2026/08/23 - 2026/08/23
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ミズ旅撮る人さん
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茨城県筑西市に「ザ・ヒロサワ・シティ」というテーマパークがあります。普通の遊園地ではなく、展示館・ゴルフ場・オフロードコース・バーベキュー場・MTBオフロードコースなどが筑波山の麓に100万㎡の敷地に点在しています。あまりに広くて、多岐に亘るので、どこをどう見ればいいのか当初わかりませんでした。全部回るというのは無理な話なので、「ユメノバ」という展示施設だけに集中しました。
そもそもここを知ったのは、2020年に国立科学博物館収蔵品の旅客機YS11が搬入されたというニュースでした。その後、千葉県の個人が所有していたD51の無償譲渡を受けたという新聞記事を見つけました。しかし、2023年になっても園内は整備のための工事中。ようやく2024年2月にユメノバがオープンしました。「陸・海・空・宇宙のテーマパーク」を標榜しており、「科博(科学博物館)廣澤航空博物館」・「レールパーク」・「消防自動車博物館」・「クラシックカー博物館」・「宇宙館」・「船の博物館」があります。展示品の範囲が広過ぎて、すべてに興味を持つことは難しいですが、貴重な機体・車体を見に行ってみました。
- 旅行の満足度
- 3.5
- 交通手段
- 自家用車
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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西隣がすぐ群馬県で、筑波山が見える筑西市。そこに金属プレス加工会社の廣澤精機製作所を中核とする広沢グループが運営する「ザ・ヒロサワ・シティ」があります。創業者の廣澤清会長が夢を実現させました。ゴルフ場・パークゴルフ場などの「スポーツ施設」、美術館などの「文化施設」、貸農園・クラインガルテンなどの「農業施設」等を展開していますあまりに広大なので、そのうちのどれかを訪ねることになりますが、今回のお目当てはYS11とD51なので、「ユメノバ」という展示施設に入りました。ここだけでも広大で、暑い盛りの8月下旬にはすべて周る気にはなれませんでした。園内案内図を見れば、理解してもらえると思います。実際に訪れたのは下半分になります。駐車場は右下の現在地から道路に沿って右側にちょっと行った所にあります。現在地の場所は受付と売店のある建物で、入場料大人2,500円を払います。なかなかのお値段ですね。何故こんな金額になるのかと言うと、個人が興味を持った物を鉄道でも飛行機でもJAXAの実験棟でも、好きなように買って来て展示しているからです。
ザ ヒロサワ シティ 名所・史跡
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入ってすぐ目の前にバナナ園があります。売店では、この写真の上部のように、茎に緑色のバナナの房が付いたものを売っていました。バナナって、あの大きな蕾のようながくの中に扇状に花が付いていて、1枚毎に1房のバナナが出来て行くんですね。1本の木からこれだけ収穫できるのならバナナが安いのもわかります。
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盛夏の頃、花はこれくらいしか見られませんでした。バラの季節ならバラ園があるので、綺麗なのでしょう。
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野外広場を挟んで向こう側には寝台特急北斗星の青い車体が見えます。
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その手前には、近くを走るつくばエクスプレス(TX)の作業車が置かれています。
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グライダー模型飛行機館に入りました。外は暑いので、冷房の効いた館内と屋外を交互に行き来しないとたまりません。
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ガラスケースには模型飛行機が綺麗に分別されて、展示されています。
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子供の頃にプラモデルを作ったことがありますが、あれは作るのが楽しいのであって、展示品に愛着は湧かないです。
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飛行艇。これは一度乗ってみたい。
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川西航空製造。川西式4発飛行艇。昭和15~18年に製作した機数18機。
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群馬県の渡良瀬遊水地が近いから、グライダーなのかな?遊水地の少し北に日本グライダークラブの板倉滑空場があります。渡良瀬遊水地のクラブではやっていませんが、北海道の滝川ではグライダーの体験飛行が出来ます。小型飛行機に牽引されて飛び立ち、上空でワイヤーを外されると自由滑空の始まりです。グライダーは動力を持っていないので、飛行時間は短いですが、北海道の雄大な景色を上空から見ることが出来ます。
