猛暑のインド旅行:akyxさんの旅行ブログ
猛暑の時期にインドを旅行しまた。
暑さとの戦いの旅行でした。
5月は一番暑い時期なのでしょう。
ムンバイに入国してから、スノウリに出国する11日間、
ほとんど毎日天気が良く、じりじりと暑さが体を射す感じでした。
道路は裸足では歩けません。
アジャンタの一部の履物を脱いで歩かなければならない所では、
足の裏が焼け付く感じでした。
エアコンが無い路線バスでは、バスの中の座席が焼けるような暑さまで暑くなります。
暑すぎて頭がおかしくなります(思考能力が落ちるのでしょう)。
肌を露出していると駄目なのでしょう、写真のように頭や体を覆う布を持っています。
確かに頭と顔を布で覆うと暑さが多少しのげて頭がおかしくなりません。
以上、11日間の過酷な旅行でした。
ムンバイ⇒CST駅、エレファンタ島
ムンバイ⇒アウランガバード
アウランガバード⇒エローラ
エローラ⇒アジャンタ
アジャンタ⇒ジャルガオン
ジャルガオン⇒アグラ
アグラ⇒タージマハル、アグラ城
アグラ⇒ガヤ⇔ブッダガヤ
ガヤ⇒バラナシー、ガンガー
バラナシー⇒スノウリ(ネパール国境)
5月13日バンコク・スワンナブーム飛行場から
18:45発、タイ航空のTG317で出発です。
約4時間半のフライトで、インド・ムンバイに21:55到着予定です。
夕焼けが綺麗でした。
ムンバイに到着し入国、荷物受け取りで約1時間程時間が掛かった。
飛行場からオートリキシャでアンデリー鉄道駅まで約30分。
アンデりー駅から11:04発のムンバイCST駅行きのローカル列車10ルピー(写真)に乗った。
0時過ぎにCST駅到着し、タクシーでインド門近く(タージ・マハルホテルの先)まで(50ルピー)で行き降りた。
夜中で宿は不明。
以前泊まった、「RED SHIELD HOUSE」に泊まるかどうかキャリーバッグを引きずって歩いていると、宿を探していると思ったのだろう、「良い宿があるよ」、と寄って来て案内してくれた。
タージ・マハルホテルから歩いて5分。
エレベーターに乗りかなり上(6階か7階)。
エアコン付のワンルーム(シャワー、トイレ別)385ルピー。
夜中なのでこんなものか、でそこに決め宿泊した。
宿の名称は「DELIGHTGUESTHOUSE」。413号室。
部屋は横1.8m、奥行き2m程度でワンフロアーに30部屋ほどのワンルームのみの宿だった。
写真のように小さな机1つだけのシンプルな部屋であった。
エアコンは効いていて暑くはない。
シャワーとトイレは別。
女性もかなり見受けられたので、マーマーかな。
タージ・、マハルホテルの向かいにこのインド門がある。
数年前にテロリストが、
ここから船で入り、ホテルを襲撃したことを思い出した。
跡形も無かった。
インド門の周りは、既に観光客でいっぱいです。
インド門から歩いて40分ほどのところに、
昨日到着した駅の隣に、世界遺産のCST駅(チャトラパティ・シヴァージー・ターミナス駅)があります。
(最近(2004年?)に世界遺産登録)
現在使用しているCST駅は、
インド中央鉄道の本拠地であり、一日の乗降客数が300万人〜350万人と、インドで最も乗降客の多い駅でです。
1888年に建造された駅舎はベネチアゴシック建築様式で、壮麗で豪奢な建築物でした。ヴィクトリア朝のゴシック・リヴァイヴァル建築とインドの伝統的建築の融合が見られ天気が良かったのもあり、素晴らしくて堂々としていました。
宿の隣に「KUNHI TOURS&TRAVELS」という旅行代理店があったので、以下の手配をした。
5月15日:夜行デラックスバス:ムンバイ20時発⇒翌日朝7時コーラクブル着
5月18日:列車(セカンドスリーパー):ジャルガオン発・夜中2時25分⇒17時50分アグラカント駅着
5月19日:列車(2等):アグラカント駅発17時40分⇒22時13分ジャイプール駅着
かなり高くて、2077ルピーだった。
16日はエローラ観光しコーラクブル宿泊、
17日はアジャンタ観光しジャルガオンで宿泊夜中の2時に駅から出発。
