2026/09/09 - 2026/09/09
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ペコちゃんさん
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9月の〇〇会は、恒例の落語鑑賞。
昨年は江東区深川にある深川江戸資料館で「国立演芸場寄席」を楽しみましたが、今回は錦糸町にある「すみだトリフォニーホール」の小ホールです。
午前中は「すみだ北斎美術館」で葛飾北斎の作品群を鑑賞し、その後「すみだ江戸切子館」へ。
墨田区は様々な活躍をした偉人を多数輩出していますが、江戸時代後期の浮世絵師・葛飾北斎もその一人で、70年にもわたって描き続けられた多彩な作品は、今でも高い評価を得ています。
北斎との出会いは、20年ほど前に長野を旅行した際に立ち寄った小布施・・・岩松院・本堂の天井に描かれた「八方睨み鳳凰図」に圧倒され、「北斎館」で浮世絵も鑑賞しました。
https://4travel.jp/travelogue/10920559
日本が世界に誇る文化の一つ「浮世絵」・・・中でも多彩な才能で数多くの名作を残した葛飾北斎は、日本以上に海外での評価が高い浮世絵師です。
1998年に米国「ライフ」誌が企画した特集「この1000年の間に偉大な業績をあげた世界の人物100人」で日本人で唯一人、北斎が選ばれました。
写真の「すみだ北斎美術館」には、北斎作品の2つのビッグコレクション(ピーター・モース コレクションと楢崎宗重コレクション)が収蔵されていますが、今回は特別展が開催されていなかったので、機会があればまた来たいと思います。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 同行者
- 友人
- 一人あたり費用
- 1万円未満
- 交通手段
- JRローカル 私鉄
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墨田区は西に隅田川、東は荒川、南は江東区と接するピラミッド型の地形で、人口は26万人。
墨田区のシンボルは「東京スカイツリー」ですが、隅田川を中心に現代的な街並みと下町情緒が共存しており、江戸時代からの職人の町として、金属加工や革製品など中小製造業・工房が集積しています。
今回は両国~錦糸町までの墨田区散策です。 -
両国駅を降りて東側に進むと、両国国技館に隣接する「江戸東京博物館」があります。
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鳥居をモチーフにした西アプローチのオブジェ・・・江戸の様子が両側にデジタル表示されています。
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道路を挟んで博物館の向かいにある高層ビルは「NTTドコモ墨田ビル」・・・地上27階、塔屋3階で、2004年に竣工。
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ドコモビルの右側は「両国中学」、その隣は「日大一中・一高」。
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「北斎通り」は総武線と並行して北側を走る道路・・・「すみだ北斎美術館」の案内もあります。
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途中にあった蜂蜜屋さんの飾り。
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緑町公園の一角にある「すみだ北斎美術館」・・・ここは江戸時代に弘前藩・津軽家の上屋敷があった場所です。
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江戸時代後期の浮世絵師・葛飾北斎(1760~1849)はこの地(墨田区亀沢)で生まれ、生涯のほとんどを本所や両国など墨田区内で暮らしました。
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墨田区のシンボル・東京スカイツリーはどこからでもよく見えますが、この緑町公園からも手が届きそうなところに。
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ユニークな形状の「すみだ北斎美術館」・・・建築界のノーベル賞・米プリツカー賞を受賞した女性建築家の妹島和世さんが設計し、2016年に竣工。
建物の外壁はアルミパネルで、地上4階・地下1階建。 -
入口用のスリットから入館してシルバー料金(300円)を支払います。
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当美術館には、北斎の一大コレクターだった米国人のピーター・モース(1935~1993)から一括取得した約600点の「ピーター・モース コレクション」と、浮世絵研究の第一人者と言われた楢崎宗重(1904~2001)の遺族から寄贈を受けた約480点の「楢崎宗重コレクション」が収蔵されています。
