ大きささであったことが確認されたそうです。 -
この盛り土あたりに巨大な大仏坐像があったという。
<大仏の歴史>
初代大仏は秀吉が完成させるものの1596年の大地震で倒壊。
(その時、壊れた部分は一部だったけれど、秀吉は「自分の身も守れない大仏は壊してしまえ」と命令したらしい)
二代目は秀頼により銅で造られたものの途中出火炎上、作り直されるものの地震で壊れ・・・
三代目は木造で造り直されるが、落雷で大仏殿共々炎上。
四代目は人々の寄進で木造半身の大仏像が祀られたが火災により消失。
かつては、「京の大仏つぁん」と呼ばれ、町の人々に親しまれたそうですが、とても不運な歴史をたどったのですね。見てみたかったな。 -
神社の本殿より南側、少し境内奥に進むと、豊国神社の宝物館があります。(入館料300円)
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入り口を入ると、正面に大きな鉄灯籠が、そして壁に面して展示ケースが続いています。
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宝物館の貴重な所蔵品の中でも、『豊国祭礼図屏風』が見どころなのだとか。
(入り口を入って左右に分けて飾られています)
秀吉の7回忌にあたる1604年、8月豊国神社では8日間にわたって盛大な臨時大祭礼が催され、その時の様子が描かれているという。 -
レプリカもあわせて展示されていて、これらはレプリカの写真です。
上の真ん中あたりに方広寺の大仏殿が描かれています。現在豊国神社が建っているあたりだそう。
大仏殿の前では、幾重にも輪になって踊る人々の姿があり「風流踊り」という踊りを踊っているのだとか。
大仏殿の門の周辺の桟敷席で見物している人々の中で、門の正面で傘を差しかけてもらっている尼さんは北政所、秀吉の妻お寧さんだそうです。
よく見ると、いろいろ面白いことが発見できます。人々の着ている衣装なども興味深く、たけのこを被った人もいたりして、後で調べてみたら「たけのこ男」として有名なのだとか・・・ -
左上から
*秀頼8歳の時に描いたと言われる父の掛け軸
*秀吉が戦場で実際に用いた馬印
*秀吉が使っていたといわれる獏の形の枕
*秀吉が溺愛していた秀頼のために作らせたベビーカー(乳母車)
このほか、秀吉公ゆかりの品々が展示されています。 -
豊国神社、方広寺を訪れた後、大和大路通を歩いていると巨石の石垣が続いていました。これは、「太閤石垣」と呼ばれ、一つ一つの石の大きさに圧倒されます。
これらの巨石は諸将から寄進されたものだそうで、巨石や資材を運ぶために高瀬川が作られたのだとか。 -
三十三間堂に行く前に、今"京の冬の旅"「非公開文化財特別公開」の一つが近くの智積院で行われているというので、訪ねることに。
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智積院では『長谷川等伯と堂本印象の華麗な障壁画』が公開されています。
まずは、収蔵庫に展示されている長谷川等伯筆「楓図」や、その息子・久蔵の筆による「桜図」などを見学します。
これらはかつて豊臣秀吉の子・鶴松を供養するため建立された祥雲寺を飾っていた障壁画で、当時桃山美術を代表する絢爛豪華な金碧障壁画だったようです。今では金箔はかなりはげて地味になっているものの、見ごたえのある襖絵で、「このような襖絵に囲まれた空間はどんな感じだったんだろうね」などと話しながら見学しました。 -
次に収蔵庫で見た国宝の障壁画がかつて飾られていたという「大書院」に向かいました。
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五色幕が掛けられた「講堂」を過ぎ・・・
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奥に名勝庭園が見えてきました。
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「大書院」です。
かつて、ここに収蔵庫で見た障壁画が飾られていたそうです。
今あるのはレプリカですが、大変美しく素晴らしい襖絵です。 -
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書院から庭園が眺められるのですが、治水調査で水が抜かれちょっと残念な姿になっています。
中国の盧山をかたどって土地の高低を利用して築山を造り、その前面に池を掘り山の中腹や山裾に石組みを配して変化を付けているのだそうです。 -
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最後に、「金堂」を訪れます。
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「金堂」は、智積院の中心的な建物で、宗祖弘法大師のご生誕千二百年の記念事業として昭和50年に建設されたそうです。
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堂内には大変立派な大日如来の尊像が安置されていました。
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参道をもどる時、坐像がありました。
