2007/04/06 - 2007/04/09
4286位(同エリア5851件中)
サボ10さん
四国では鳴門、高知、高松の観光をしました。
- 同行者
- カップル・夫婦
- 交通手段
- JR特急
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日本の旅三日目、2007年4月6日、岡山からアンパンマントロッコで瀬戸大橋を渡り四国に入り、宇多津で下車。 宇多津から高松経由で鳴門に行くのです。
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宇多津からいしづち16号で高松、高松から特急うずしお13号徳島行きに乗り勝瑞(しょうずい)で下車。 そこからは鳴門まで各駅停車で行きます。
特急が停まると云っても勝瑞は小さなひっそりとした田舎の駅。 桜の花が綺麗に咲いていました。 -
鳴門駅からタクシーでホテルへ。 タクシー代が2千円以上ですからホテルは駅から大分離れた場所、小鳴門橋を渡った大毛島にあります。
鳴門駅に着いたのが4時頃、渦潮汽船の最終が4時半、タクシーを待たせてのりばに行くつもりでした。 それを聞いたタクシーの運転手、「今日の大潮時は1時半、今から行っても何もないよ」との話。 汽船は渦潮の無い鳴門海峡にも客を案内するようですね〜
写真は大鳴門橋と淡路島。 渦潮は橋の手前で起きるようです。 -
ホテルは辺鄙な場所にあり何処に行くにもタクシーで行かなければなりません。 結局、何処にも行かずホテルで過ごしました。
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私はマリオット・リワード・クラブに属し、このホテルは只。 それが理由でこのホテルを選んだのですが車の無い旅行者には非常に不便なホテルでした。 以前は日本人経営のホテルだったようです。
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先ずはお風呂を借り切って入浴。
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ルネッサンス鳴門ホテルでは毎晩8時半から阿波踊りが演じられます。 我々も阿呆になって見に行きました。
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笠を被った踊り子が格好よいので笠を被ったハローキティの根付を購入。 かっぽれ、かっぽれ
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日本の旅四日目、4月7日は鳴門から高知にむかいました。 鳴門駅にはうずしおの形をシンボルにした石像や花畑があります。 「鳴門駅がどんな駅か?」ですかそれは駅に野菜畑がある、じつ〜に親しみのある駅です。
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吉野川と祖谷渓、土讃線から観た景色。 動いている列車からの撮影です。
阿波池田から大歩危、大歩危峡を遊覧船で、祖谷のかずら橋などを観る四国交通の観光ツアーに参加する予定でイーメールで問い合わせたのですが返答無し。 最後にアメリカから長距離電話をしたら中の補助席しかないとの返事。 ツアーに参加するのを諦めました。 -
列車から観た吉野川と渓谷は高山から富山に行く時観た飛騨川の景色に似ています。
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日本の旅四日目、4月7日の午後に高知に到着、タクシーでニュー阪急ホテルへ。 タクシーの運転手さん曰く「高知も夕張と同じ」。 高知も仕事が無く若者が去ってゆくと嘆いていました。
このホテルはインタネットをサーフして探し、10ケ月前に予約をしています。 色々なプランがあり、我々が選んだのが「鰹のたたき食べ放題」プランです(日本食べある記参照)。 -
土佐藩家老の屋敷跡にあると云うことは高知城の近く。 約60の店舗があり魚市場などがありますが、居酒屋や食堂などもあり、煙草の煙が漂う市場。
我々は急いで市場から退散。 沖縄那覇の牧志市場に似ています。 -
ひろめ市場近くの大橋通り市場。 土佐の台所と呼ばれている商店街です。 人も少なく市場でお土産の食べ物類を買いました。
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大橋通り市場の光景。 ねこがつながれているのが珍しいので撮影。
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4月8日に訪ねた後免駅。
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4月8日は日曜日です。 この日を高知で過ごすように旅のプランをたてました。
土佐の高知で300年(1690年から)以上続いているのが日曜市。 高知城の追手門から東へ約1キロ、500店以上の露店が並んでいます。 売られているものは植木、食べ物、骨董など実に多様。
色々な他の町でも朝市はあっても朝の5時から夜6時まで開いている市はここだけのようです。 -
食べ物の店では 「うまいぜよ」と呼び込みの声。
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道に植えられている植物のようですが売られているもの。
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高知の路面電車。 土佐鉄道の路面電車は現存する中では最も古いもの。 その他ドイツ、ノルウェー、ポルトガルなどの外国の古い電車も走っています。
マンガが描かれている電車もあるでよ〜。 -
土佐の高知のはりまや橋です。 よ〜さこ、よさこい。 然し、坊さんの姿無し。 そして橋があっても川はなし、高知城の堀(川)に架かっていた橋なのです。
