2026/07/30 - 2026/08/03
752位(同エリア1128件中)
afloさん
カラコルムから戻り最後にウランバートル4泊し、ウランバートルの街を歩き回りました。ソ連に戦後抑留された60万人の内1万4000人の日本人の方々がモンゴルに捕虜として送られました。そして新生モンゴル建設のために捕虜労働者として厳しい強制労働をさせられました。冬はマイナス35度。戦争が終わったのに帰れない。寒さ、飢え、家族への想い。1700名の方が亡くなられたそうです。彼らが建設にかかわらされた建物に毎日手を合わせました。政府宮殿、オペラ座、証券取引所、国立図書館、国立大学、外務省。どれも 国家の中枢ど真ん中です。
最後に旅の神様の贈り物でチンギスハーン皇帝に会えました!似顔絵喜んでいただけました。光栄です笑。
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日本人抑留者が建設作業の重要な労働力として働かされた建物
外務省 -
政府宮殿(基礎工事)
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チンギスハーン
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オペラ座
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建物と空を見上げると手を合わせるしかなかったです。
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国立図書館
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証券取引所(当時は映画館)
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モンゴル国立大学
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日本人の仕事の多くは毎日煉瓦を運んで積み上げることだったそうです。
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首都の中心スフバートル広場の回りにはこれらの建物が沢山あります
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オペラ座遠景
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今回のゲストハウスは
* ザヤホステル
* シングル 4泊計$106.20
デパートにも近くとても良かった。wash let完備笑。空港に朝6時の出迎えの車(25ドル)を手配してもらったら朝5時50分に運転手さんがゲストハウスの階まで来てくれたので助かった。(ゲストハウスの外だと車を見つけるのが大変なのでありがたかった) -
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デパートへは宿から徒歩3分
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誰も気にしていない歩かないデパートのエスカレーターの印笑
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久しぶりの炒飯美味かった
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ビールも久しぶり
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また半分ゲストハウスへお持ち帰り
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一番格式のあるウランバートルホテル。
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司馬遼太郎さんも泊まっていた
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ロシア風建築だけどリノベーションされて新しくなっていた
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ホテル前のレーニン像はモンゴルの詩人に変わっていた
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ウランバートル ガンダン寺院
1930年代の弾圧でガンダン寺院も多くの建物が破壊されましたが部分的に残った数少ない寺院。 -
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観音様は1990年代に信者の寄付で復興したそうです。
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チンギスハーン博物館。壮大な素晴らしい展示
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でもまた写真撮影代が、、、。展示物もほぼ現地語の説明のみ。まだ観光国ではないところがいいけど。
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モンゴル国立博物館。チンギスハーン博物館の方が良かった。
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国立博物館でモンゴル最後の皇帝Bogd Khaanの展示があり。興味深かったのでボグドハーン宮殿に行きました。規模も小さく、展示も豪華ではなかったですが、当時の宮殿がそのまま残っていてとても良かったです。
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特に冬宮殿で説明されていた最後の皇后ゲネンピルの物語。ボグド・ハーンが亡くなると、王制は廃止されゲネンピルは再婚して一般市民として二人の子供も授かり暮らしていました。しかし1930年代後半の社会主義大粛清の中で日本のスパイだと言われ逮捕。30代で処刑されてしまう。勿論無実でした。1930年代の闇。
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物価は結構高いけどケンタッキーのこのセットは安かった。400円。
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とにかく渋滞は大変。歩ける距離は歩く!
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旅先で会った現地に駐在されている日本人の方に教えてもらった鉄板お土産三点セット。
Golden Gobi チョコレート(スーパーにはありますが、デパート近くの本店だと少し安い)
HushKhan(高いけどモンゴルの松の実は有名)
Joe AARUUL
AARUULはヨーグルトを干して固めた乳製品づくりの最後にできる「保存食の完成形」。
単なるお菓子ではなく、遊牧生活そのものを象徴する食べ物なのでJoeの小さい35グラムの袋を沢山買いました。日本のヨーグルトと違うモンゴルのリアルの味。おすすめ。 -
Joeの35グラムがなかなかなかった(85グラムはあるけど)けどこの高級スーパーにありました。
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首都は何でもあります。
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最後にモンゴリアンホットポット。本当のモンゴル料理ではないと思いますが大人気。
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夜は予約必須だったので宮殿の帰りに3時頃行きましたがそれでも少し待ちました。
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やはり馬肉でしょう
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美味かったあー。
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おっちゃんチンギスハーンちゃうの? メガネとってもらえますか?