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個人的には、グライダーより、こちらの方にロマンを感じます。
90式2号飛行艇。昭和5~8年川西航空機により5機製造。イギリスのショート・ブラザース社に試作を依頼して作られた機体を更に改造して国産された機種。発動機はロールスロイス製の825馬力×3 -
レールパークには、各方面から譲渡された12両の車両が展示されています。全て茨城県を走破した実績を持つ車両を集めています。
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寝台特急「北斗星」は、日本初の豪華寝台特急として人気を集めた列車です。なお、寝台車・食堂車・ロビーカーの4両編成で保存している展示施設は当施設のみです。(レールパークのご案内より)
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北斗星は、上野~札幌間を3種類の機関車に牽引されていました。EF81は上野から青森までを牽引しました。後期はEF510と交代しました。EF81138は2015年に廃車となりました。あまり実際に北斗星を牽引した回数は多くは無いようです。北斗星牽引のEF81で有名なのは81号機で、赤い車体の横腹に銀色の流れ星の塗装がされていました。
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とても綺麗に塗装し直されていて、新品のようです。ところが中に入ってびっくりです。そもそも機関車に横から入れるというのも、あり得ないのですが、扉を作ってあります。
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機関車の中はがらんどうで、壁に歴代のヘッドマークを展示してありました。北に向かう列車のヘッドマーク。「富士」は南行きですね。
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こちらは全部南行き。始めの頃のヘッドマークなので、途中から連結されるようになった「富士/はやぶさ」のようなヘッドマークは置いてありません。
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急行列車などのヘッドマーク。
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「あけぼの」1970年から上野~青森間を東北本線、奥羽本線経由で運転が開始された。その後、1997年に秋田新幹線が開業すると上越線、羽越本線経由に変更されている。ゴロントシートなどの多様な車両を組み込み2014年まで運転されていた。
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2010年10月の上野駅から青森まで乗車した時のものです。
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「富士」1964年10月から東京~西鹿児島間を東海道本線、山陽本線、日豊本線を経由する寝台特急列車として運転が開始され、その走行距離は最長の1,595.5kmに達していた。展示してあるヘッドマークは、EF65形電気機関車が掲出していたもので、これ以外にも富士山形も使用されていた。
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2009年1月は既に「富士/はやぶさ」になっていました。
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2009年2月に乗車した時は熊本駅で「はやぶさ」だけはヘッドマークを撮ることが出来ました。こうして実際に走行していた時の写真を見ると、ヘッドマークは、走る機関車に付いていてこそだなと感じます。
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2012年2月の上野駅の北斗星です。この時は、北斗星で往復しました。既にEF510が牽引しています。おまけにカシオペア塗装でした。
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函館駅での機関車交換。青函トンネルを牽引して来たED79とはここでお別れです。
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札幌駅でのDD51。1138と1083の重連でした。北斗星色のDD51が大好きでした。今は豪華列車ばかりで、なんだかロマンがありませんね。走る姿を見るだけで幸せだったあの時代。その時を過ごすことが出来て、本当に幸せだったのだと感じます。
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「L特急ひたち」のヘッドマーク。お花が可愛いですね。1988年に使用されていたという写真がありました。
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すごく昭和レトロを感じられて、好きです。ここは茨城県なので、「ひたち(日立)」にこだわったのでしょうね。(注:下半分が緑色なのは、床の色が反射しているからで、本来は上部と同じ銀色です)
