2026/09/12 - 2026/09/13
200位(同エリア392件中)
公共交通トラベラーkenさん
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2026年9月12日~13日の2日間で山梨旅行に行ってきました。主な観光スポットは猿橋・韮崎・石和温泉・勝沼ぶどう郷になります。中央線で行ったり来たりしながら、いつも通り史跡・寺社・珍スポ巡りを満喫してきました。
旅行記その1は猿橋・韮崎・石和温泉の観光になります。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 5.0
- グルメ
- 5.0
- 交通
- 5.0
- 同行者
- カップル・夫婦
- 一人あたり費用
- 1万円 - 3万円
- 交通手段
- JRローカル 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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山梨県大月市にあるJR中央本線猿橋駅から観光スタートです。
猿橋駅 駅
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駅前の寂れ具合はかなりのものです。寂れたというより昔からこうなのかも。
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甲州街道沿いに出ました。三嶋神社があります。観光客にとってはあまり見どころがなさそうです。
三嶋神社 (大月市猿橋町) 寺・神社・教会
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古そうな民家の横を通って桂川の方に降りていきます。
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最初の観光スポット、猿橋に到着。駅から徒歩で20分くらいです。まずは隣に架かる新猿橋から全体像を眺めます。
猿橋 名所・史跡
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長さ30.9m、幅3.3m、水面までの高さ31m、橋脚をまったく使わず、両岸から張り出した四層のはね木によって支えられています。この珍しい構造から、「岩国の錦帯橋」、「木曽の桟」とともに日本三奇橋と呼ばれています。
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猿橋の下は桂川の渓谷が流れています。山中湖を水源とし神奈川県境を経て相模川へと続く一級河川です。
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猿橋を渡ってみます。
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現在の猿橋は昭和59年に、嘉永4(1851)年の資料を基に忠実に復元された橋です。
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少し下流には八ツ沢発電所第1号水路橋が見えます。1912年(明治45年)に造られた、初期の鉄筋コンクリート造アーチ橋です。
八ツ沢発電所は山梨県の東部に位置し、1912年に運転を開始しました。建設当時は東洋一の規模を誇る発電所だったそうです。 -
橋の下に降りてきました。四層のはね木の構造を間近で見ることができます。
たくさんの猿がつながりあって対岸へと渡っていく姿から発想を得て作られたという伝説が残っているそうです。 -
猿橋あじさい遊歩道を通って猿橋公園内にある大月市郷土資料館にやって来ました。
大月市郷土資料館 美術館・博物館
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猿橋の模型があります。
この資料館には他に、江戸時代の大月の宿場町を再現した展示などがあります。 -
人々の暮らし。
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ここでも養蚕が行われていました。
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資料館の裏手に八ツ沢発電所施設第一号開渠があります。
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八ツ沢発電所施設は,桂川にほぼ平行して東西に延びる水路式発電所施設で、建造物は,取水口施設,第一号から第一八号の隧道,第一号開渠,第一号から第四号の水路橋,大野調整池施設,水槽余水路などで,約14kmの範囲に現存しています。
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猿橋駅から韮崎駅に移動してきました。
韮崎駅 駅
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中央線を使うといつもこの駅から見える巨大な仏像が気になっていました。韮崎平和観音というらしいです。
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そして駅前に建つ巨大な鳥居。これもなんだか気になっていました。扁額には「通開運」柱には「学問の道」「天神町通り」と書かれています。よくわかりません。
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韮崎平和観音が見えます。この観音様の立つ場所は「七里岩」と呼ばれる台地の先端部になります。約20万年前に発生した八ヶ岳の山体崩壊による韮崎岩屑流と呼ばれる岩屑なだれが形成した平坦地が、西側の釜無川と東側の塩川によって侵食され、崖になったものです。
台地の形が舌状であり「韮」の葉に似ているので、その先端部のある地域を「韮崎」として、韮崎市の地名発祥のひとつになったとされるんだそうです。 -
とりあえずお昼ご飯にします。「くしらん・ブジ」というお店に入ります。
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美味しそうなカレーです。
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日曜日の13:00過ぎでしたが、店内満席で少し待たされました。宇宙人の人形やツチノコのおもちゃなど謎のお土産が置いてあります。
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シェア店舗というのでしょうか、曜日によってお店が変わるみたいです。
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食べ物メニューは牛すじスパイスカレーだけみたいです。
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複雑なスパイスの香りが食欲を刺激します。
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私は「甲斐駒サイズ(超大盛)」。
カレーは2種類入っていました。どちらもすごく美味しいです。最近はインネパカレー店ばかり入っていましたが、日本人が丁寧に作るカレーもすばらしいですね。 -
腹ごしらえも無事終わって、韮崎散策に向かいます。
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窟観音に入ります。
韮崎穴観音 名所・史跡
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七里岩の南端の崖をくり抜いています。
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お地蔵様が並んでいました。