近寄ってみると、「玄宥僧正」という方で・・・
「豊臣秀吉の紀州根来寺攻めの難を逃れますが、各地を流転したのち1601年に徳川家康の外護を得て、当地に智積院を再興した」と説明板に書かれていました。 -
智積院をあとにし、七条通に戻り、お昼ご飯をとることに。
ちょうど三十三間堂から目と鼻の先に甘味処の「七條甘春堂」がありました。 -
その隣に、「甘味処 且坐(しゃざ)喫茶」があり、
"菓子膳と御赤飯セット"という面白いメニューがあることをメンバーが調べておいてくれました。
ちなみに、「且坐喫茶」とは、お茶の世界では"まあ坐って茶をおあがりください"というような意味なんだそう。
http://www.7jyo-kansyundo.co.jp/cafe.html -
玄関に春らしいお花が生けられていました♪
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お庭が見える雪見障子のある小さめのお部屋に案内されました。
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床の間に・・・
秀吉大公が描かれた掛け軸と雛飾り。
そうそう、訪れた日はひな祭りの日でした! -
運ばれてきたお膳には、扇型のお赤飯と6種のプチおかずが入っている漆塗りの容器とお汁と桜餅がのっています。
色どりがきれいで、私たちご満悦(*^^*)
お庭を眺めたりしながらゆっくり過ごさせてもらいました。 -
次に、三十三間堂にやってきました。
春桃会の看板がかかっています。
《春桃会》のちらしには、次のように書かれていました。
三月三日は、陽数の「三」が重なり「おめでたい」とされる
祝節"重陽"の一つです。
今は「桃の節句・雛祭り」が習俗ですが、古来から「上巳」と
呼ばれ禊をして邪気厄災を払う日とされていました。
中略
『三十三間堂』も「三」が重なることから、この祝節に因んで
"桃の法会"を行い、広く皆様に開放して参拝各位の無事息災を
祈ることと致しました。
"光風、春を動かす"好季、東風の祥気をお感じ頂ければ幸いです。
どうぞごゆっくりご参拝ください。合掌
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なんと、この日だけは無料で拝観することができるそうです。しかも無事息災を祈っていただけるという、とってもありがたい法会の日でした!
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紅白の幕が張られたテント内で、雛うどんやお寿司を食べることもできるそう。
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ここの正式名は、「蓮華王院」で、その本堂が「三十三間堂」と通称されるのだそう。
「蓮華王院」は、後白河法皇のために院御所であった法住寺敷地内に、平清盛が「観音さまのお堂を造って差し上げましょう」と千体観音堂を建てたのがはじまりだそうです。
現在のものは鎌倉時代に再建されたもので奥行き22m、南北120mの大きさがあります。 -
この池のあたりに後白河上皇院政庁「法住寺殿」があったという立て札がありました。
二条天皇に譲位し上皇になった後白河院が約30年間この地で院政を行ったのだそうです。 -
朱塗りの回廊に沿って進みます。
写真には撮れなかったのですが、春桃会は特に女性の病気や災いを避けることを目的とし、一連の法要行事(花道池坊による献花式・京都女子大生の奉納落語や能楽部による仕舞など)が行われるそうです。私たちが訪れた時は仕舞が披露されていました。 -
一番奥まで来ました。後ろに見えるのが築地塀(太閤塀)です 。豊臣秀吉によって寄進された築地塀で、方広寺大仏殿が創建された時、蓮華王院も方広寺の境内に含まれたためその工事に伴って築造されたのだそうです。
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これは、本堂西側から見たところです。ここは全長120mもの縁を利用する「通し矢」で有名だそうです。
"通し矢"とは「的に当たった矢」という意味で、本堂西側の軒下 幅2.5m 長さ120mを南から北へ射通す競技で「大矢数」と呼ばれる、夕方から24時間1万本前後の矢を射続ける競技が人気だったそう。 -
柱を見ると、矢が飛んでくる手前側だけ金属がはめられています。
通し矢は武士の間や藩の間で競われ、特に紀州藩と尾張藩が日本一を競ったらしく、ある時、紀州の和佐大八郎という若者は、24時間で13053本中8133本を通し、通し矢史上破られることがない大記録を打ち立てたそうです。
計算上、1時間に544本、1分に9本射続けたことになるのだそう。すごい精神力です!!私なら120m先に矢を射る前に的をきちんと見定めることさえできるのか疑問(ー ー;)です。 -
いよいよ本堂内に入ります。
お香の良い香りがする中、千体の観音像(十一面千手千眼観世音菩薩)が安置されている内陣に入っていきます。すると横から段々に並べられた観音像が見えてきます。
「うわぁ〜」と声には出しませんが驚きの声がもれそうになります。学生時代に一度訪れたことがありますが、すっかり忘れてしまっていて、初めて見たときのような感動が湧き起こりました。