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EF81の後ろには、 オロハネ24 551・オハ25 503・オハネフ25 12・スシ24 505という北斗星の編成がいます。1号車はロイヤル個室とデュエット個室。北斗星の車両は、宿泊できる施設として当時の空調設備などの整備を行い、今年より4両編成全体を「貸切」宿泊施設として営業を開始しています。最大48名で20万円です。40名で一人5,000円ですから、団体で借りるのは楽しそうです。今の子供は、ブルートレインを知りません。本当は線路を走る音と振動が大切なんですけどね。
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デュエットの上室です。デュエットは上下に分かれていて、上室はT字型をしています。真ん中には細い階段があるだけで、階段の上には左右にベッドがあります。
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こちらが下室です。こちらは凸型をしています。左右のベッドの上は上室のベッドの下に当たるので、天井が低いです。でも、中央部分は天井まで吹き抜けで、居住空間としては上室よりも落ち着きます。
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A寝台ロイヤル個室です。一人用ですが、ベッドの下から補助ベッドを引き出すとダブルベッドになるので、二人で利用できます。通路側の壁には大きな鏡とドライヤーがあり、出入口の上に荷物収納があります。なんとそこに荷物を入れるための踏み台まで用意されていました。ロイヤルは最上級クラスで、1編成に4室しかありませんでした。ウエルカムドリンクは、食堂車の女性が持って来てくれたようです。ワイン(ハーフ)・ウイスキー(50ml)・お茶缶・ミネラルウォーターでワンセットだったとのこと。その他に北斗星のロゴ入りポーチに入ったアメニティグッズももらえます。さすがはロイヤルですね。
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14インチのテレビと食堂車グランシャリオへの直通電話。窓際には背の高いクローゼット。扉の向こうは洗面台とトイレとシャワー。前2つは折りたたんで壁に収納できるので、シャワーを浴びる時にぶつかることはありません。写真では左の壁に収納されており、「使用できません」と書いた黄色いラベルが貼られています。シャワーは10分間お湯が出ます。
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スシ24 505は食堂車「グランシャリオ」です。事前予約のディナーには手が届きませんでしたが、上野駅で乗車してすぐにここに来ました。シャワーの予約を取るためです。ロイヤル以外の乗客は当然シャワーなしですが、共同のシャワールームが2つありました。その利用時間の予約をここでするのです。1回30分で300円程度だったと思います。お湯は6分間出ました。トータルなので、こまめに蛇口を閉めれば十分な量でした。
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こちらはロビーカー。もう1台の食堂車スシ24-504は、埼玉県川口の「ピュアヴィレッジなぐらの郷」で「ベーカリーレストラン グランシャリオ」として利用されています。
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ロビーカーの車体には特別な塗装がありました。
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開放寝台。4人部屋で、ドアはありません。かつての寝台車はどれもこうでした。もっと昔は3段ベッドで、車掌さんがベッドを作りに来ました。子供の頃は最上階が好きで、頭を天井にぶつけないよう気を付けながら過ごしたものです。
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廊下の窓の下には壁収納型の椅子があって、夜景や夜明けの車窓を眺める人が多く座っていました。ああ、やっぱり寝台車は走っていなければね。耳の奥にあの電車の振動と音が蘇って来ます。
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寝台特急北斗星は、2015年に引退した後、一部は北海道の茂辺地に置かれ、2022年に「北斗星スクエア」の宿泊施設としてオープンしました。一人では8,000~9,500円、二人だと13,000~16,000円で、12月~4月中旬は休業です。道南とは言え、寒いですからね。開放寝台に二人まで泊れて、扉が付いたようです。他のカシオペアや日本海、トワイライトが再利用されているのは、聞きません。北斗星はブルートレインらしい外観が好まれるのかもしれません。寝台特急ブルートレイン北陸に使用されたスハネフ14-35、オロネ14-703、スハネ14-703は栃木県那須烏山市の「那珂川清流鉄道保存会」に保存されています。
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さて、お目当てのD511116です。D51は全部で1,115両、最後の製造番号は1161ですから、かなり最後の製造で戦時型です。