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こちらはお不動様でしょうか。
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風化して現代アートみたいになっている仏様もいらっしゃいます。
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洞窟を抜けると、崖の中段に懸け造りのお堂が建っているところに出ます。
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千体地蔵尊。
寛文七年にすべて安置されたものです。 -
弘法大師御尊像。
天長五年に空海が当地の平安を願い造った石像なんだそうです。 -
中央の窟観音本尊聖観世音菩薩像も空海が作ったものらしい。
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崖から降りる階段の踊り場にネコ発見。こちらをじっと見つめています。私が動いたら茂みの中に消えてしまいました。
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お堂を下から見上げるとこんな感じです。
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崖の下にある雲岸寺の本堂。
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中は普通のお寺ですね。
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こちらにもネコがいました。このネコは人に慣れていて全然逃げません。
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崖の下にも穴が掘られていて石仏が並んでいます。
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狛犬もいらっしゃいました。なかなか個性的でいいお顔です。
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複雑な地形を利用した面白いお寺ですね。観光にはもってこいです。
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下の道路とつながっている別の洞窟の中にも仏さまがたくさんいらっしゃいました。
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駅前中央通りに戻ってきました。シャッターに韮崎に伝わる伝承が書かれています。「ズイトンおしょうとむじな」というお話でした。
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「昔、宝蔵院の和尚に、瑞頓(ズイトン)という人があった。毎夜、寝しずまるとズイトン、ズイトンと呼ぶものがある。和尚はどうも変だ、一つ正体を見きわめてやろうと思い、月夜を幸いに明かりを消して寝たふりをしていると、いつものズイトンが始まった。足音をしのばせて戸のすきまからのぞくと・・・
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妙齢の美人に化けた古むじなが、太い尾で戸をズーッと撫でてはトンと叩き、それを繰り返すのでズイトン、ズイトンと響いて自分を呼ぶことになっていた。和尚が苦笑いしてエヘンと大きな咳ばらいをすると、さすがの古むじなも気づかれたと悟り、尾を巻いて裏の竹やぶをさして一目散に逃げ去ったという。」
全然意味が分かりませんが、むしろそれがイイ。 -
アメリカヤ。1967年に建築され、韮崎中央商店街のシンボルとして、長い間地域に愛され続けてきた商業施設です。
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一度は閉鎖をしましたが、2018年に古き良き部分と新しき良き部分を兼ね備えた複合施設として復活しました。施設内には、おしゃれな雑貨店やカフェなどのテナントが入っています。
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昔のアメリカヤの写真が展示されていました。
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5階はコミュニティスペースになっています。
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韮崎の町を見下ろせます。
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レトロな雰囲気を残しながら、うまく再利用を進めています。
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アメリカヤの向かいにアメリカヤ横丁なる通りがありました。
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築70年の昭和レトロな古い長屋をリノベーションし、2019年9月に個性的な飲食店が立ち並ぶ昔懐かしい横丁として営業開始したらしいです。
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細い路地の先にも何かありそうです。
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こちらにもお店がありました。
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秘密基地みたいで面白いですね。
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アメリカヤの看板の先に韮崎平和観音が見えます。高崎白衣観音、大船観音の観音像と合わせ、関東三観音のひとつと言われているそうですが、今回は上まで登っている時間がなかったのでパスしました。次に韮崎を訪れることがあったら(多分ないですが)お参りしてみようと思います。
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この鳥居も謎のままでした。
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本日の宿泊地、石和温泉にやって来ました。
石和温泉駅 駅
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まずは駅の北側にある大蔵経寺に行きます。後ろにそびえる山は大蔵経寺山です。
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奈良時代養老6年(722年)に法相宗の行基菩薩を開祖として創建されたと伝えられる古刹です。
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仁王像は石製です。甲信越エリアは、古くから質の良い岩石が豊富に採れる地域なので、石工さんもいっぱいいるのでしょう。
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南北朝時代から武田家祈願寺として繁栄し続け、江戸時代に入ると徳川家にも保護されてきたお寺なんだそうです。
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入り口で拝観料400円納めて見学させてもらいます。「仏画寺」と書かれた掛板があります。
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お寺のあちこちにたくさんの絵が飾ってあります。
