1987/12/28 - 1988/01/11
555位(同エリア946件中)
mimicatさん
- mimicatさんTOP
- 旅行記404冊
- クチコミ264件
- Q&A回答44件
- 768,569アクセス
- フォロワー26人
まだ小さい子供の頃からあこがれていたエジプト。
とうとう着ちゃったわ。
トルコからの飛行機はカナリ遅れました。
待ちくたびれた頃にやっと飛び立ち、2時間後、やっと夢のエジプトに到着。
エジプトでは、ことごとく予定が狂う。飛行機が飛ばない。
でも、そんなトラブルも今となっては思い出です。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 4.5
- グルメ
- 4.5
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 観光バス 飛行機
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
PR
-
1/5
カイロ空港到着。
雨です。
雨ですよ!
雨だってぇ?
年に数日しか降らない雨に当たった。こりゃ、ツイテルね。 -
サダト暗殺現場へやってきました。
左から、目撃者、サダト大統領、犯人です。
この後、当時NO2だったムバラク氏が大統領になり、先日失脚しました。
歴史を感じますなー。
夜はカイロ事務所のスタッフと他社の日本人駐在員も含め4名ほどで韓国料理店の中華を食べた。とっても美味しかったー。
ここで、現地の日本人たちに脅された。生ものは勿論、生野菜もダメ、飲み物は必ず熱いものかアルコールに、ミルクは避けろ(この頃、チェルノブイリ事故の影響で乳製品に放射能汚染が発生してた)。紙幣、貨幣は雑菌の塊。市販のミネラルウォーターはよく確認してから飲め。
ひょえー。 -
1/6
3:30amのコールで飛び起き、空港へ。
搭乗する段になっても、乗るべきエジプト航空の飛行機が見当たらず。
クェート航空のでかいエアバスがソレだといわれ、半信半疑でタラップを上っていったら、入り口の上にA4サイズの紙が張ってあって、「MISR AIR」と書いてあった。こんなの、ここまで来ないと見えないよ。
観光のピークで、飛行機が足りず、あちこちから借りて、軍用機まで借り出して客をさばいているらしい。
ルクソールへ。
雲の下に砂漠が見えます。 -
ルクソール。
日差しが強い!
太陽神がこの地に生まれたのが、頭より皮膚で理解できます。
王家の谷へ向かいます。
死者は西岸に、生者は東岸に。
渡し船で西に渡ります。 -
発掘隊のベースキャンプだそうです。
-
やってきました、王家の谷。
あの山がピラミッド代わり。
死者の魂は、あの斜面を駆け登って天へ到達するのでしょうか。 -
ここではいくつかの王墓を見学しました。
王の再生の物語が描かれた壁画や満天の星空が描かれている天井画を眺めるのは、とても楽しい経験でした。 -
そして王家の谷の主役はツタンカーメンの墓。
各国からの旅行者がいっぱい。
中は撮影禁止。
壁に書かれた9匹のマントヒヒが王のミイラを見守っていました。 -
続いてはハトシェプスト葬祭殿。
古代エジプト唯一の女帝、(でも男装してた)ハトシェプスト女王が建てた葬祭殿で、とても優美な建物です。
建築家センムトと女王には秘かな恋物語があったとか。ソープオペラじゃ。
この9年後、テロ事件で多数の観光客が死傷した場所です。
そんな危ない感じはこの頃は感じられませんでした。 -
ご近所の村へ行きました。
墓ドロボーの村とも、墓作り人の村と記録があるのねぇ。
どっちが本当だろう。 -
-
メムノンの巨像。
昔は神殿があったらしい?
さて、これにて西岸とはサヨウナラ、東岸へ移ります。 -
東岸の目玉はカルナック神殿
羊頭のスフィンクスが並ぶ参道を通って、どデカイ塔門へ。 -
この写真、旅行パンプの真似してみたんです。
アガサクリスティの「ナイル殺人事件」が映画になった時、
カルナック神殿の大列柱が印象的でした。
凄いデカイのね、何もかも。 -
お隣のルクソール神殿へは歩いて移動。
-
ルクソール神殿はすっかり夕暮れ。
何だか駆け足であわただしかった。 -
ナイル川に夕日が落ちて行きました。
この旅行記のタグ
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
ルクソール(エジプト) の旅行記
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
旅行記グループ いにしえ旅行記 1987-88年 トルコーエジプト
0
17