2002/03/15 - 2002/03/18
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TAKEおじさん
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会社のリフレッシュ休暇を使い、予てから憧れていたスペインの旅行に行った。「スペイン・パラドール紀行10日間」の旅行でパラドールにも泊まれ、美術館、カテドラル、宮殿などを観て、アンダルシアの南スペインを楽しんだ。また、ガウディの建築物には目を瞠った。これは、最終編のヘレスからバルセロナです。
ヘレスでは思いもかけずF1のセナと遭遇した。
バルセロナでは勿論ガウディ一色。
- 同行者
- カップル・夫婦
- 交通手段
- 観光バス
- 航空会社
- JAL
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
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7日目(3/15)ヘレス、バルセロナ
ヘレス・デ・ラ・フロンテーラ
7:00起床。パラドールで朝食を摂った後8:30に出発。今日はセビリアからバルセロナへの移動で長い一日である。
バスで2時間足らずで、ヘレス・デ・ラ・フロンテーラに着く。このヘレスは英語でシェリーの意味でシェリー酒で有名な産地である。シェリー酒の酒蔵(ボデーガ)の一つである、ティオ・ペペで世界的に有名なゴンサレス・アンド・ビアス社を見学する。写真の様に積上げられた酒樽が凄い。160年以上という歴史のある酒蔵には、400年前という時代ものも含め3万樽が有るそうだ。 -
セナのサインが
酒樽には各国の有名人のサインがいろいろと書かれており、日本の皇太子殿下や今は亡きF1のアイルトン・セナのサインも有って感激する。ここヘレスはサーキット場もありモーター・スポーツも盛んな街だ。後で記録を調べてみたら、このセナのサインした前日(1989.10.1)に、F1スペイン大会はここヘレスで行われており、セナは6回目の優勝を遂げた日だった。勝利の余韻を持って次の日にサインしたらしい。 -
皆で記念写真 MAYUMIさんとお別れ
最後に試飲コーナーも有り、いろいろ飲んで、やはりお土産にワインを買う羽目に。
皆で記念写真を撮って再びバスに揺られて再び3日目に訪れたセビリアへ戻る。
1時間半でセビリア空港に着き、ここでお世話に成ったMAYUMIさんとお別れする。MAYUMIさんとはコルトバからアンダルシアまでの本当に楽しい4日間だった。 -
カサ・バトリョ(中)
セビリアからイベリア航空のフライトでバルセロナには3時過ぎに到着した。すぐに、ホテル(NHポディウムホテル)にチェックインした後は自由行動だったので、市内をぶらぶら散歩する。バルセロナ市街は丁度欧州サミットが行われていて抗議のデモ隊がカタルーニャ広場の周りなどに一杯だった。日本の70年安保を知っている私には、久しぶりの大デモ隊に遭遇し、スペインの政情不安を膚で感じた。のんびり観光も出来ずに危険を感じて逃げ出す。
グラシア通りを歩き、ガウディが設計した建物を観て回る。カサ・バトリョの前で記念撮影。カサ・バトリョは、バトリョ氏が所有した邸宅で、集合住宅として利用された。(カサはスペイン語で家という意味。)ガウディは隣のカサ・アマトリェー(カダファルク作で左の建物)を意識して作ったという。ガウディらしい曲線美が目に瞠る。 -
カサ・ミラ
カサ・ミラも見るが、明日も時間が有るので本格的な見学は明日にする。しかし、いかにもガウディって感じの建築物だ。 -
カサ・バトリョのライトアップ
夜になるとご覧のようにライトアップされる。
F夫妻とグラシア通りに面したレストラン「Tapa Tapa」に入る。カウンターに小料理がいろいろ並んでいて、それを見て注文するシステムだ。小料理をいろいろ食べ、ワインとビールでたらふく食べ、飲み、締めて4人で53ユーロとは安い。 -
街中ライトアップ
9時にホテルまで歩いて帰る。街中はところどころライトアップされていて綺麗だが、夜は危険なのであまり散歩は出来ない。明日の天気を願って就寝。 -
8日目(3/16)バルセロナ、ガウディグエル公園
おかしな遊歩道
8:00にモーニング・コール。一日中バルセロナ市内観光で期待のガウディにたっぷり会える。9:40発の予定だったが、空港に他の団体を迎えに行ったバスが大幅に遅れ10:20発と成り慌しい観光と成ってしまった。他の団体が16人新たに来てパラドール6人組と一緒に回る。今夜のサッカーを見に来た人も居て驚く。