18日はアグラ宿泊で
19日は朝からアグラ城とタージマハル観光し夕刻列車でジャイプールに行き、ジャイプール宿泊
20日はジャイプール観光、
以降は後日予定を決める。
以上とし、
エレファンタ島へ船で行き、世界遺産の石窟を観光することにした。
写真はムンバイからエレファンタ島へ向かう船。
約1時間ほどで到着する。
頻繁に出ている。
エレファンタ島での観光。
エレファンタ石窟群はムンバイのアラビア海に浮かぶエレファンタ島にある石窟寺院。シヴァ信仰の中心地。
グプタ朝時代に建設。
1987年にUNESCOの世界遺産に登録。
ラーシュトラクータ朝(753年-982年)時代からの彫刻。
壁面に残る3面のシヴァ神(写真)は、高さ5.7メートル。
石窟寺院は、面積は約5,600平方メートルあり、東西の祠堂とメインの列柱ホールから構成。
エレファンタ島に残る多くの彫刻は17世紀に、ポルトガル人が銃の練習の標的としたため外観を損なた。
オートリキシャの運転手の叔父さんの名前は「アブラチャン」。
聞いたら名前からやはりムスリムでした。
この観光地と私の宗教は違うがこの地に感謝している、との話をしてくれた。
日本語が多少話せて、是非日本人に「アブラチャン」は ”親切で安い”ことを紹介して欲しい、と言っていた。
エローラの石窟です。
気温が50度以上?で観光はつらかった。
でも、一通り見学した。
アウランガーバードから30Km北方。
エローラ石窟寺院郡は世界遺産で、アンコール・ワットやピラミッドと並び、世界遺産の中でも最も印象的な遺跡の一つです。
34の石窟がシャラナドリ台地の垂直な崖に掘られている。5世紀から10世紀の間に造られた仏教、ヒンドゥー教、ジャイナ教のに分かれていて、石窟寺院、修道院などから構成。
仏教窟の数は第1窟から第12窟の12窟。
ヒンドゥー教窟は第13窟から第29窟までの17窟。
ジャイナ教窟は第30窟から第34窟までの5窟。
作られた時期も重なってインドにおける宗教の寛容性を表している。
エローラの観光は約3時間。
アウランガバードに戻ったのが11時頃でした。
アジャンタは明日は休館日とのことを聞いて、
エローラで宿泊するのは止めて早速バスでアジャンタの向かう。
アジャンタ行きのバスを乗り継いで(乗換駅まで47ルピー、そこからアジャンタ入口駅まで25ルピー)行く。
写真はアジャンタ入口に向かうバス車内。
アジャンタの特徴は壁画です。
暗くて、しかしフラッシュ撮影は禁止です。
3脚も禁止。
リコーカメラでISO感度を1600に露出補正を最大の2.0にして柱に固定して撮影しました。
まずまずでした。
警備員が見ていましたが注意はされませんでした。
でも寄って来て「ガイドをさせてくれ」と。
やんわりと断りました。
アジャンタ石窟寺院は、インドのマハラーシュートラ州北部、ワゴーラー川湾曲部を囲む断崖を550mにわたって断続的にくりぬいて築かれた大小30の石窟で構成される古代の仏教石窟寺院群です。
仏教石窟の種類は2種類。
平地に木造か煉瓦造で建てられていた僧院を石窟におきかえたヴィハーラ窟、ブッダを象徴する「聖なるもの」(チャイティヤ)として仏塔などが据えられたチャイティヤ窟の2種。
アジャンタ9,10,19,26,29の5つがチャイティヤ窟、
残りはすべてヴィハーラ窟。
アジャンター石窟寺院の美術的価値は後期窟に集中している。第1,2,16,17窟は、入口柱や天井にミトゥナ像や飛天、蓮華や鳥獣の画像が描かれたりレリーフとして刻まれ、代表的なヴィハーラ窟の壁面には説話図模範的生涯を表現する絵解きが描かれている。
アジャンタ石窟は約3時間で見学終了しました。
暑くて、履物を脱がないと駄目な窟は、裸足で見学するのですが、日差しがあたっている部分は足の裏が焼けるよう。
日差しを避け、日陰を探しながらの見学でした。
17時にアジャンタ入口に戻りオートリキシャを捕まえ、ローカルバスが発着しているフォルダブルまで40ルピーでお願いした。