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4階の企画展示室では特別展の開催時にコレクションの一部を展示しますが、今回は展示品入れ替えの時期だったため、3階の常設展示室を見学します。
常設展示室では、年代順に北斎の高精細レプリカ作品が展示されています。 -
入口の壁に掲げられているのは、関東大震災で焼失した板絵「須佐之男命厄神退治之図」の推定復元図・・・須佐之男命が厄神を退治し、今後、病や凶事を起こさないように証文を取っている場面で、北斎が85歳だった1845年に描かれ、牛嶋神社(墨田区向島一丁目)の社殿に掲げられていた2.76mの大作です。
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北斎は84歳の頃、墨田区榛(はんのき)馬場に娘の阿栄(おえい)と住んでおり、これはその時のアトリエを再現した模型で、北斎は散らかった部屋で布団をかぶり、ひたすら絵を描いています。
90歳まで生きた北斎が生涯に引っ越した回数は、何と93回・・・アトリエは、いつも紙や絵具、絵筆で散らかっており、部屋が汚れる度に引っ越しを繰り返したそうです。 -
これは「豆まきをする金太郎」【天明年間(1781~89)】
北斎は19歳で勝川派の頭領・勝川春章に師事し絵師としての活動を始めますが、春章が亡くなると勝川派を去り、寛政6年(1794)に新しく「宗理」の雅号を用いて江戸琳派の頭領となります。
安永8年(1779年)から嘉永2年(1849年)までの70年間に渡って、花魁・相撲取り・役者などを含む歴史上の人物、富士山・滝・橋などの風景、虫、鳥、草花などあらゆるものを描き、3万4千点を超える作品を残しました。 -
「忠臣蔵討入」【天明年間(1781~89)】
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「湯治場八景・修善寺の晩鐘」【天明年間(1781~89)】
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「あづま与五郎 残雪 伊達与作せきの小万 夕照(せきしょう)」【享和年間(1801~04)】<ピーター・モース コレクション>
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「吉原遊郭の新年」【1804年頃】
北斎による吉原の新年風俗画で、大きな作品のため写真は一部ですが、遊女屋の内部で人々が行き交う賑やかな正月の様子が描かれています。 -
「新板浮絵新吉原大門口之図」【文化年間(1804~18)】<ピーター・モース コレクション>
大門を挟んで左手が新吉原、右手が衣紋坂(えもんざか)・・・新吉原は四方を堀で囲まれた独立した町で、日本堤という土手から衣紋坂を下り、唯一の出入り口である大門をくぐって遊郭に入りました。
本図では、大門付近で大勢の客がひしめく様子が描かれ、名所になっていた新吉原の賑わいが表されています。 -
「飛騨匠物語」【1809年】
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「貴人と官女図」【1839年】
貴人が荒れた垣根越しに、縁側の華やかな衣装を着た3人の官女を覗いている場面を描いています。
画題は「源氏物語」「伊勢物語」などの一場面と言われています。 -
「富士越龍図」<小布施町の「北斎館」所蔵>
作品に残された落款から、北斎が亡くなる年に正月の書き初めで描いたことが分かります。
この作品を描いた時の北斎は、何と90歳・・・北斎の最晩年に描かれた貴重な肉筆画であり、北斎の衰えることのない画力が感じられる作品です。 -
「芙蓉に雀」【天保初年(1833~34)】<ピーター・モース コレクション>
北斎は「北斎花鳥画集」で花と鳥を描写するだけでなく、自然の中での風・空気・時間までを表現しようと試みています。
本図は、蕾や花びらの描線に、一気に描いた筆の勢いの良さが感じられ、描き沿えられた雀が、画面のバランスを上手に保っています。 -
「諸国瀧廻り 下野黒髪山きりふりの滝」【天保4年(1833)頃】
霧降の滝は日光・男体山の麓にあり、2段に分かれて落下する姿が特徴的で、日光東照宮への道すがら多くの人が訪れました。
幾重にも分かれて岩間を流れ落ちる水の表現は、滝というよりも1つの巨大な生き物のようで、インパクトがあります。 -
「諸国名橋奇覧 足利行道山くものかけはし」【天保5年(1834)】
足利市にある行道山・浄因寺の本堂と茶室の清心亭を結ぶ天高橋が描かれています。行道山は山岳信仰の場として栄えましたが、画面下から雲が湧き上がり、切り立つ崖の上に建つ清心亭に雲のたなびく情景は「くものかけはし」の題に相応しく、俗世と離れた仙郷のようです。 -
「冨嶽三十六景 尾州不二見原」【天保2年(1831)頃】