先ずは、グエル公園に行く。 -
グエル公園はこんな感じだ
グエル公園は、英国式庭園住宅に憧れた資産家のグエルが、住宅地として15ヘクタールの土地を用意し、友人のガウディが設計したもので、売りに出した60件の住宅のうち、売れたのはガウディとその友人が購入したというわずか2件だけだったという。1922年に市がこの敷地を買い取り、公共公園としたもの。 -
ディズニー・ランドって感じ
カラフルなタイルがあちこちのオブジェに埋められている。まぁ、住宅として住むところというよりもディズニー・ランドって感じがした。 -
カエルです
カエルの噴水も楽しい。 -
天井にも
何処にもガウディは居る。 -
いよいよサグラダ・ファミリア 受難の門から
時間が押していたのでゆっくり見ることが出来ずに30分位の見学と成って残念であった。
次に、お目当てのサグラダ・ファミリア(聖家族教会)へ向かう。市街地に有るので、意外と全景を上手く写真に撮れない。何処かにスポットが有るのだろうが、近くでアップばかりの写真と成ってしまった。 -
受難の門アップ
キリストが磔に成っている。
写真下段の左に、右を向いて立っている人はガウディだとか・・ -
尖塔は8本
バスでサグラダ・ファミリアに向かいながら、ガイドさんに解説を聞く。サグラダ・ファミリア1882年から製作が始まり贖罪聖堂には18本の尖塔が建つが、現在は8本がほぼ完成している。ガウディは初期から参加しているのでは無く途中から参加し、ガウディが基本からやり直した。100年以上前から作っている教会はこの先何時できるか分からない。それと言うのも、建築資金を総て寄付で賄っているとか。 -
バルセロナ市街も
上から見るとバルセロナ市街地もよく見える。TVで日本人も参加しているのを見たことが有る。それにしても、壮大なスケールの建築物である。さて、写真を撮ろうと思ったら、デジカメの電池が切れており古いデジカメだったので単三電池で危うく売店で買う事が出来た。最近のバッテリー充電だと返って危険だ。 -
ダム工事の様
受難の門から入ると、すぐに300段は有る螺旋階段を登って行く。教会の中は、がらん洞に近くいたる所で工事をしている。ダムの工事現場に入ったような気がした。 -
教会内部
ガウディは生前は1本の塔しか見ていなかったとか。18本の尖塔が建ったときには見事だろうなと思うが、その頃まで生きていられるかなぁ。サグラダ・ファミリアは人々の現世の罪を購うために、聖家族に捧げられた大聖堂であるのだが、こんなに長く完成しなくて良いのだろうかとも思ってしまう。 -
中は凄いことになっている
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塔を下から覗くと
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工事が延々と続く
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サグラダ・ファミリア いつ完成?
サグラダ・ファミリアの見学時間も1時間足らずしかなく、尖塔に登ったりしていたのでゆっくりと見学できなく残念だった。もう一度10年後くらいに工事が進んだ段階で来て見たい。 -
市場で食事
再びバスで移動してランブラス通りの昼食会場へ1時頃に着き、昼食は「カタルーニャ風煮込み料理」を食す。近くのマーケットで買い物も。 -
モンジュイックの丘へ
2時前に解散して後は自由時間で、ここから個人行動で先ずモンジュイックの丘へタクシーで(5.6ユーロ)でひとっ走り。1992年のオリンピック開催時にはメイン会場と成ったところで、近くに競技場や美術館などが沢山有る。丘からはバルセロナ市街地がよく見える。 -
オリンピックスタジアム
オリンピックスタジアムの中にも入れた。
高野進が初めて400メートル決勝に出た所だ。 -
ジョアン・ミロ美術館に入る
カタルーニャ美術館も有り高そう?なので近くのジョアン・ミロ美術館に入る。ミロのカラフルな色をした可愛い絵を堪能する。ミロはバルセロナ生まれだった。屋上に上がるとミロのオブジェと、バルセロナの展望が見られる。 -
サグラダ・ファミリアも見える
美術館からサグラダ・ファミリアも写真の様に遠くに見ることが出来る。他にも博物館などが有り、6館共通券を15ユーロで売っていたのは後で分かり残念。 -
カサ・ミラに再び
