2013/12/05 - 2013/12/05
35920位(同エリア59311件中)
fernandoさん
- fernandoさんTOP
- 旅行記340冊
- クチコミ267件
- Q&A回答0件
- 1,325,805アクセス
- フォロワー100人
冬の北海道はこれで何回目になるのでしょう。
冬だからこそ、北海道の魅力が増すのかもしれません。
冬だからこそ、思い出も凍てつくように鮮烈なのかもしれません。
今回は2泊3日ですが朝出発の帰りが夜という、丸3日の旅です。
鰊(ニシン)御殿巡りと、グルメの旅です。
札幌では稚内以来のニーナと再会し、ますます魅力的な北海道になりました。
今回はその二日目。
鰊御殿巡りとペチカ(ニーナと再会)です。
- 同行者
- 友人
- 交通手段
- レンタカー
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
12月5日(木)。
宿泊した「オロフレ荘」の食堂からの眺め。
落ち着いた温泉街です。 -
朝食は各自にお膳が用意されていますが、バイキングもあります。
-
何といってもこの卵焼き、絶品です。
-
雪が降って一度溶けた感じの道路状況。
まだ本格的な冬はこれからです。
正面に有珠山が見えます。 -
本日は鰊御殿巡り。
黒松内から寿都(スッツ)の日本海へ向かいます。 -
途中、豊浦噴火湾パーキングエリアで休憩します。
が展望台は閉館していました。 -
そろそろ寿都です。
-
「鰊御殿」というバス停がある。
-
橋本家が仕込屋として商売をしていた頃の建物なので、純粋な鰊御殿とはいえないようですが、釘を使っていない木造建築としてその佇まいは立派です。
-
ついこの間まで「橋本旅館」として営業していたはずですが、今は閉ざされています。
-
今は鰊も来なくなり、寒風が吹きぬけるだけです。
-
その当時は大量の鰊があがって大賑わいだったのでしょう。
「ソーラン節」が今にも聞こえてきそうな風景です。 -
橋本家からほどなくの所にこの佐藤家の鰊御殿がある。
-
現在でも住居として使われており、一般公開はされていません。
-
外観は和洋折衷様式で、保存状態がよく漁場建築を代表する建物となっている。
さて、鰊御殿、北海道に私が数えた処、12ヶ所あります。
本日だけで9ヶ所見て回れればと予定しています。 -
道の駅「シェルプラザ・港」で休憩します。
-
その名の通り様々な貝を展示していました。
-
「鰊御殿とまり」に来ました。
泊村にあります。
泊と言えば、北海道唯一の原発がある所です。
冬期は残念ながら閉館です。 -
外観のみ見学します。
-
保存状態がかなりいい。
当時そのままのようです。
きちんと管理されているようです。 -
マンホールの蓋がカラー!!!
これはなんとも珍しい! -
泊を出て、積丹半島をぐるりと回ります。
鰊御殿は余市までありません。 -
積丹半島に入ると、雨が降り出し観光どころではありません。
神威岬でも大雨で外に出ることも出来ず。
以前に来た時は強風のため道路そのものが封鎖されていました。 -
積丹町余別で食事にします。
お店が2軒しか営業していません。 -
本来ウニが美味しい積丹ですが、今は時期外れ。
でもこの「いかさし定食」・・・美味しい!!! -
積丹半島にこれでお別れです。
雨も止んできました。 -
鰊御殿「旧余市福原漁場」。
4ヶ所目です。
雪が積もっていてさすがに寒い。 -
ここは規模が大きい。
漁場全体を保存している。 -
トイレ兼受付。
今3時過ぎ。
ここはちゃちゃっと外観だけ見て小樽に行かないと・・・。 -
国指定史跡となっています。
-
三階建ての土蔵がすごい。
後で内部を見学します。 -
主屋。
親方家族と漁夫の住宅。 -
主屋の内部。
解説委員の方が説明してくれました。
これは漁場の変遷です。
初めは福原さんの創業ですが、何度か所有者が変わりました。 -
鰊の漁獲高の推移。
明治から大正にかけてがピークで昭和30年頃からパッタリ。 -
最盛期の頃浜が鰊で埋まっている様子の写真があります。
-
鰊の用途や鰊が獲れなくなった理由の解説。
-
やん衆(漁夫)の寝床。
一人一畳が割り当てられていたという。
3月下旬から2ヶ月が漁期だったそうですが、北海道はまだまだ寒い時期です。 -
やん衆の食事。
以外に質素のようですが、当時食事にありつけるだけでも幸せだったのかもしれません。 -
なんと言っても極めつけはこれ!!