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仏像もいっぱいあります。
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写真撮影OKなお寺も珍しいと思いますが、照明がかなり明るくて写真を撮りやすいのもありがたい。
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一番奥の部屋に来ました。その奥の小さな部屋は聖天堂です。絶対秘仏の歓喜天様が厨子に納められています。ここだけは撮影禁止でした。
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国重要文化財「絹本著色仏涅槃図」室町時代霊彩筆 絹本着色 1/2複製
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立派な屏風もありました。
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本堂も金ぴかでゴージャス。かなり羽振りが良さそうです。
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中央の小さな金ぴか仏像の後ろで座っている不動明王座像がご本尊です。
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徳川家康公念持仏 三面大黒天。
中央に大黒天、左に毘沙門天、右に弁財天の姿が刻まれています。 -
勝軍地蔵尊(武田信玄公守護仏)。
永禄11年川中島の合戦にあたり信玄公の崇敬を受け、戦勝祈願の本尊として拝まれたもの。 -
天井を見上げると豪快な龍の天井画があります。
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鮮やかで迫力があります。
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こちらは渋くて強そうな龍。
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庭もかなりきれいです。たくさんの絵画や彫刻と美しい庭園を所蔵した美術館のようなお寺です。
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寿老尊像。
甲斐石和温泉七福神というのがあるらしい。 -
本堂正面。巨大な石灯篭が立派です。反対側には御成門もあります。
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墓地エリアに謎の石像軍がありました。「石は大地の心である」という言葉が刻まれています。なかなか含蓄のある深い言葉のようですが、よく考えると全然意味が分かりません。
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おそらくこのお寺の石像などを奉納した石工集団とその親方の像なのではないかと思いますが、詳細は不明です。
親方がなかなかいいお顔をしていらっしゃいます。 -
お寺の隣、大蔵経寺山の麓に物部神社があります。
地図を見ると甲府盆地の北縁にあたる大蔵経寺山南麓一帯には山梨岡神社・天狗神社などの神社の他、古墳時代後期の渡来人墓である積石塚や大蔵経寺山の磐座(神の岩)など、古代からの信仰の場であったことを示すスポットが点在してます。 -
神社自体はちょっと地味でした。
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甲府盆地の北の端からの眺め。石和温泉の街並みが見えます。
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石和温泉駅に戻ってきました。駅構内の観光案内所に入ります。
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ここにはワインの試飲コーナーがあります。200円~400円くらいで色々な種類を少しずつ試すことができます。
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3種類のワインをチョイスして2人でチビチビ試飲しました。ワインの味は良くわかりませんが、美味しかったと思います。とりあえず山梨といったらブドウとワインが有名なのでこれでグルメ要素を一つクリアです。
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石和温泉と言えば温泉です。駅前の足湯に入ります。
これで温泉はクリアです。石和温泉駅前公園あしゆ 温泉
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駅前には巨大なイオンがそびえています。
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湯けむり通りを歩きます。
元々ブドウ栽培を行っていた地域で温泉を掘って開発が始まった歴史がある石和温泉には、これと言って観光資源がありません。 -
そのため石和温泉街は歓楽温泉街として発展してきました。団体旅行客向けにコンパニオンを配置し「ピンクコンパニオンプラン」を売りにした温泉旅館が作られ、スナックやバーなどの酒場、さらにはストリップ劇場などの大規模な風俗街も作られた。現在はだいぶ寂れてきているように感じますが、かえってそれがレトロな雰囲気を醸し出してイイ感じです。
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スナック街が途切れるとブドウ畑が顔を出すのが石和温泉らしい風景です。
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就職氷河期世代の私は「会社の経費でお姉さんとお酒を飲む」という文化に触れる機会が一度もないまま50代半ばになってしまいました。この手のお店の楽しさが全く分からないので外観見学で十分です。
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本日の宿、割烹桃山に到着。
2食付き2人で25000円くらいでした。9月の土曜日でこの値段はかなりお安い宿だと思います。リーズナブルな値段で美味しい料理を楽しめる。入湯料150円別途請求されます。 by 公共交通トラベラーkenさん割烹 桃山 宿・ホテル
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館内はきれいですが、トイレは共同、風呂は家族風呂で、しかも温泉ではありませんでした。
部屋の入り口の襖が建付けが悪くスムーズに開けることができません。値段の安さはこの辺りに反映されていますね。私たちはこういうのは全然気にならないので満足です。 -
夕食です。お刺身が大変美味でした。
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天ぷらも美味しい。
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すき焼き。肉はちょっと牛臭いかな、という感じでしたが美味しかったです。
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梨とブドウと胡麻ダンゴのデザート。山梨グルメ・フルーツ各種もクリアです。
特別高級な食材は使用していませんがどれも美味しく調理してくれていて大満足の夕食でした。
明日は勝沼のブドウ畑をサイクリングします。晴れることを祈りながら早めに就寝しました。
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