フォルダブルからローカルバスを2つ乗り継ぎ約1時間半。
バス料金73ルピーでジャルガオン駅に到着しました。
暑くてたまりません。
バスの中は日陰ですが外気温が50度前後なので、バスの中はもっと暑い。
影の部分の座席や取っ手も50度以上。
触ると暑い。
日本人はここで生存できるのかな・・・と考えてしまいました。
写真はジャルガオンの駅前のモニュメントです。
タージ・マハルを見学。
タージ・マハルは総大理石造の墓廟建築。
1632年〜1653年に建築した。
1983年に世界遺産に登録されている。
ムガル帝国第5代皇帝シャー・ジャハーンが、2万人もの職人を集め22年の歳月をかけて建造させたイスラーム文化の代表的建築です。
王妃の名ムムターズ・マハルを名前の由来にしたようです。
タージ・マハルを訳せば「王冠宮殿」もしくは「宮殿の王冠」という意味。
大気汚染、排ガスによる直接的な汚れの他、酸性雨によって大理石が溶解する現象など発生している。
地下水の汲み上げで地盤が沈下し、四本の尖塔が外側に傾きつつある。
アーグラ城塞は、のアーグラにあるムガル帝国時代の城塞。
赤砂岩主体の「赤い城」ですが、城内の宮殿には白大理石も多用、内壁や床は幾何学的な装飾が施された白大理石で出来ています。
世界遺産登録 1983年
5月19日、朝到着予定が遅れに遅れ、結局ガヤ駅に14:00到着した。
ガヤ駅からオートリキシャ50ルピーでブッダガヤ行きオートリキシャ停留所へ。
ブッダガヤ行きオートリキシャがたくさん待っていて、満員になり次第次々と出発する。
ちなみに料金は10ルピー。
停留所からオートリキシャに乗って約1時間でブッダガヤに到着(距離は短いが混んでいて進まず)。
ブッダガヤは、ブッダの悟りの地で、八大聖地の1つです。
また、ヒンドゥー教の聖地でもあります。
仏教では最高の聖地とされています。
ブッダガヤには、中心に大菩提寺、マハーボーディー寺と、そのまわりにある各国各宗派の寺院があります。
マハーボーディー寺には、本堂である高さ52mの大塔と、ゴータマ・ブッダが成道したときに座っていた金剛宝座と、成道したときにその陰にいたゴータマ・ブッダの菩提樹、沐浴の蓮池があります。
写真は大菩提寺大塔
ガヤ駅に戻り、
近くの宿に泊まった。
250ルピーだった。
付近を散策し、明日のバラナシーへ行くのに何で行くか思案。
ガヤバスターミナルの係員から、バラナシー行きの長距離バスはガヤからは出ていない。ガヤ駅の隣の駅(シガイアロム)近くから、バラナシー行きのバスが出ているらしい、とのことだったので、確認しに出かけた。
オートリキシャでシガイアロムと言うと了解してくれ、50ルピー支払い向かう。
シガイアロムバスターミナル(バスが数台停まっている道路で周りには売店が10軒ほどあった)に到着した。
売店の人に聞いたら毎朝7時頃来て7時半ごろ出発するらしい、との話だった。なんだか怪しい感じもしたが列車のチケットがなかなか取れないこともありここ発のバスで行くことにした。
宿に戻る。帰りのオートリキシャは30ルピーだった。料金は乗る人で決める模様。
宿は21時まで停電とのことで真っ暗。
蝋燭をもらい灯すがファンは回らずどうしようもない暑さ。
で、仕方が無く、まだ暑さの残っている外で過ごす。
5月20日:
朝5時に起きて、シャワーを浴び身支度して宿を出発。
6時前に宿前を通ったオートリキシャにシガイアロムと言うとOKとの答え。
乗った。
シガイアロムに付き聞くと10ルピー。
乗り合いオートリキシャのようで安いのかも。
(昨日は行きの駅からのオートリキシャは50R,帰りにつかまえたのは30R)
6時10分にターミナルに到着した。
どのバスか分からないのでそばに居る若い人に聞いたら直ぐそばのバスを教えてくれ、乗り込む。大きなバス(写真)に乗った人は5人。大丈夫かな?と心配したが、チケット売りが来て聞かれ、バラナシーと言うと「150R」の答えで漸く安心した。
なんと7時丁度に出発した。
7時にここに付いたら出発後だったと思うと!!!