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このD51は、1944年日本車両製造で、1976年に廃車となりました。その後は千葉県白井市の個人が所有していましたが、その方が亡くなって遺族が譲渡先を探していました。そこに手を上げたのが廣澤氏です。台車と運転台、炭水車に3分割して、アチハが特殊トレーラーで運んで来ました。
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北海道岩見沢機関区に所属していたので、北海道仕様の2灯式です。
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シリンダー周辺がとても綺麗に整備されています。下部の左右にある数値を記したプレートも、数字は読み取れませんがしっかり付いています。金色に塗られた覗き窓には個体番号が刻まれていたりしますが、ここでは見られませんでした。
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足元を見て、思わず心の中で喝采を上げました。足回りの部品が塗装で覆われていなくて、走行時のままの状態です(主連棒などに赤い塗料あり)。
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見事に個体番号が読み取れます。39.12.20は昭和の日付でしょう。製造から20年で大規模な修理を受けたのでしょうか。
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しっかりと刻まれた個体番号。本来なら奥の連結棒の同じ場所にもある筈なのですが、見られませんね。
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おや?最近取り付けたらしいチューブなどがあります。どうやらイベント時に汽笛を鳴らすので、そのための装置のようです。夏休みの1週間だけ、D51とE2系新幹線、それにEF81電気機関車で汽笛を鳴らす体験をしていました。
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運転席の窓からもチューブが垂れています。タブレット受けもちゃんと付いています。
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運転室はガラス張りで、中に入ることは出来ません。個人所有だっただけに、部品はかなり揃っています。コックの下のプレートの文字は残念ながら読み取れません。水温計もしっかりあります。
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炭水車の照明がちょっと横にずれています。これはそこに付いていたのでしょうか?赤い尾灯は失われたようです。
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D511116が移設された時の新聞記事です。所有者宅は、割と近い場所だったので、3時間で移送することが出来たようです。
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東北新幹線「やまびこ」だったE224-127。東北新幹線は茨城県古河市を約10km通っているので、コレクションに入っているのだそうです。
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キハ101。関東鉄道では、老朽化した車両を一気に置き換え近代化を図るために、1987年の国鉄の分割民営化により発生した余剰車両の受け入れを積極的に行う事となり、1987年から1993年までにキハ30形15両、35形18両、36形5両の合計38両を購入しています。その後、水海道~下館間をワンマン化することになり、キハ300形4両がワンマン改造され、このうちの2両が2017年1月まで現役として使用されていました。なお、レールパークへの移設に当たっては、エンジンを駆動させ、ドアの開閉、室内灯の点灯、汽笛の吹鳴等が可能となるように、譲渡を受ける前に、関東鉄道水海道車両基地に置いて部品交換、点検を行い「半動態保存」を実現しています。
1966年2月28日 日本車両にて新製 キハ30-55
1991年2月8日 JE九州から関東鉄道へ譲渡 キハ306
1996年6月6日 機関交換 DMH17H→DMH13HZ
1997年3月29日 キハ306をワンマン化改造によりキハ101へ
2017年1月 現役引退(平成29年1月15日レールパーク到着) -
キハ102(旧キハ30-96)。
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現在は鉄道図書館になっています。
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反対側はかなり傷んでいます。
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鹿島臨海鉄道 7001・7002「マリンライナーはまなす」
咲いているのはバラですが、ちょっと「はまなす」っぽいでしょ? -
1992年に茨城県が沿線利用者の活性化と観光客の誘致を目的に製作した「県所有」の車両でした。
