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■GW九州縦断車旅(3泊4日) 豊後大野市石橋巡り~の巻<br /><br />▼出会橋・轟橋/大分県豊後大野市清川町<br /> アーチ式石橋として、日本一の径間を誇る「轟橋」のすぐ下流に、同じく径間が日本2位の「出会橋」が並んで架けられています。<br /> 豊後大野市清川町には、9万年前の阿蘇山の大噴火による火砕流噴出物によってできた深い渓谷があり、両岸の人家の往来を阻んでいたため、要所々々に阿蘇溶結凝灰岩を利用した石橋が造られてきました。<br /> 出会橋・轟橋もこのような過酷な自然条件を克服するため、産業の発展とともに造られました。<br /> 特に轟橋は傾山麓の国有林から伐採材木を運搬する鉄道軌道のために架橋され、清川町の発展に大きな影響を与えました。<br /><br />≪3日目≫<br />▼宮崎市内H出発<br />▼宮崎県立平和台公園…宮崎県宮崎市下北方町<br />▼道の駅日向物産館…宮崎県日向市幸脇<br />▼美々津伝統的建造物群…宮崎県日向市美々津町<br />▼金ケ浜…宮崎県日向市平岩<br />▼西郷隆盛宿陣跡資料館…宮崎県延岡市北川町<br />▼道の駅宇目…大分県佐伯市宇目大字南田原<br />▼ととろの森…大分県佐伯市宇目大字南田原轟<br />▼神楽の里きよかわ(通過)…大分県豊後大野市清川町<br />▼百枝鉄橋…大分県豊後大野市三重町・清川町<br />▼石橋巡り「天然橋」…大分県豊後大野市清川町<br />▼石橋巡り「岩上橋」…大分県豊後大野市清川町<br />▼歳神社のムク…大分県豊後大野市清川町<br />▼石橋巡り「出会橋」…大分県豊後大野市清川町<br />▼石橋巡り「轟橋」…大分県豊後大野市清川町<br />▼石橋巡り「鳴滝橋」…大分県豊後大野市緒方町<br />▼石橋巡り「緒方橋」…大分県豊後大野市緒方町<br />▼石橋巡り「原尻橋」…大分県豊後大野市緒方町<br />▼原尻の滝…大分県豊後大野市緒方町<br />▼石橋巡り「山王橋」…大分県竹田市飛田川地区<br />▼石橋巡り「若宮井路鏡水路橋」…大分県竹田市の千引地区<br />▼石橋巡り「若宮井路笹無田水路橋」…大分県竹田市大字挟田<br />▼大分駅前H泊<br />≪4日目≫へつづく・・・<br /><br />◆石のアーチ橋の造り方 ~WEBサイトより~<br /> 岩盤をけずって迫石(せまりいし)をおきます。岩盤がないところでは、地盤をととのえ、松の木で格子のように組んだ木のわくを基礎にします。<br />  次に大工が、アーチの形になるように木のほね組みをつくります。これを支保工(しほこう)とか下地橋(したじばし)といいます。<br /> ほね組みにそって、石工(いしく)がリング石(輪石)を組み上げていきます。リング石だけを積んでいくと、リング石がくずれるので、壁石も積んでいきます。 <br /> 壁石の裏側には裏込石(うらごめいし)を入れ、さらに石まじりの土砂をいれます。こうすることで石づくりアーチ橋に弾力性がでます。 <br /> リング石をあるていど積むと、両側からほね組みの中心に向かって強い圧力がかかります。その圧力で、ほね組みがとびはねてしまいます。そこで、ほね組みの上に重しを乗せます。 <br /> リング石を積み上げながら、壁石積みもすすめます。<br />最後にいちばん上の一列にかなめ石を打ちこむと、アーチが完成します。 <br /> アーチが完成すると、木のほね組みを取りのぞきます。このとき、石の重みで石のすき間がしめつけられ、石のかみ合う音とともに、石の粉がとんで、橋全体が白煙につつまれます。<br /> もしアーチ石の設計や、積み方がしっかりしてないと、アーチ橋はくずれ落ちてしまいます。 <br /> さらに敷石(しきいし)をならべ、敷石の間にはしっくいをつめます。これは雨水が橋にしみ込まないようにするためです。さいごに束柱(つかばしら)・手すりなどを取りつけます。こうして、じょうぶな石づくりのアーチ橋が完成します。 <br /><br />【手記】<br /> GW九州縦断車旅3日目です。この日は宮崎市内のHを出発して6年ぶりに平和台公園を散策したあと、日向市と延岡市へ向かって走っていきました。<br /> 今まで宮崎市の北部地域は高速道が未整備で時間がかかりすぎたので、なかなか行く機会がなかったのですが、今回は各観光地に立ち寄りながら、日向市から延岡市を抜けて豊後大野市までのんびりと走破して行きました。<br /> 一昨年の九州旅行で石橋巡りをしましたが、今回はそのつづきで主に豊後大野・豊後竹田辺りの歴史ある石橋をさがしながら、のんびりゆっくりとドライブしてきました。