道路で待っている客をどんどん乗せて1時間ぐらいで満員となった。
途中で人が降りたり乗ったりを繰り返し16時にバラナシーのバスターミナルに到着した。
約9時間のバス旅行でした。
バス停からオートリキシャに乗り宿を探す(50ルピー)。
ガンジス川の川沿いの宿を探した。
SONMONYHOTELにした。
場所はHarisyohandraGhat。
250ルピー。
宿からガンガーが一望。結局2泊しました。
夕方から夜にかけて川辺から風向きによっては煙が宿に掛かり、煙たいことがありました。
目の前の無人の塔にはサルが住んでいるようで、朝5時〜6時頃その辺りから20匹ぐらい出てきて電線や建物を通り移動するのが見えました。
多分夕方戻るのでしょう。
また、停電に見舞われました。
最初の日で、22時までの停電でした。
ファンは回らず。
移動や散策で草臥れていたのか、暑い中3時間ばかり寝てしまいました。
起きたのが21時頃で体中汗でびしょびしょでした。
翌朝起きると体中汗疹で赤くなってかゆくてたまりません。何だろう、ダニがたくさんいたのかなと、宿の主人に聞いたら私もだ、と同じ汗疹(あせも)を見せてくれました。今の時期は汗疹は当たり前だ、と言ってましたが外は暑く、室内もファンは回るが汗が引かないので背中や足を含め痒い。
結局メディカルショップに行き汗疹の腕を見せてよく効く薬を(ストロングメディシン)と言い出してくれた軟膏を買いました。結局インドにいる間は汗疹の発疹は引かなかった。
(ネパールのポカラで一挙に直ってしまった)
沐浴風景です。
バラナシー(ベナレス)は聖地で、ガンジス川(ガンガーと呼んでいる)も聖なる川とで死者をその川岸で火葬に付し、灰をこの川に流すことは死者に対する最大の敬意とされています。
またこの川で沐浴するために巡礼してくる人も数多いようです。
その反面、川の流れも時期によってきつく沐浴したり泳いで溺死する人の数も多いということです。
信者以外の観光客の沐浴をは 近隣の下水が流しこまれており免疫のない人がガンジス川の水に浸かったり飲用したりすれば感染症にかかる危険が大きいようです。
バラナシーの狭い路地を我が物顔に歩いたり寝そべったりしている牛です。
糞はしっぱなしで、ハエがたかって不潔そのものです。
更に雨が降ると狭い道路がべチャべチャになり歩けたものではありません。
インドでは昔から役立つ牛を特別なものとしていたようです。
牛を神聖と考え、シヴァ神の「ナンディン」と呼ばれ、神聖化はより一層進んで行きました。
ミルク・ヨーグルト・チーズ・バター・クリームが神聖な食べ物とされ、牝牛の尻尾を触れば天国に行けると信じられています。
ヒンドゥー教徒が牛を殺すのはバラモン僧を殺すことと同等の罪としており、肉は食べません。
日本の何処かの調味料会社が牛を使っていることの疑惑で大問題になったくらい厳しいものです。
5月22日。
7時に宿をチェックアウトしてバスターミナルにオートリキシャで行く:60ルピー支払った。
(バラナシー⇒ネパール国境:スノウリ行きバス:450ルピーで一昨日予約済み)
8時15分に出発した。
コーラクブルに15時45分到着。
乗っていたインド人はほとんど下車し、同数近くのインド人が乗り込みやはり満員。16時10分に出発し、19時45分にスノウリ到着した。
インド側のイミグレーションがある町:スノウリの宿に泊まった。
シンプルで清潔だった。
SANJUHOTEL:150ルピー
夕食はシュウマイカレーとスープ:20ルピー
インドの国境ゲイトです。
ほんの50m先にはネパールの国境ゲイトがあります。
朝6時に起床し、7時半宿をチェックアウト。
インドのイミグレーションを8時にチェックアウトしました。
暑さとの戦いの旅行でした。
5月は一番暑い時期なのだろう。
ムンバイに入国してから、スノウリに出国する11日間、
ほとんど毎日天気が良く、じりじりと暑さが体を射す感じでした。
アジャンタの一部は履物を脱いで歩かなければならない所では、
足の裏が焼け付く感じでした。
エアコンが無い路線バスでは、バスの中の座席が焼けるような暑さまで暑くなります。
肌を露出していると駄目なのでしょう、写真のように頭や体を覆う布を持っています。
確かに頭と顔を布で覆うと厚さが多少しのげておかしくなりません。
以上、11日間の過酷な旅行でした。
でも、思い出はたくさんのインド旅行でした。
現在、コメントの書き込みがありません。
現在、トラックバックはありません。