2026/10/17 - 2026/10/17
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しろくまクンクンさん
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常総市大生郷天満宮(おおのごうてんまんぐう)へ行きました。
929年(延長7年)に創建された。菅原道真の死後、三男の菅原景行は常陸介として常陸国に赴任しました。その際に道真の遺骨を携えており、羽鳥(現・桜川市真壁町羽鳥)に墓をたてました。その後、現在地に移葬し、神社を創建したのが起源です。
道真の遺骨を祀っていることから「日本三大天神」の一つとして挙げられています。関東地方以東では最も古い天満宮といわれています。
坂東市逆井城址へ行きました。
逆井城は逆井常宗によって築かれた城で、逆井氏の居城として知られています。坂井氏が北条氏に滅亡させられたあとは北条氏の下野・常陸方面への前線基地として使われました。この逆井氏時代の城を逆井古城、北条氏時代の城を飯沼城とも呼びます。
https://youtu.be/4i0kmDm2L0w
- 旅行の満足度
- 4.0
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 徒歩 バイク
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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大生郷天満宮です。
一ノ鳥居です。 -
石段上の二ノ鳥居です。
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さざれ石が祀られていました。
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拝殿です。
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拝殿前の境内です。
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拝殿内には隋心が祀られていました。
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稲荷社です。
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大工の神様 聖徳太子を祀っています。
左の石碑には聖徳太子の文字です。
中央は太子像に大工講中の文字が彫られています。
右は判別できませんが聖徳太子像かと思われます。 -
本殿は工事中でした。
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摂社・末社です。
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工事中の本殿です。
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拝殿全景です。
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親鸞常任礼拝の杉です。
親鸞常任が布教巡礼の途中、当天満宮に参拝された折、御手植えされた杉と伝えられています。
樹齢七百年の大木でしたが、明治三十五年の台風によって幹半ばで折れてしまいました。 -
逆井城跡へ行きました。
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左手は逆井城 二層櫓です。
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櫓へ向かう橋が工事中で渡れませんでした。
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公園への道から無事櫓へ行くことができました。
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1階は明るいですが2階は扉が閉まり照明もなく暗いです。
自分で扉を開けることができます。
開けたら閉めましょう!! -
この二層櫓は戦国時代末期の時代背景を基に、外観二層の容姿をもつ戦国期の櫓を復元したものです。
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櫓の上からです。
堀にかかる工事中の橋です。
まだ相当時間がかかりそうです。 -
城内側です。
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一部水が張られた堀が見えます。
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井楼矢倉へ向かいます。。
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高い井楼矢倉です。
立ち入りは禁止されています。 -
米を蒸す蒸籠と同じように井形に組んだ方形材を次々と組み上げた矢倉です。
物見矢倉として敵の動静を監視しながら味方の全軍の動勢を把握する役割があります。 -
復元主殿です。
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主殿前のお庭です。
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主殿内です。
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茨城県牛堀町で発掘調査された大台城遺跡発掘の折出土した主殿遺構を参考に復元されたものです。
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主殿の前にありますのは関宿城移築薬医門です。
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関宿城は久世氏が城主を務めていましたが明治二年の廃藩置県により大蔵省の所管となって廃城となりました。
その後民間に払い下げられたものの一つがこの城門と伝えられています。 -
建物の外からの関宿城門です。
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正面からの関宿城門です。
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奥に主殿があります。
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観音堂です。
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この観音堂は岩井市の大安寺にあったものを町が譲り受け、移築・復元しました。
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広場の奥に二層櫓が見えます。
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一寸水が残っている堀です。
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森の中に櫓門があります。
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櫓門と堀を渡る橋です。
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この櫓門と橋は逆井城跡の発掘調査の成果をもとに復元されています。
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橋の上からの堀です。
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良い雰囲気です。
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