題名の「不二見原」は、名古屋城下にある富士見原のことで、江戸時代の富士見原は眺望がよく、遠くに山々を望める景勝地でした。
本図は桶職人の背後に、近郊や木曽の山々は省略し、森の先に富士山を配しています。 -
「冨嶽三十六景 甲州石班沢」【天保2年(1831)頃】<ピーター・モース コレクション>
現在の山梨県富士川町鰍沢の景観を描いたもので、鰍沢は甲府盆地を流れる笛吹川と釜無川が合流する地点であり、ここから日本三大急流の富士川となり駿河湾へと流れ下って行きます。
富士川の荒波が激しい水飛沫を上げる迫力ある本図は、冨嶽三十六景シリーズの藍一色で摺られた藍摺作品の中でも傑作として評価が高いものです。 -
「詩歌写真鏡 安倍の仲麿」【天保初年(1833-35)頃】
奈良時代の学者・阿倍仲麻呂は、遣唐留学生として中国に行きましたが、帰りの船が難破してしまい、帰国を果たせずに没しました。
本図は『百人一首』にある「天の原 ふりさけみれば 春日なる 三笠の山に 出いでし月かも」を基に描かれ、中国風の建物から満月を眺めて故郷を偲ぶ仲麻呂の姿を、藍色を基調にして落ち着いた色合いの情景の中で表現しています。 -
「百人一首乳母か絵説 有平業平」【天保6年(1835)頃】
本図は、平安時代前期の歌人・在原業平の百人一首「ちはやぶる 神代もきかず 龍田川 からくれなゐいに 水くくるとは」のイメージを、江戸時代の風俗に置き換えて、奈良県生駒郡を流れる紅葉名所の竜田川の景観を楽しむ人々を描いていますが、北斎は水面のうねりを誇張し、山や橋の曲線と呼応するように表現しています。 -
「伝神開手 北斎漫画」【文化11年(1814)~明治11年(1978)】
「北斎漫画」とは、北斎が発表した全15編からなる絵手本(指導書)で、 当初は十編で完結するはずでしたが、嘉永2年(1849)の没後も発刊が続けられ、明治11年(1878)に全十五編をもって完結しました。
収録された絵手本は4000点にものぼり、人々の営み・建築・森羅万象を描いた作品はどれも素晴らしく、海外でも高い評価を受けています。 -
「一筆画譜」【文政6年(1823)】<ピーター・モース コレクション>
紙から筆を離さずに1本の線で描いた一筆描きの絵を収録した色摺りの絵手本・・・名古屋の文人画家・福善斎(天明6年〔1786〕没)が描いた一筆画を北斎が名古屋に行った際に見て、このまま埋もれるのは惜しいとして出版されたものです。 -
2026年11月に開館10周年を迎える「すみだ北斎美術館」・・・9月15日~11月23日は特別展「ベスト オブ すみだ北斎美術館―隅田川両岸景色図巻と名品―」が開催中で、これまで展観してきた作品だけでなく、未公開作品や新規収蔵作品など、名品の数々を紹介しています・・・行ってみたいですね。
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美術館を出て錦糸町駅の方に少し歩くと「野見宿禰神社」があります。
かつて当社の東側に相撲の高砂部屋があり、明治18年(1885)に親方の高砂浦五郎が津軽藩の上屋敷跡地に、相撲の神様として知られる野見宿禰を祀ったのが当社の始まりです。 -
『日本書紀』によれば、垂仁天皇の時代、怪力で知られた大和の當麻蹶速(たいまのけはや)と力比べをするため、出雲から召し出されたのが野見宿禰で、相撲の元祖として知られる野見宿禰が力自慢の当麻蹶速を投げ飛ばした場面を描いているこの扁額は、明治7年の湯島神社開帳の際に奉納されたものです。
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その後、神社は大正12年の関東大震災や昭和20年の東京大空襲により全焼しますが、昭和28年に再建されました。
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手水舎。
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神社再建の際に建てられた、日本相撲協会による歴代横綱記念碑・・・この石碑には、初代・明石志賀之助から46代・朝潮太郎までの名前が刻まれています。
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もう一基には、47代・柏戸から75代・大の里までの名前が刻まれています。
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玉垣には力士や相撲関係者の名前が刻まれており、今でも東京での本場所前には日本相撲協会の関係者が神事を執り行うなど、相撲界が信仰している神社です。
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また当社では、『新横綱』が誕生した時に境内で『横綱土俵入り』が行われます。
これは、2022年5月に行われた73代・照ノ富士の土俵入りで、太刀持ちは照強、露払いは翠富士。 -
錦糸町駅の近くにあるタワービュー通り(錦糸町とスカイツリーを結ぶ1,200mの道路)から見た東京スカイツリー。