二十八部衆像や風神・雷神像もあり、仏像好きの方にはたまらないラインアップ。この日だけは東風壇という高いところから眺められる壇が設けられ、上からも見ることができました。千体並んだ観音像は圧巻でした!
(内部は写真が撮れないので、入口の春桃会の看板にあった写真を撮っておきました) -
桃春会の日かつ女性限定の「桃のお守り」を買って三十三間堂をあとにしました。
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最後に「つり雛展」が見られるという法住寺に向かいました。
三十三間堂横の通りを進むと・・・
豊臣秀吉の側室・淀殿が、父・浅井長政の追善供養のために創建した寺である養源院があり・・・ -
そのすぐ先に、法住寺がありました。法住寺は後白河法皇ゆかりの寺院。 平安時代中期に藤原為光によって創設され、その後、院政期にはこの寺を中心に後白河上皇の宮廷「法住寺殿」が営まれた場所だそうです。
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門のそばに梅が可愛く咲いていました♪
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山門を入ると・・・
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大玄関があり、この奥の書院で「つり雛展」が見られるようです。
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奥に進むと本堂がありました。
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山門を背景に十三重石塔の近くでしだれ梅が咲いていました。
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書院に上がらせてもらい、"つり雛展"を見せていただきます。
2月25日〜3月3日まで 志納料300円 -
廊下に飾られていたピンクのチューリップ♪
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天井から吊るされたつり雛は、 祖母から母へ、母から子へ、子から孫へと代々作り方を伝えられてこられたものだそうです。
つり雛だけでなく、様々な雛飾りや手作りの人形など、いろんな桃の節句にちなんだ小物も飾られています。 -
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書院からお庭も眺められます。
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この写真は、親王飾りと貝合わせの貝が並べられています。
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「貝合わせ」の遊びが始まったのは平安時代で、当時の宮中では、模様の違った貝や、貝の中に絵を描いた物を出し合って、合わせごとを行う「合わせ貝」として遊んでいたそうです。
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面白い話を聞きました。
「お雛様は高貴な衣装をまとっています。これは位の高い方の姿を借りることでお雛様に神様が宿り、その家のおじょうさまをお守りすると言われているのだそうです。」 -
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3月3日の桃の節句にふさわしい場所を最後に訪れることができてよかったです♪
三十三間堂の春桃会がメインでしたが、幻の京の大仏などの秀吉公の夢の跡もあわせて見ることができ、東山七条界隈は、思っていた以上に面白い場所でした・・・
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この旅行記へのコメント (4)
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- cheriko330さん 2018/01/04 18:59:18
- ○ ゚+☆。:.゚今年もよろしく゚.:。☆+゚ ○
- akikoさんへ
新年おめでとうございます。昨年は本当にお世話になりました。
今年もどうぞよろしくお願いいたします。
三が日は皆さんお揃いで、良いお正月を迎えられたことと
思います。
こちらは、のんびりと過ごしていました。
年が明けたら、雛人形のCMも始まりましたね♪
厳しい寒さを乗り越えたら、またお花いっぱいの季節を
楽しめますね。
akikoさんの京都の旅行記は、たくさんあって四季折々の情報、
そしてグルメ情報も満載で本当に役に立ちますね☆
三十三間堂は、先日ご案内していただいた嵐山以前の直近に
行ったところです。その前は修学旅行♪?3月3日に行けば
良いことだらけですね。桜には早いけど、行ってみたいです。
「出町ふたば」の豆餅が大好きで、京都へ行ったら毎回、伊勢丹で
予約しておいて買って帰っていたのです。
先日、梅田阪急で買いたかったけど木曜日しかないのですよね。
昨年末に当方の百貨店でも販売があり、整理券を貰ってから
買うことができました。年に一度は買えるかな!!