Solitary Journey [1384] 歴史を感じる石橋巡り~天然橋・岩上橋・出会橋・轟橋・鳴滝橋<豊後大野市の石造文化>大分県豊後大野市

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2014/04/30 - 2014/05/03

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MechaGodzillaⅢ&703

MechaGodzillaⅢ&703さん

■GW九州縦断車旅(3泊4日) 豊後大野市石橋巡り~の巻

▼出会橋・轟橋/大分県豊後大野市清川町
 アーチ式石橋として、日本一の径間を誇る「轟橋」のすぐ下流に、同じく径間が日本2位の「出会橋」が並んで架けられています。
 豊後大野市清川町には、9万年前の阿蘇山の大噴火による火砕流噴出物によってできた深い渓谷があり、両岸の人家の往来を阻んでいたため、要所々々に阿蘇溶結凝灰岩を利用した石橋が造られてきました。
 出会橋・轟橋もこのような過酷な自然条件を克服するため、産業の発展とともに造られました。
 特に轟橋は傾山麓の国有林から伐採材木を運搬する鉄道軌道のために架橋され、清川町の発展に大きな影響を与えました。

≪3日目≫
▼宮崎市内H出発
▼宮崎県立平和台公園…宮崎県宮崎市下北方町
▼道の駅日向物産館…宮崎県日向市幸脇
▼美々津伝統的建造物群…宮崎県日向市美々津町
▼金ケ浜…宮崎県日向市平岩
▼西郷隆盛宿陣跡資料館…宮崎県延岡市北川町
▼道の駅宇目…大分県佐伯市宇目大字南田原
▼ととろの森…大分県佐伯市宇目大字南田原轟
▼神楽の里きよかわ(通過)…大分県豊後大野市清川町
▼百枝鉄橋…大分県豊後大野市三重町・清川町
▼石橋巡り「天然橋」…大分県豊後大野市清川町
▼石橋巡り「岩上橋」…大分県豊後大野市清川町
▼歳神社のムク…大分県豊後大野市清川町
▼石橋巡り「出会橋」…大分県豊後大野市清川町
▼石橋巡り「轟橋」…大分県豊後大野市清川町
▼石橋巡り「鳴滝橋」…大分県豊後大野市緒方町
▼石橋巡り「緒方橋」…大分県豊後大野市緒方町
▼石橋巡り「原尻橋」…大分県豊後大野市緒方町
▼原尻の滝…大分県豊後大野市緒方町
▼石橋巡り「山王橋」…大分県竹田市飛田川地区
▼石橋巡り「若宮井路鏡水路橋」…大分県竹田市の千引地区
▼石橋巡り「若宮井路笹無田水路橋」…大分県竹田市大字挟田
▼大分駅前H泊
≪4日目≫へつづく・・・