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錦糸町駅北口にあるモニュメントは、楽譜の「ヘ音記号」をモチーフにした作品「ECHO」で、オブジェを吊り下げているワイヤーは「五線譜」を表現しています。
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墨田区は、1987年に「音楽都市」を宣言し、この作品もその一環として1997年に製作されました。
作者はアメリカの彫刻家であるローレン・マドソン。 -
錦糸町駅前ロータリーに停車中の「すみまるくん」・・・墨田区内循環バス「すみだ百景 すみまるくん・すみりんちゃん」は、区内全域を3つのルートで運行しています。
バスの運行は京成バスで、観光スポット近くにも停まるので、うまく使えば観光にも便利ですね。 -
錦糸町駅北口にある商業ビル「アルカキット錦糸町」・・・ユニクロ・無印良品・ライフなどが出店しています。
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錦糸町駅の北口からスカイツリーを目印に「すみだ江戸切子館」へ向かいます。
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10分程でに到着したこの建物は「太平まんぢゅう」があった場所で、2010年に「すみだ江戸切子館」としてリニューアルオープンしました。
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「すみだ江戸切子館」は、日本の伝統工芸「江戸切子」を紹介する墨田区認定の工房ショップで、江戸切子の「技」の品々を展示販売しています。
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江戸切子は、天保年間(1830~1844)にビードロ問屋を営む加賀屋久兵衛らがガラス製品に切子細工(カッティング)を施したことから生まれたと言われる伝統工芸です。
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素晴らしい作品群ですが、値段も1~2万円台・・・これは、手作業によるカットと研磨のため、1点仕上げるのに何日もかかることもあり、また江戸切子には透明度が高いクリスタルガラスや、色ガラスを被せた「色被せガラス」が使われ、素材のガラス自体が高価なこと等によります。
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こんな江戸切子のグラスで、お酒を楽しみたいですね。
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こじんまりとしたお店ですが、事前に予約すればここで江戸切子の制作体験が出来ます。
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昼食は錦糸町駅近くの「三巴湯(サンバータン) 錦糸町店」で。
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階段を上って2階が入り口。
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豚肉とキクラゲ玉子炒め・・・これにセルフサービスのサラダ・杏仁豆腐・漬物付で、何と900円・・・安くて美味しいとはこのことです。
ビールを飲みながら、仲間の皆さんも大満足! -
12時45分からは「すみだトリフォニーホール・小ホール」で「国立演芸場寄席」を鑑賞します。
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1997年に開館した「すみだトリフォニーホール」は大ホールと小ホールのほか、3室の練習室があり、新日本フィルハーモニー交響楽団のフランチャイズとなっています。
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小ホールの入り口は1階。
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252席の小ホールは使用料が安く、音響面も優れているため、アマチュア団体や大学等の音楽サークルがよく利用しています。
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今回の「国立演芸場寄席」のポスター。
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今回は前から2列目を予約したので、間近で観れて話もよく聞こえ、どの演目も面白く楽しめました。
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仲間と共に過ごした墨田区での楽しい一日でした。
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