今年もakikoさんの素敵なご旅行を楽しみにしています*:。.☆.。:*
クリスマスの時期にも行けると良いですね ☆彡
では、また~(*'▽')
cheriko330
- akikoさん からの返信 2018/01/04 22:21:42
- RE: ○ ゚+☆。:.゚今年もよろしく゚.:。☆+゚ ○
- cheriko330さん、
明けましておめでとうございます。
こちらこそ、昨年はありがとうございました(#^.^#)
今年もよろしくお願いします。
今年のお正月はお天気も良くて気持ちが良かったですね。
娘たちが時間差で帰ってきて、賑やかなお正月でした。
今日からいつも通りの日常に戻りました〜〜
> 年が明けたら、雛人形のCMも始まりましたね♪
最近は、なんでも先取りのCMが流れて急かされるような気がしますね(笑)
> 厳しい寒さを乗り越えたら、またお花いっぱいの季節を
> 楽しめますね。
これから水仙、菜の花、梅、河津桜・・・と咲いていくと思うと、明るい気持ちになれますね〜 そうそう、今月後半に図らずも鹿児島に2泊3日の旅をすることになったんです。ネット情報によると、菜の花が1月から見頃になると書いてあって・・・一足先に元気がもらえる菜の花が見れたらいいなって密かに思っています♪
> 三十三間堂は、先日ご案内していただいた嵐山以前の直近に
> 行ったところです。その前は修学旅行♪?3月3日に行けば
> 良いことだらけですね。桜には早いけど、行ってみたいです。
cherikoさんも三十三間堂を訪ねられたことが何回かあるのですね。3月3日だけは無料で入れますし、この日拝観すると邪気厄災を払うことも出来るらしいんです♪お得ですよね〜〜
> 「出町ふたば」の豆餅が大好きで、京都へ行ったら毎回、伊勢丹で
> 予約しておいて買って帰っていたのです。
> 先日、梅田阪急で買いたかったけど木曜日しかないのですよね。
> 昨年末に当方の百貨店でも販売があり、整理券を貰ってから
> 買うことができました。年に一度は買えるかな!!
私もふたばさんの豆餅好きです!!甘さ控えめで美味しいですよね〜〜 九州でも販売されることがあるんですね。
> 今年もakikoさんの素敵なご旅行を楽しみにしています*:。.☆.。:*
ありがとうございます。今、いくつか調べているんですが、そのうちの一つがcherikoさんも行かれた北イタリアのピエモンテ州の湖畔リゾート、マッジョーレ湖やコモ湖やオルタ湖を含めたあたりに心惹かれています。まだまだ未定ですが・・・
また掲示板でお話できるのを楽しみにしていますー☆☆☆
メッセージありがとうございました♪
akiko
-
- こあひるさん 2015/03/08 21:40:12
- 寺院でのひなまつりとは・・・
- akikoさん、こんばんは!