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あー。ホンモンや! おっちゃんもチンギスハーン、チンギスハーンとつぶやく笑
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とっても喜んでいただけました。閣下!光栄です。
おかげで最後までいい旅でした。多謝。 -
PS 旅が帰国したら終わるのではなく、今回のモンゴルは、帰ってからじわじわ効いてきています。
(1)ゲル地区
ガイドさんが社会主義の時代は生産も上がっていいところもあった。でもその後自由になって大変だったと言っていましたが、社会主義になったから遊牧が壊れたのではなく、社会主義の70年間で遊牧そのものが社会主義制度の中に組み込まれ、その制度が突然なくなったことで、遊牧民はどうしたらいいかわからなくなった。その結果大量の遊牧民が都市に出ざるをえなくなり、現在、国の半分の人口はウランバートルで、更にその半分が郊外のゲル地区にすんでいるそうです。ゲル地区には水道も電気もないところが多いそうです。ゲル地区と言うのは、スラムとは違い社会主義崩壊の受け皿地区として生まれた。旅の間、ゲル地区というのがありそこにそんなに多くの人が住んでるのは知りませんでした。
(2)モンゴルの草原
またどうして草原があんなにモンゴルは豊かなのかと思っていましたが、地中の永久凍土が夏に絶妙に水を染み出し草を育てているそうです。永久凍土の最もすごいところは、水分を提供するだけでなく、水を地下に逃がさないという点。通常、雨や溶けた水は地面の奥深くへと染み込んでいってしまいます。しかしモンゴルでは、活動層の下に「凍ってカチコチの永久凍土の壁」があるため、水がそれ以上下に染み込めません。これにより、溶けた水が地表近くにとどまり、雨の少ない乾燥したモンゴルでも、草がしっかりと水分を吸い上げることができるそうです。
しかし、近年の地球温暖化によって永久凍土が急速に溶けすぎてしまうという問題が起きている。永久凍土が深く溶けすぎてしまうと、今度は水が地面の奥深くまで沈んでしまい、地表の草の根まで水が届かなくなります。その結果、土地が乾燥し、草原が砂漠になってしまう現象(砂漠化)がモンゴル全土で深刻な課題となっているそうです。
また、近年、ヤギのカシミアは高く売れるため、ヤギがほかの家畜に比べてかなり増えているそうです。ヤギは、羊と違って草の根まで食べてしまうので、植物は再生できないほど損傷を受けるそうです。
モンゴルの草原大丈夫だろうか?
政治と環境、商業に今もモンゴルの遊牧文化が深刻な影響を受けていること旅から帰って知りました。
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この旅行記へのコメント (2)
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- きなこさん 2026/08/23 18:16:17
- チンギスハーンの似顔絵
- こんにちは♪
以前 似顔絵を教えて頂いた者です
実は今モンゴルなんです
ウルギー周辺をまわって明日はウランバートルに戻ります
お土産の3点の、私もあのアロール欲しかったのでお店参考になりました
ザヤホステル!私もそこを予約しています。1泊だけどウランバートル楽しんできます。
似顔絵、とても良いですね
スケッチブックすっかり忘れてしまいました。残念
きなこ
- afloさん からの返信 2026/08/23 18:32:10
- Re: チンギスハーンの似顔絵
- こんにちは。そうですか。モンゴル貴重な体験でした。楽しんでください。ザヤホステルスタッフも運動神経あり一番いいと思いました。アロールーはデパートでは85グラムしかなかったので他で何とか探せました。モンゴル土産としてはいいと思いました。
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