◆石のアーチ橋の造り方 ~WEBサイトより~
 岩盤をけずって迫石(せまりいし)をおきます。岩盤がないところでは、地盤をととのえ、松の木で格子のように組んだ木のわくを基礎にします。
  次に大工が、アーチの形になるように木のほね組みをつくります。これを支保工(しほこう)とか下地橋(したじばし)といいます。
 ほね組みにそって、石工(いしく)がリング石(輪石)を組み上げていきます。リング石だけを積んでいくと、リング石がくずれるので、壁石も積んでいきます。
 壁石の裏側には裏込石(うらごめいし)を入れ、さらに石まじりの土砂をいれます。こうすることで石づくりアーチ橋に弾力性がでます。
 リング石をあるていど積むと、両側からほね組みの中心に向かって強い圧力がかかります。その圧力で、ほね組みがとびはねてしまいます。そこで、ほね組みの上に重しを乗せます。
 リング石を積み上げながら、壁石積みもすすめます。
最後にいちばん上の一列にかなめ石を打ちこむと、アーチが完成します。
 アーチが完成すると、木のほね組みを取りのぞきます。このとき、石の重みで石のすき間がしめつけられ、石のかみ合う音とともに、石の粉がとんで、橋全体が白煙につつまれます。
 もしアーチ石の設計や、積み方がしっかりしてないと、アーチ橋はくずれ落ちてしまいます。
 さらに敷石(しきいし)をならべ、敷石の間にはしっくいをつめます。これは雨水が橋にしみ込まないようにするためです。さいごに束柱(つかばしら)・手すりなどを取りつけます。こうして、じょうぶな石づくりのアーチ橋が完成します。

【手記】
 GW九州縦断車旅3日目です。この日は宮崎市内のHを出発して6年ぶりに平和台公園を散策したあと、日向市と延岡市へ向かって走っていきました。
 今まで宮崎市の北部地域は高速道が未整備で時間がかかりすぎたので、なかなか行く機会がなかったのですが、今回は各観光地に立ち寄りながら、日向市から延岡市を抜けて豊後大野市までのんびりと走破して行きました。
 一昨年の九州旅行で石橋巡りをしましたが、今回はそのつづきで主に豊後大野・豊後竹田辺りの歴史ある石橋をさがしながら、のんびりゆっくりとドライブしてきました。

同行者
一人旅
一人あたり費用
10万円 - 15万円
交通手段
自家用車

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  • ■GW九州縦断車旅(3泊4日) 豊後大野市石橋巡り〜の巻<br />・百枝鉄橋…大分県豊後大野市三重町・清川町<br /> ?ととろのバス停″から国道326号を通って百枝鉄橋までやって来ました。

    ■GW九州縦断車旅(3泊4日) 豊後大野市石橋巡り〜の巻
    ・百枝鉄橋…大分県豊後大野市三重町・清川町
     ?ととろのバス停″から国道326号を通って百枝鉄橋までやって来ました。

  • ▼道の駅 きよかわ…大分県豊後大野市清川町<br /> 一昨年の九州旅行で石橋巡りをしましたが、今回はそのつづきで主に豊後大野・豊後竹田辺りの歴史ある石橋をさがしながら、のんびりゆっくりとドライブです。

    ▼道の駅 きよかわ…大分県豊後大野市清川町
     一昨年の九州旅行で石橋巡りをしましたが、今回はそのつづきで主に豊後大野・豊後竹田辺りの歴史ある石橋をさがしながら、のんびりゆっくりとドライブです。

  • ▼石橋巡り「天然橋」…大分県豊後大野市清川町<br /> 天然橋は、奥嶽川に架設された主要県道宇目清川線の橋でしたが、昭和60年8月、上流に新橋が架設されて現在は、廃道となっています。<br />

    ▼石橋巡り「天然橋」…大分県豊後大野市清川町
     天然橋は、奥嶽川に架設された主要県道宇目清川線の橋でしたが、昭和60年8月、上流に新橋が架設されて現在は、廃道となっています。