はりまや なんて昔の店の名前のようですね〜。 実は江戸時代の店の名、播磨屋、が名前の由来。 堀で隔たれていた豪商播磨屋と向かい側の櫃屋(ひつや)がお互いの商売の便宜上架けた私橋。
1968年の南国博覧会の為に朱色のらんかんに塗り替えられました。 -
桜の花咲くはりまや橋公園。 はりまや橋から道を隔てた反対側にあります。
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高知城には4月7日と8日訪ねました。 7日は夕方でしかも雲り。 翌日の日曜は晴れ、写真の多くは8日に撮影しています。
観光客が最も好む(選ぶ)のはこの角度からの撮影だそうです。 私も一枚高知城の写真を選ぶとしたらここでしょうか。 -
山内一豊(左)と千代(右)の銅像。 NHKの大河ドラマの舞台になると観光客が増えるそうです。 二人は2006年度の大河ドラマ「功名が辻」の主人公。
17歳で一豊に嫁いだ千代は持参金10両で名馬を買い夫に贈った。 その名馬故に馬揃えの儀式で織田信長の目にとまり一豊の出世のもとになったとか。 -
高知城の表門、追手門。 最初は大御門と呼ばれたようです。
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明治維新、自由民権リーダーとして活躍した板垣退助の像。 活動中に暴漢に襲われた際「板垣死すとも自由は死せず」の名言を残しました。
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自然石を使って野ずら積み方式で造られた石垣。
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高知城の桜。
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城内のつつじ。
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日本の旅五日目、4月8日高知から丸亀に到着。 ここから高松行きに乗り換えます。 乗り換えの待ち時間が2時間15分丸亀の観光をしました。
丸亀駅から約1.3キロに丸亀城があります。 標高66メートルの亀山に築かれた城です。 丸亀城天守は四国内では最も古く1660年に完成。 1943年に国指定、重要文化財。 -
パンフレットに「丸亀城の天守は日本一小さな現存の木造天守」とあります。 大きくても小さくても日本一なら自慢できるのですね〜。
城内は桜が満開。 多くの人がお花見をしていました。 -
お花見に来ていたのが夏の阿波踊りのメンバー探しをしていた月下桜舞連のメンバー。 目立つ衣装なのは全国よさこい衣デザインコンテストで二位を獲得した服装だからでしょう。
このグループ徳島で踊るのか或いは丸亀でも阿波踊りがあるのかな。 -
石の城と形容されているとおり、丸亀城は石垣の名城とされています。
石垣にかかわる悲しい伝説。 羽坂重三郎は石垣を完成させた功労者。 城主が「この石垣だと飛ぶ鳥以外はこの城壁を乗り越えまい」と語ると重三郎「鉄棒があれば容易に登れます」と城壁を登ってしまいました。 生かしておけば敵にこの情報が伝わってしまうと懸念した城主は重三郎を殺してしまったのです。 -
大手一の門、1670年に完成。
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内濠を監視(?)する水鳥。
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高松駅前にそびえ立つ二つの建物、その一つが全日空ホテル・クレメント高松です。 ここもクーポンを使ってただ。
全日空ホテルの岡山とここは新しく、綺麗で良かった。 部屋の窓からは港が見えます。 -
ホテルの窓から見た港の景色。
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玉藻公園は高松藩主生駒家、松平家の居城高松城跡。
万葉集で柿本人磨(かきのもとひとまろ)が讃岐の国の枕言葉から玉藻よしと詠び、この辺の海が玉藻の浦と呼ばれるようになったからだとパンフレットに記されています。
高松城のまたの名が玉藻城。 堀に海水を引き入れた珍しい水城。とも呼んだからだそうです。 お城は廃城、本丸はありません。 -
月見櫓は出入りする船を監視したり藩主の帰還を見るためのもの。 1950年に重要文化財に指定されています。
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本丸と二の丸を結んだ連絡橋。
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藩政時代の庭をもとに1916年に造られた庭の一部。
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松林から見た夕暮れの太陽。
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高松市の近代的なショッピング・アーケードに一軒残された古い表札付きの家。 移転を拒否したのかな〜と考えさせる家。
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高松駅と全日空ホテルクレメント高松に隣接している地域がサンポート高松。 その中のビルの一つが高松シンボル・タワー、30階が展望台になっています。
展望台から撮影した昼と夜の高松市。 -
高松駅前広場から港にかけて造られた高松ベイエリアの新スポット。
写真中央下の遥か彼方に見えるのが総ガラス張りの灯台、愛称は「せとしるべ」。
四国の旅も終わりました。 4月9日、この後高松から岡山経由で東京へ。
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