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こちらが一番奥になるのですが、この運転席でイベント時のみ、運転シミュレーターの体験が出来ます。
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なんと車内はゲームセンターになっています。しかも、全部無料です。「電車でGO!」がずらっと並んでいます。そして、先頭の運転席でシミュレーションが出来るのです。但し、8月は夏休みだったので行われたイベントで、土日祝日限定でした。
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ユメノバに入る時に入場料を払って、同時に体験イベントに申し込みます。運転シミュレーターは時間が決められているので、予約した時間に運転席に行きます。
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このマスコン(マスター・コントローラー)やブレーキ(右)を実際に動かすことが出来ます。ブレーキのコックは、切り込みに合わせて上に持ち上げると抜き取ることが出来ます。運転終了時には運転士が外して持って行くと聞いたことがあります。今でも実際にそうかは不明ですが。
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シミュレーターでは、走る路線を選び、レベルを決めます。車体の計器は残念ながら動かないので、右側にある小さなモニターに速度や時間、のこり距離、ブレーキの掛かり具合、それに走っている場所と次に停車する駅名が表示されます。親切丁寧に教えていただけますが、停車位置にきっちり停めることはできませんでした。
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レールパークのお向かいに、鉄道模型ゲーム館があります。大きなジオラマを走るNゲージを操作することが出来ます。運転席は4つありましたが、貨物車は操作出来ませんでした。この席では飯田線のクモハ52形を操作出来ます。ちょうど山の中腹の高架を走っている横須賀線色の列車です。
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大きなジオラマですが、動かしている人が他にいません。8月末の日曜日だというのに、園内には園児をつれた家族がちらほらいるだけで、学生たちの姿は無く、閑散としています。窓の外に見えている赤い壁の建物が「科博廣澤航空博物館」です。
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ここにも「がんばれ運転士!!」などのゲーム機があり、無料でプレイ出来ます。「おひとり様1プレイで」と張り紙がありますが、他に人がいないので、やり放題です。
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「科博廣澤航空博物館」に来ました。
ガルフストリームⅡは、グラマン社が開発した最高級ビジネスジェット機です。1966年に初飛行、ロス~ニューヨークまでノンストップで飛べる機体として開発されました。機体は、ジェットエンジンを動態後部の左右に持ち、T字尾翼を持つ型式となっています。なお、NASAでは同型機がスペースシャトルの操縦訓練機としても使用されています。現在はガルフストリーム社となり、ガルフストリームシリーズもGⅡ、GⅣ、G650と最新の機体を開発、世界中で活躍しています。
1974年に国土交通省が飛行検査機として導入しており、登録機番はJA8431となっています。この格納庫に展示してあるYS-11と共に日本全国の空港設備の点検に従事し、日本の空の安全に寄与しました。2003年には民間ジェット機としては世界で初めて南極での運航を実施しています。なお、2011年3月の東日本大震災の翌日、被害状況確認のために観測飛行を行っています。 -
零式艦上戦闘機、通称「零戦(ゼロ戦)」は、皇紀2600(1940)年に海軍の正式戦闘機として採用されたため零式と呼ばれます。日本の航空機開発技術は1935(昭和10)年前後にようやく欧米の模倣を脱却し、零戦は三菱の堀越二郎・曾根嘉年技師らの設計により、徹底的に軽量化された機体による高い運動性能と、落下タンク等の採用による3000kmを超える驚異的な航続性能、7.7㎜銃2挺、20㎜砲2門、30~60㎏爆弾2発の強力な武装を誇り、開発当初は世界でも最優秀の飛行機となりました。終戦までの5年間に、多数の派生機種を生み、日本の飛行機史上最高の約1万機が生産されています。21型は開戦初期の主力機で、空母搭載のために両主翼端50㎝が折り畳み式となっています。
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本零式艦上戦闘機は、昭和47年にラバウル北西のニューブリテン島ランパート岬沖で発見されて引き上げられたものです。オーストラリアでの修復後、昭和49年に国立科学博物館に寄贈されました。本機は、ラバウルに残された数機の破損した零戦を現地で修理、組み立てたうちの1機で、偵察用として複座に改装されました。ベースは零戦21型で、機体番号53-122はラバウルに残留した航空部隊二五三空の所属、操縦士は吉澤徳重上飛曹であったとされています。
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ゼロ戦の運転席・・・にしては操縦桿がない?