  • ▼石橋巡り「天然橋」…大分県豊後大野市清川町<br /> 当旅行記を作成する前に、「石のアーチ橋の造り方」が気になったのでWEBサイトで調べてみました。

    ▼石橋巡り「天然橋」…大分県豊後大野市清川町
     当旅行記を作成する前に、「石のアーチ橋の造り方」が気になったのでWEBサイトで調べてみました。

  • ▼石橋巡り「天然橋」…大分県豊後大野市清川町<br />≪石のアーチ橋の造り方≫ <br /> 岩盤をけずって迫石(せまりいし)をおきます。岩盤がないところでは、地盤をととのえ、松の木で格子のように組んだ木のわくを基礎にします。<br />

    ▼石橋巡り「天然橋」…大分県豊後大野市清川町
    ≪石のアーチ橋の造り方≫ 
     岩盤をけずって迫石(せまりいし)をおきます。岩盤がないところでは、地盤をととのえ、松の木で格子のように組んだ木のわくを基礎にします。

  • ▼石橋巡り「天然橋」…大分県豊後大野市清川町<br />・下流側<br /> 次に大工が、アーチの形になるように木のほね組みをつくります。これを支保工(しほこう)とか下地橋(したじばし)といいます。<br /> 

    ▼石橋巡り「天然橋」…大分県豊後大野市清川町
    ・下流側
     次に大工が、アーチの形になるように木のほね組みをつくります。これを支保工(しほこう)とか下地橋(したじばし)といいます。
     

  • ▼石橋巡り「天然橋」…大分県豊後大野市清川町<br />・上流側 県道45号線<br /> ほね組みにそって、石工(いしく)がリング石(輪石)を組み上げていきます。リング石だけを積んでいくと、リング石がくずれるので、壁石も積んでいきます。 <br />

    ▼石橋巡り「天然橋」…大分県豊後大野市清川町
    ・上流側 県道45号線
     ほね組みにそって、石工(いしく)がリング石(輪石)を組み上げていきます。リング石だけを積んでいくと、リング石がくずれるので、壁石も積んでいきます。

  • ▼石橋巡り「天然橋」…大分県豊後大野市清川町<br />・橋長:15.0m ・完成:大正10年(1921) <br /> 壁石の裏側には裏込石(うらごめいし)を入れ、さらに石まじりの土砂をいれます。こうすることで石づくりアーチ橋に弾力性がでます。 <br /> 

    ▼石橋巡り「天然橋」…大分県豊後大野市清川町
    ・橋長:15.0m ・完成:大正10年(1921) 
     壁石の裏側には裏込石(うらごめいし)を入れ、さらに石まじりの土砂をいれます。こうすることで石づくりアーチ橋に弾力性がでます。
     

  • ▼石橋巡り「岩上橋」…大分県豊後大野市清川町<br />・旧合川村の村道として架設<br /> リング石をあるていど積むと、両側からほね組みの中心に向かって強い圧力がかかります。その圧力で、ほね組みがとびはねてしまいます。そこで、ほね組みの上に重しを乗せます。 <br /> 

    ▼石橋巡り「岩上橋」…大分県豊後大野市清川町
    ・旧合川村の村道として架設
     リング石をあるていど積むと、両側からほね組みの中心に向かって強い圧力がかかります。その圧力で、ほね組みがとびはねてしまいます。そこで、ほね組みの上に重しを乗せます。
     

  • ▼石橋巡り「岩上橋」…大分県豊後大野市清川町<br />・完成:大正8年(1919) 橋長:26.0m<br /> リング石を積み上げながら、壁石積みもすすめます。<br /> 最後にいちばん上の一列にかなめ石を打ちこむと、アーチが完成します。 <br />  

    ▼石橋巡り「岩上橋」…大分県豊後大野市清川町
    ・完成:大正8年(1919) 橋長:26.0m
     リング石を積み上げながら、壁石積みもすすめます。
     最後にいちばん上の一列にかなめ石を打ちこむと、アーチが完成します。
      