さすが京都・・・商家ではなく寺院のお座敷でお雛さまが見れるとは〜〜〜!
豊国神社の唐門は、さすがにお城の門だけあって、すごい豪華ですね〜。神社の門とは思えない・・・。
秀吉が、奈良大仏よりも大きな大仏を造ったものの・・・地震で壊れた・・・っていう話は聞いたことがありましたが、全部壊れたのではなかったんですね。しかしながら・・・その後も色々大変な目にあって・・・結局失われてしまったんですね〜。
三十三間堂は、子供の時、修学旅行で京都・奈良に行ったときの唯一の記憶です。ほかは全然覚えていないのですが、三十三間堂がすごくよかった〜という思い出だけがあるので、子供心にインパクトが強かったんでしょうね。
こんなイベントを催してくれる三十三間堂は粋ですね〜。正式なお寺の名前は蓮華王院というのですね。知らなかったです。そういわれてみると、三十三間堂っていう名前はお堂の名前ですものねぇ・・・。
京都らしい素晴らしい寺院でのひなまつり・・・素敵です!
こあひる
- akikoさん からの返信 2015/03/09 00:19:11
- RE: 寺院でのひなまつりとは・・・
- こあひるさん、こんばんは〜
三十三間堂あたりの旅行記見ていただいてありがとうございます(*^^*)
> さすが京都・・・商家ではなく寺院のお座敷でお雛さまが見れるとは〜〜〜!
そうなんです。法住寺の副住職のお母さまが手作りのつるし雛を作られるそうで、毎年いろんな雛飾りやハンドメイドの小物などといっしょに"つるし雛展"を開催されているそうです。お寺で雛飾りが見られるのは珍しいですよね。
> 豊国神社の唐門は、さすがにお城の門だけあって、すごい豪華ですね〜。神社の門とは思えない・・・。
神社には少し違和感を感じるほどの豪華さですよね。(伏見城から移築させたものらしいのですが)秀吉がいかに派手好みであったかということがわかるような気がします。
> 秀吉が、奈良大仏よりも大きな大仏を造ったものの・・・地震で壊れた・・・っていう話は聞いたことがありましたが、全部壊れたのではなかったんですね。しかしながら・・・その後も色々大変な目にあって・・・結局失われてしまったんですね〜。
初代大仏は、全損ではなかったのに命令し壊させたそうです。その後も秀吉は、多くの非道なことをしたせいか、後年目が見えなくなっていたと聞きました。自分の権威を示すために造った大仏は、何度造り直しても残念ながら壊れるのが運命だったのかもしれませんね。
> 三十三間堂は、子供の時、修学旅行で京都・奈良に行ったときの唯一の記憶です。ほかは全然覚えていないのですが、三十三間堂がすごくよかった〜という思い出だけがあるので、子供心にインパクトが強かったんでしょうね。
こあひるさん、修学旅行でいらしたんですね。三十三間堂の千体以上ある千手観世音菩薩は確かにインパクトありますね。今回、私も随分久し振りに訪れて、旅行記にも書きましたが、あまりの圧巻さに、思わず「ふわぁ〜〜」って声が出そうになりました。
> こんなイベントを催してくれる三十三間堂は粋ですね〜。正式なお寺の名前は蓮華王院というのですね。知らなかったです。そういわれてみると、三十三間堂っていう名前はお堂の名前ですものねぇ・・・。
私もでっきりお寺の名前が「三十三間堂」というのかと思ってたんですよ。この日は無料で拝観させてもらうだけでラッキーだったんですが、しおりに「"桃の法会"を行い、広く皆様に開放して参拝各位の無事息災を祈ることと致しました。光風、春を動かす好季、東風の祥気をお感じ頂ければ幸いです。どうぞごゆっくりご参拝ください。合掌」と書かれていたのには感じ入り、本当に粋な計らいだと思いました。
またスケジュールが合えば、来年の春桃会を訪れようかな(o^^o)
akiko
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