モンジュイックの丘には観るところがいろいろ有って一日中でも楽しめる。再びタクシーに乗りカタルーニャ広場に戻る。すぐそばのデパートに入るが、土曜なので大混雑だった。買い物は少しして、早々に昨日よく見られなかった、カサ・ミラに行く。いかにもガウディの外観。くねくねしたところがガウディそのもので、海をイメージしているらしい。建設当時のバルセロナ市民はカサ・ミラを醜悪な建物と考え、「石切場」と呼んだが、今ではバルセロナを代表する歴史的建造物となっている。勿論、世界遺産。 -
屋上は月世界
内部は最上階がガウディの博物館に成っており、屋上はまたガウディの世界になっている。
屋上にはおかしな形の煙突や階段室が並び月面を思わすオブジェが面白い。 -
トンネルからサグラダ・ファミリア
サグラダ・ファミリアも写真の様に建築物のトンネルから覗けるように成っている。ガウディの遊び心があちこちに見られ、実に観るだけで楽しい。 -
最後の晩餐
見学を終えてランプラス通りに出ると、また昨日よりさらに凄いデモ隊で街中が騒然と成っている。今日一日、かなりハードに動いたので三度目のタクシーで6時過ぎにホテルに戻る。ホテルを8時に出て海に突き出したレストランで最後の晩餐を摂る。たっぷりのシーフード料理で、カニや海老など美味しく食べる。長い間一緒だったパラドール6人組ともこれでお別れで、最後は盛り上がって食事をした。
10:30にホテルに戻り、TVを見たら注目のサッカー、レアルマドリッド対バルセロナの一戦で熱狂していた。観衆は9万8千人でジダンの得点から始まったが試合は1対1の引き分け、これで安心してレアルマドリッドの帽子を被れる。この試合、政治運動で観客がゴールポストに持参した手錠を嵌めたので有名に成った。2002年、日韓ワールドカップの年だ。また、ワインとコニャックを飲んで11:30に就寝。 -
9,10日目(3/17)バルセロナ、帰路
カタルーニャ音楽堂
最終日。6:30に起床。9:30に荷物を預けて、13:30の出発までフリーなので今日もバルセロナ市街をぶらつく。昨日行けなかった、カタルーニャ音楽堂に行ったが朝早くて開いていなかった。世界遺産にも成っているこの音楽堂でコンサートを聴きたいものだが、滞在型の旅行でないので難しい。 -
カテドラル
少し歩きカテドラルに行く。ここのカテドラルは1298年に建築が始まり1448年に完成したゴシック建築でバルセロナの歴史の原点とも言える大聖堂である。大聖堂の中に入ったら、丁度日曜日だったので荘厳なミサをやっていた。キリスト教徒ならずも厳粛な気持ちになり、周囲に点してあるローソクの光も幻想的で心を打たれた。 -
カテドラルで民族舞踊「サルダーナ」
その後、ピカソ美術館に行くがなにやら怪しいビルの谷間でたどり着くのが大変だった。驚いた事に、警察官が来ていてドロボーが入って捕り物中だった。ここの地区は相当治安が悪そうでショーウインドーのガラスも割れていたほど。ピカソ美術館だが、若い頃の作品が多く、抽象画のピカソのイメージとやや違ったが、これも面白い。シウタデーリャ公園を見て、再びカテドラルに戻ったら、前の広場で沢山の人が踊り、見物していた。日曜日に近郊から集まった人が、カタルーニャ人の民族舞踊「サルダーナ」を踊っている。 -
踊ろうかな・・
楽しそうに踊ってる人、それを見ている人、演奏する人、皆楽しんでいる。寄付金を払えば誰でも参加出来るみたい。輪に成って踊る簡単な踊りで私にも出来そうだったが、ちょっと遠慮した。
お昼は音楽堂の近くでパエリアとビールでスペイン最後の食事を乾杯。1時にホテルに戻り1時半のバスで出発する。 -
バルセロナから帰路へ
バルセロナ空港には2時に着き4:15のイベリア航空で中継地のアムステルダムへ。アムステルダムはまたも雨だった。ここは雨がお似合い?
待ち時間がたっぷり有ったので、今回はアムステルダム空港で最後の買い物に没頭する。大きな空港なので、土産物屋も沢山あり十分に空港内を楽しんだ。PM8:15のJALで成田へ。帰りも映画ばかり見ていてあまり眠らなかった。成田には、3月18日PM3:15に予定通り到着し、車で無事帰宅。
今回の旅行は2つのパラドールの地であるアルハンブラとロンダ、石畳の中世の都市トレド、メスキータ、それに壮大なカデドラル、最後にガウディの建築・・・夫々深く印象に残っている。またガイドさんやメンバにも恵まれ素晴らしい旅行と成った。
スペイン、もう一度行きたいところだ。
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