  • ▼石橋巡り「岩上橋」…大分県豊後大野市清川町<br />・昭和56年に下流に新岩上橋が架設され今は歩道橋として保存<br /> アーチが完成すると、木のほね組みを取りのぞきます。このとき、石の重みで石のすき間がしめつけられ、石のかみ合う音とともに、石の粉がとんで、橋全体が白煙につつまれます。<br /> もしアーチ石の設計や、積み方がしっかりしてないと、アーチ橋はくずれ落ちてしまいます。 <br />

    ▼石橋巡り「岩上橋」…大分県豊後大野市清川町
    ・昭和56年に下流に新岩上橋が架設され今は歩道橋として保存
     アーチが完成すると、木のほね組みを取りのぞきます。このとき、石の重みで石のすき間がしめつけられ、石のかみ合う音とともに、石の粉がとんで、橋全体が白煙につつまれます。
     もしアーチ石の設計や、積み方がしっかりしてないと、アーチ橋はくずれ落ちてしまいます。

  • ▼石橋巡り「岩上橋」…大分県豊後大野市清川町<br />・橋幅:2.8m<br /> さらに敷石(しきいし)をならべ、敷石の間にはしっくいをつめます。これは雨水が橋にしみ込まないようにするためです。<br /> 最後に束柱(つかばしら)・手すりなどを取りつけます。こうして、丈夫な石づくりのアーチ橋が完成します。

    ▼石橋巡り「岩上橋」…大分県豊後大野市清川町
    ・橋幅:2.8m
     さらに敷石(しきいし)をならべ、敷石の間にはしっくいをつめます。これは雨水が橋にしみ込まないようにするためです。
     最後に束柱(つかばしら)・手すりなどを取りつけます。こうして、丈夫な石づくりのアーチ橋が完成します。