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零式艦上戦闘機第二隔壁部。つまりどこ?お好きな方のために、掲載しておきます。
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「ザ・ヒロサワ・シティ」は、2021年3月国立科学博物館と共に一般財団法人科博廣澤航空博物館を設立。前年に移設されたYS-11から発展し、国立科学博物館の航空関係収蔵品を移設展示することとなりました。
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シコルスキーS-58は、三菱重工業が1958(昭和33)年からノックダウン生産を行った輸送ヘリコプターです。本機は、民間型で、海上保安庁が3機購入したうちの1機で、南極観測船「宗谷」とともに第3次~6次(昭和32~37年)の南極観測に使用され、1959(昭和34)年には南極に残されていたカラフト犬「タロ」「ジロ」を救出しました。ちなみに救出された「ジロ」の剥製は、国立科学博物館に、「タロ」は札幌の北海道大学植物園の博物館に保管されています。1954(昭和39)年からは、海上保安庁で海難救助や海上公害監視、海上交通指導などに使用、1974(昭和49)年に国立科学博物館に移管・展示され、1999年に筑波の保管庫に移りました。
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「タロ」「ジロ」の像が、ここにも置かれています。1983年に高倉健主演の映画「南極物語」が作られました。
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YS-11量産初号機。YS-11は輸送機設計研究協会が基礎設計し、日本航空機製造が製造した国産ターボプロップ双発輸送機で、1962(昭和37)年に試作第一号機が初飛行しました。182機製造され、国内では2006(平成18)年まで民間旅客機として使用されました。
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国立科学博物館が所蔵・保管しているYS-11(JA8610)は、1964年10月23日に初飛行した量産1号機(製造番号2003)で、1965年3月30日、運輸省(現在の国土交通省)航空局に納入され、「ちよだⅡ」と命名され、飛行検査用として運用された機体です。1998(平成10)年12月18日、21,015時間に及ぶ総飛行時間を記録して引退し、翌年に国立科学博物館へ移管後は年間約4回の定期点検を行うなどして2020年まで、羽田空港内の施設で保管されてきました。2007年に日本機械学会「機械遺産」、2008年に日本航空協会「重要航空遺産」に認定されています。
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機体には日本語で注意書きが。
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翼のエンジンポッドが大きくて不格好です。
YS-11は2006年9月30日に国内の定期路線から引退しました。ラストフライトは日本エアコミューターの沖永良部島~鹿児島便でした。この時使用された機体はJA8766とJA8768です。
国土交通省航空局が所有していたJA8709を始め4機を、石川県のと里山空港に隣接する日本航空大学校が所有しています。因みに大型ヘリのベル式206型・シコルスキー式 S-76型も保有しています。2024年元日の能登半島地震で被災した生徒たちが兄弟校である山梨県の日本航空学園に一時転校していたことは記憶に新しいです。 -
FA-200・エアロスバル。富士重工(株)が開発、製造した国産軽飛行機。戦後、自衛隊用の米ビーチクラフト社のT-34Aメンター練習機をライセンス生産し、改良型のLM-1、KM-2などを製造したノウハウや戦前の一式戦闘機「隼」の経験を生かして開発された小型飛行で、1965(昭和40)年8月12日に初飛行しました。全金属性の低翼、固定脚、単発ライカミング・エンジンズ製水平対向4気筒レシプロエンジンのプロペラ機で、軽量化等により良好な運動性や充分な航続距離を備え、1986(昭和61)年に生産終了するまで299機(試作3機含)が製造されました。
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館内の片隅に丸っこい、一見新幹線に見える塗装の機体があります。フライトシミュレーターです。こちらも無料で体験できます。
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「鉄道きっぷ館」です。全国で発売された記念切符などを展示しています。これは各社が発行した「天皇陛下御在位五十年記念乗車券」です。
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次は御在位60年記念。
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まだあります。
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帝都高速度交通営団発行の「天皇陛下御在位六十年記念乗車券」歴代のお召列車です。