ご飯食べ放題!!!
お米離れが言われて久しいが、当時はこのご飯がなかなか食べれない。「ギンシャリ」と言われるくらいでした。それが食べ放題。つらい労働もこのご飯が食べれるということで幾分和らいでいたのかもしれません。 -
靴を脱がなくても飯台になるよう工夫されている。
-
親方家族の部屋。
こちらは贅を極めている。 -
欄間も凝った作りです。
-
最初に見た三階建の土蔵(文書庫)の正面入り口。
今4時。
このまま見学を続けると宿の到着が遅くなってしまいますが、ここで止めるわけにはいきません。 -
よほど大切なものをしまっておくのでしょうか、戸が4枚もあります。
-
二階にあがります。
-
全てがお宝です。
-
窓にはしっかり鉄格子。
-
親方の格好を見てください!!!
サングラスにスーツ姿!!!!! -
珍しいものは何でも手に入れたということでしょうか。
-
石蔵。
これは復元されたものです。 -
内部は当時の漁の様子が再現されている。
-
沸きたつ余市浜の新聞。
-
この小舟で沖の網から浜へ鰊を運んできました。
-
昭和29年。
「最後の群来(クキ)」とある。 -
人力で網から鰊をあげていたようですが、想像も出来ない位の重労働だったのでしょう。
-
広大な敷地でまだまだ見どころはあります。
手前左の棒状のものは「ナヤ場」といい、ミガキニシンを作った所。
その奥に米味噌倉があります。
火災に備えて、全てが燃えないように、離して建てられたそうです。 -
その米味噌倉。
米は当時北海道では作られていなかったので、全て内地(本州)からの輸入です。
やん衆の食糧として、その量・金額は膨大なものになったようです。 -
味噌醤油も大量に保管されていました。
-
ねずみ対策は必須です。
-
振り返ると、ナヤ場、石蔵、主家が並んでいます。
-
最後が「網倉」。
網に使う木綿も内地からの輸入なので、これも貴重品でした。 -
約1時間、案内ありがとうございました。
-
詳しくはこちらのパンフレットをご覧ください。
-
もう4時半。
真っ直ぐ札幌に向かうしかありません。
小樽に4ヶ所ある鰊御殿はパスします。
ここ余市でじっくり話を聞けたので逆に有意義でした。
それにしても寒かった!!! -
札幌の宿はルネッサンス。
マリオット系ですので高級感溢れるホテルです。
「すすきの」からちょっと離れているせいかお得な料金でした。 -
早速やってきたのが狸小路。
-
厚岸直送の牡蠣をいただきます。
ん〜〜北海道最高!!! -
私にとって、ニッカの看板が「すすきの」のイメージです。
地下鉄で南平岸に向かいます。 -
ここに来た理由は一つ。
ペチカに行くためです。 -
ニーナさん久し振りです。
稚内からこの地に移りロシア料理店をこの8月にオープンしました。 -
早速ウオッカを注文します。
甘くて飲みやすい!!! -
ロシア料理も堪能しました。
-
極めつけはニーナさんの生演奏!!!
※この時点では、ニーナさん 爪を傷めていて、演奏はしていません。
特別に演奏していただいたということです。 -
ホテルにタクシーで戻ってもうお休みなさい。
明日は北上して鰊御殿3ヶ所を回る予定です。
が、天気がどうもおもわしくない・・・明日考えましょう!!
この旅行記のタグ
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
0
74