  • ▼石橋巡り「岩上橋」…大分県豊後大野市清川町<br /> 橋を渡ったT字路に昔、営業していたと思われる「たばこ屋さん」がありました。

    ▼石橋巡り「岩上橋」…大分県豊後大野市清川町
     橋を渡ったT字路に昔、営業していたと思われる「たばこ屋さん」がありました。

  • ▼歳神社のムク…大分県豊後大野市清川町<br /> 清川村指定天然記念物とある。鳥居があり小ぢんまりとした神社です。 <br />

    ▼歳神社のムク…大分県豊後大野市清川町
     清川村指定天然記念物とある。鳥居があり小ぢんまりとした神社です。

  • ▼歳神社のムク…大分県豊後大野市清川町<br /> ムクの木の根元に2体のお地蔵さんが座しておられます。

    ▼歳神社のムク…大分県豊後大野市清川町
     ムクの木の根元に2体のお地蔵さんが座しておられます。

  • ▼県道688号線から支道へ…大分県豊後大野市清川町<br /> 廃屋 生活のあと

    ▼県道688号線から支道へ…大分県豊後大野市清川町
     廃屋 生活のあと

  • ▼県道688号線から支道へ…大分県豊後大野市清川町<br /> 廃屋 

    ▼県道688号線から支道へ…大分県豊後大野市清川町
     廃屋 

  • ▼石橋巡り「轟橋」と「出会橋」…大分県豊後大野市清川町<br /> 名前からしてロマンティックな出会いの雰囲気がある^^

    ▼石橋巡り「轟橋」と「出会橋」…大分県豊後大野市清川町
     名前からしてロマンティックな出会いの雰囲気がある^^

  • ▼石橋巡り「轟橋」…大分県豊後大野市清川町<br /> 清川町の左右知地区奥嶽川 轟橋上から上流方向を写

    ▼石橋巡り「轟橋」…大分県豊後大野市清川町
     清川町の左右知地区奥嶽川 轟橋上から上流方向を写

  • ▼石橋巡り「轟橋」…大分県豊後大野市清川町<br /> 奥嶽川 轟橋上から上流方向を写

    ▼石橋巡り「轟橋」…大分県豊後大野市清川町
     奥嶽川 轟橋上から上流方向を写

  • ▼石橋巡り「出会橋」…大分県豊後大野市清川町<br />・日本に誇るアーチ石橋 轟橋の上から車写<br /> 豊後大野市清川町(旧清川村)の奥嶽川に架かる二つの石橋“轟橋”と“出合橋”の径間(アーチの両端を結ぶ直線距離)がそれぞれ全国1位と2位であることが平成10年に行われた調査で明らかとなったそうです。

    ▼石橋巡り「出会橋」…大分県豊後大野市清川町
    ・日本に誇るアーチ石橋 轟橋の上から車写
     豊後大野市清川町(旧清川村)の奥嶽川に架かる二つの石橋“轟橋”と“出合橋”の径間(アーチの両端を結ぶ直線距離)がそれぞれ全国1位と2位であることが平成10年に行われた調査で明らかとなったそうです。

  • ▼石橋巡り「出会橋」…大分県豊後大野市清川町<br /> 旧道を下って出会い橋へ向かう。小さな滝が見える。

    ▼石橋巡り「出会橋」…大分県豊後大野市清川町
     旧道を下って出会い橋へ向かう。小さな滝が見える。

  • ▼石橋巡り「出会橋」…大分県豊後大野市清川町<br /> 轟橋の下流に架かる“出会橋”は1925年(大正14年)に旧清川村轟・平石地区の住民によって架けられました。出会橋の径間は29.3m。

    ▼石橋巡り「出会橋」…大分県豊後大野市清川町
     轟橋の下流に架かる“出会橋”は1925年(大正14年)に旧清川村轟・平石地区の住民によって架けられました。出会橋の径間は29.3m。

  • ▼石橋巡り「轟橋」…大分県豊後大野市清川町<br /> 出会橋の上から写。 もともと“轟橋”は1934年(昭和9年)に営林署の林道軌道橋として設置され昭和30年頃までは木材を満載したトロッコが渡っていました。<br />

    ▼石橋巡り「轟橋」…大分県豊後大野市清川町
     出会橋の上から写。 もともと“轟橋”は1934年(昭和9年)に営林署の林道軌道橋として設置され昭和30年頃までは木材を満載したトロッコが渡っていました。

  • ▼石橋巡り「出会橋」…大分県豊後大野市清川町<br /> 出会橋欄干 現在は、町の左右知と平石を結ぶ生活道の一部として使われているそうです。<br />

    ▼石橋巡り「出会橋」…大分県豊後大野市清川町
     出会橋欄干 現在は、町の左右知と平石を結ぶ生活道の一部として使われているそうです。

  • ▼石橋巡り「出会橋」…大分県豊後大野市清川町<br /> 出会橋上から下流方向写

    ▼石橋巡り「出会橋」…大分県豊後大野市清川町
     出会橋上から下流方向写

  • ▼石橋巡り「出会橋」…大分県豊後大野市清川町<br /> 出会橋上から滝を写 

    ▼石橋巡り「出会橋」…大分県豊後大野市清川町
     出会橋上から滝を写 

  • ▼石橋巡り「轟橋」…大分県豊後大野市清川町<br /> 出会橋上から上流方向を写。<br /> 轟橋の径間は32.102mと26.521m。架設:昭和9年(1934)

    ▼石橋巡り「轟橋」…大分県豊後大野市清川町
     出会橋上から上流方向を写。
     轟橋の径間は32.102mと26.521m。架設:昭和9年(1934)