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鉄道資料館です。東北地方の特急列車などのエンブレム。どうせならサボも欲しいところです。
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2016年から2020年と短命だった現美新幹線です。上越新幹線(越後湯沢~新潟間)で運行していました。引退がコロナの年で、GO TO トラベルを利用して乗りに行きました。この時は特別に上野駅までやって来ました。車体の老朽化が原因で引退したので、すべて解体されたそうですが、なんとここにノーズだけ残っていました。
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2020年10月の現美新幹線です。このノーズ(カバー)がここに保管されているのです。
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コロナ以降、鉄道ブームは吹っ飛んでしまいましたね。
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隣のホームに停まっていたE6系「こまち」です。赤いノーズが格好いいですね。
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ありました。サボです。もう随分使用している路線は少なくなりました。何と言っても重くて枚数が必要だから運転士は大変です。
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蒸気機関車の心臓、ボイラーの安全弁です。屋根の上に2つ並んでいます。
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真ん丸ストーブ。石炭をくべるスコップもあります。つい触りたくなりますが、使用中は危険な程熱いでしょうね。津軽鉄道ではストーブ列車が走っています。だるまストーブですが、こんなに丸くは無かったような。上に網を乗せて、するめを焼くのが楽しかったです。車内でもするめを売っていますが、駅の売店で買った方が安いですよ。
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鉄道資料館ですから、当然タブレット式閉塞機はあります。
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タブレット閉塞についての説明です。写真は2003(平成15)年4月JR八戸線侍浜駅でのタブレット交換の様子です。
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腕木信号機とタブレットのある風景。小坂鉄道は1909(明治42)年に開業し、1994(平成6)年に営業を廃止。機関車庫や駅舎を利用して2014(平成26)年にレールパークとして再出発しました。ここにはブルートレインあけぼのの車両が展示されており、宿泊することが出来ます。
https://kosaka-rp.com/pages/65/ -
秋田県小坂町の小坂レールパークにある「あけぼの」です。宿泊時は、車庫から出て、ホームに接続します。ホームにはシャワーなどの設備があります。ここにあるのは、オハネフ24-12、オハネ24-555、スロネ24-551、カニ24-511です。
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宇宙航空研究開発機構(JAXA)から譲渡された国際宇宙ステーションの「きぼう」日本実験棟関連物品の展示がある宇宙館です。「船内実験室」、「船外実験プラットフォーム」、「ロボットアーム」は、「きぼう」の開発過程で製作された「エンジニアリングモデル」と呼ばれる実物とほとんど同じ構造の試作品です。
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「船外パレット」は、なんと実際に国際宇宙宇宙ステーションに運ばれ、その後スペースシャトルで地球に戻されたもの
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国際宇宙ステーションと日本の実験棟「きぼう」の説明です。
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最後は、段ボールで製作したSL4号機です。かつて関東鉄道竜ケ崎線を走っていたSLで、実物は龍ヶ崎市にあります。(注:龍ヶ崎の漢字は、龍と竜が混在しています)
「ザ・ヒロサワ・シティ」の「ユメノバ(夢の場)」は、大人のおもちゃ箱です。手当たり次第に集めて、広げて見せたようなもの。広く浅く集めたものの、薄っぺらな感じがします。規模だけは大きいので入場料は高額です。再訪する人は少ないと思います。HPでの案内も不十分で、実際に行ってみたものの、「ユメノバ」の南半分しか行く気になりませんでした。全体に何がどこにあるのかも不明確で、MTBオフロードコース等もあるという事でしたが、地図を見てもゴルフ場しかわかりませんでした。人に勧められる施設ではなかったです。
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