2011/10/09 - 2011/10/10
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sari-papaさん
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真田十万石祭りを楽しんだ後、近くに位置する市内に有ります像山地下壕に見学したいと思います。
太平洋戦争末期に、本土決戦最後の拠点として大本営などを此処に移転しようと極秘に進め構築したもので有ります。昭和19年11月11日午前11時。翌20年8月15日の終戦の日までの9ケ月の間当時のお金で約2億円、延べ人数300万人。これだけ聞いても当時の日本の状況下での作業です。
過酷さは言葉では簡単には言い表せません。
以前にこの壕の存在を聞いておりましたが一度も寄ることは有りませんでした。
今回のツーリングで松代町に訪れせっかくのチャンスです。
ご案内いたします。
- 同行者
- 友人
- 一人あたり費用
- 3万円 - 5万円
- 交通手段
- バイク
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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-
入口です。
ヘルメットをかぶり之より潜入します。 -
ヘルメットを被る理由が理解できます。
頭を下げないと岩に当たる高さが暫く続きます。
このままの高さが永遠と、、、不安です。
今地震が来たらどうしよう、、、不安です。 -
どんどn進みます。
測量点なるポイントへたどり着きました。
天井にぽつんと有ります。 -
終点です。
約500メートル位歩いたでしょうか。
全長5853メートル。碁盤目に掘り廻られた壮大な作業計画でありました。
戦争時とは言え旧法な人海戦術。
75パーセントで終戦を迎えるに終わった負の遺産であります。 -
千羽鶴が収められています。
過酷な労働を余儀なくされた人々たちの鎮魂の思い。
手をあわせて来ました。 -
松代壕の案内図です。
何の変哲もないこの山里の地下がこの様に成っています。
想像出来ません。 -
作業中亡くなられた方々の慰霊碑です。
ご冥福を心よりお祈り致しております。 -
この壕の説明が記載されています。
戦争は要りません。
チョットセンチメンタルな気に成りました。 -
此処に住む地元の方です。
喉かな山里のままです。
のんびり魚つりをたのしんでいます。
小川の土手にはコスモスが咲いています。
理想の山里風景が此処には存在しています。
過去の負の遺産さえなければ!! -
山寺常山亭の佇まいです。
庭も整備され落ち着きの中に心が静まります。
歴史の渦に巻き込まれた様相と山里の静けさと落ち着きを備えた街、松代を散策しました。
之より長野市内にオートバイにて向かいます。
次回をお楽しみに!
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