  • ▼石橋巡り「出会橋」…大分県豊後大野市清川町<br /> 出会橋欄干 完成:大正14年(1925)<br /> 生活道だと思っていたら、行き止まりだった。

    ▼石橋巡り「出会橋」…大分県豊後大野市清川町
     出会橋欄干 完成:大正14年(1925)
     生活道だと思っていたら、行き止まりだった。

  • ▼石橋巡り「出会橋」…大分県豊後大野市清川町<br /> 出会橋上から下流方向写

    ▼石橋巡り「出会橋」…大分県豊後大野市清川町
     出会橋上から下流方向写

  • ▼県道688号線〜県道410号線?<br /> どこだったか?案山子のようなものがいっぱい立っていた。

    ▼県道688号線〜県道410号線?
     どこだったか?案山子のようなものがいっぱい立っていた。

  • ▼県道688号線〜県道410号線だったかな?<br /> なんでしょう? 暗いときだと不気味でしょうね。

    ▼県道688号線〜県道410号線だったかな?
     なんでしょう? 暗いときだと不気味でしょうね。

  • ▼石橋巡り「鳴滝橋」…大分県豊後大野市緒方町<br /> 緒方町へやってきました。鳴滝橋は原尻の滝の下流にある石橋です。

    ▼石橋巡り「鳴滝橋」…大分県豊後大野市緒方町
     緒方町へやってきました。鳴滝橋は原尻の滝の下流にある石橋です。

  • ▼石橋巡り「鳴滝橋」…大分県豊後大野市緒方町<br /> 5連アーチの橋脚が美しい。

    ▼石橋巡り「鳴滝橋」…大分県豊後大野市緒方町
     5連アーチの橋脚が美しい。

  • ▼石橋巡り「鳴滝橋」…大分県豊後大野市緒方町<br /> 橋長:50.0m 完成:大正11年(1922)<br />

    ▼石橋巡り「鳴滝橋」…大分県豊後大野市緒方町
     橋長:50.0m 完成:大正11年(1922)

  • ▼石橋巡り「緒方橋」…大分県豊後大野市緒方町<br /> 橋長:46.0m 架設:明治44年(1911)<br />

    ▼石橋巡り「緒方橋」…大分県豊後大野市緒方町
     橋長:46.0m 架設:明治44年(1911)

  • ▼石橋巡り「緒方橋」…大分県豊後大野市緒方町<br /> 国道502号線から見える。白いガードレールが付いており、見過ごしてしまいそう。

    ▼石橋巡り「緒方橋」…大分県豊後大野市緒方町
     国道502号線から見える。白いガードレールが付いており、見過ごしてしまいそう。

  • ▼石橋巡り「原尻橋」…大分県豊後大野市緒方町<br /> 原尻橋は緒方川に架かる5連アーチの石橋で、500m下流には雄大な原尻の滝があります。

    ▼石橋巡り「原尻橋」…大分県豊後大野市緒方町
     原尻橋は緒方川に架かる5連アーチの石橋で、500m下流には雄大な原尻の滝があります。

  • ▼石橋巡り「原尻橋」…大分県豊後大野市緒方町<br /> 5連石造アーチ 橋長:73.0m 完成:大正12年(1923年)<br /> 「道の駅原尻の滝」を過ぎてその先約300m左にあります。<br />

    ▼石橋巡り「原尻橋」…大分県豊後大野市緒方町
     5連石造アーチ 橋長:73.0m 完成:大正12年(1923年)
     「道の駅原尻の滝」を過ぎてその先約300m左にあります。

  • ▼石橋巡り「原尻橋」…大分県豊後大野市緒方町<br /> ん? よく見ると橋の欄干一つ一つに寄付者名と金額が刻まれています。

    ▼石橋巡り「原尻橋」…大分県豊後大野市緒方町
     ん? よく見ると橋の欄干一つ一つに寄付者名と金額が刻まれています。

  • ▼石橋巡り「原尻橋」…大分県豊後大野市緒方町<br /> 次の旅日記は「竹田市の石橋巡り」です。<br /><br />   THE END.  つづく・・・

    ▼石橋巡り「原尻橋」…大分県豊後大野市緒方町
     次の旅日記は「竹田市の石橋巡り」です。

       THE END.  つづく・・・

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