2026/07/28 - 2026/08/03
572位(同エリア1139件中)
afloさん
一旦ウランバートルに戻り次はモンゴル帝国の都だったカラコルムに行きました。
カラコルムは元の滅亡後 蒸発したように草原に戻った(司馬遼太郎 草原の記)
基本都市を持たない移動国家のモンゴル人が初めて作った大モンゴル帝国の首都がカラコルムでした。でも今は13世紀当時のカラコルムの街並みは残っておらず、当時の城壁の四隅に置かれていた石亀が唯一当時から立ち続けています。広大な都は草原に戻りました。亀さんだけが見た。強者どもの夢の跡。
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ゲルから帰ってウランバートルで2泊休養
Amar Guest House
* シングル 2泊計$49
ロシア製のピアノの音色が美しかった。 -
広々としてバスタブもあり お湯がふんだんにでてゲル生活の後にくつろげました。アマールさんご夫婦も優しくてとても感じ良かった。
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またドラゴンバスステーションからバスでカラコルムへ。
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朝ごはん サンド700円、コーヒー500円 結構高い。
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カラコルムへ
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5時間半
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宿のDeep Mongoliaゲストハウス。とてもいいゲルホテル。バス停まで迎えにきてくれる。
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ゲル個室一棟で朝食付き一泊30ドル。一番安いかも。一人旅多く、コスタリカ人、フランス、中国、チェコ人、インド人と多彩だった。
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ご主人のボギーさん いい家族宿でした。
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朝食はたっぷり。
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カラコルム博物館 遊牧国家を時系列で詳しく説明した素晴らしい展示
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日本の援助で作られたからか展示も日本人にわかりやすい気がしました。
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カラコルムのエルネデゾー寺院
1920年代、モンゴルには約700以上の寺院・僧院があり、およそ10万人前後の僧侶がいたそうです。当時の人口は80万人程度なので如何に僧侶の比率が高い仏教国だったか。しかし、社会主義になった1937年から39年の宗教弾圧で殆どの寺院が破壊され、僧侶も還俗の強制と処刑で一時、数百人まで減ったそうです。完全消滅は免がれたのですが壊滅に近かった。
その後、民主化で仏教の復活はありましたが、それでも僧侶の数は現在数千人で、寺院もエルネデゾー寺院含め全土でいくつかしか残っていないそうです。
モンゴルは元々のテングリズム(大空を神とする自然信仰)とチベット仏教(ラマ教)が共存して深く根付いていたのですが、仏教への弾圧で人類の宝というべき文化がどこまで破壊されたのか想像もつきません。 -
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亀石は、寺院の北口の裏あたりにあると聴いていたのですぐ見つかると思って寺院の北口を出て周りを探したけど人が集まってる場所もないしそれらしいものもない。歩き回ってからチャッピーに聞いたら50メートルくらいにありますとまたいい加減なこと言うけどない。何人か近くに来た人にも聞いても知らない。チャッピーが北口ではなくて北西角50メートルとか言うけどやはりない。Geminiに聴いたら北口から500から700メートルとまた違うこと言うけどない。チャッピーはよくやりましたここまで探し回ったのはあなただけですあきらめましょうとアホなこと言いよる。そこで最後に通りかかったグループに1人お坊さんがいて指さしてくれた。北西角から600メートルでした。結局この亀石を探すのに2時間歩き回りました。こんなすごい亀さんなのに観光客もほとんど来ない。
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* 世界中から職人や商人が集まる。
* 使節が行き交い、ラクダの隊商が到着する。
* ペルシャ語、中国語、モンゴル語、ロシア方面の言葉など、さまざまな言語が飛び交う。
これを見てきた亀さんです。 -
急な雨の後2時間歩き回って探した草原。モンゴルの雲。
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カラコルムの再現模型 人口1万人から1.5万人
12の仏教、道教寺院、2つのモスリム寺院、一つのキリスト教会があった。
国籍は契丹、中国、ウイグル、チベット、ペルシャ、インドにヨーロッパで捕虜になったフランス、ドイツ、ハンガリー、ロシア人など多国籍、多宗教、多文化な都市(カラコルム博物館の説明)
城壁の周りは約3.5キロメートルで世界帝国の総指揮所としては、天のように小さかった。(司馬遼太郎 草原の記) -
流石に羊に少し疲れてきた笑
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オルホン碑文博物館
8世紀の突厥時代のオルホン碑文が有名で宿の3人(中仏日)で宿の車お願いして片道30分オルホン碑文博物館に観に行きました。(この碑文も亀石の上に載っていた。)
高さ3.5メートルのばかでかい突厥皇帝の碑文は圧巻でしたが、博物館は入場料500円で写真撮ると追加1000円なので写真なし。カラコルム博物館も入場料750円写真撮ると追加1500円。誰が撮るかあ?。
碑文の表は突厥語(古代テュルク語)、裏は漢文で書かれていたので中国人のジュディになんて書いてるのと聞いたら古文だから難しいけど中国皇帝への賛辞が書いてるみたいと。
面白かったのは後で調べるとこれは痛快な二枚舌の碑文でした。
裏(漢文) → 「唐皇帝の徳を称える 」(唐皇帝や外交相手向け)
表(突厥語) → 「中国に依存してはいけない。だまされるぞ。自分たちの力で国を守れ。」(自国民・未来の子孫への遺言)
当時の唐からの使節も表は同じことが現地語で書かれてると思ったんでしょう。
この碑文は「テュルク民族が自らの言葉で残した最古級の歴史書」として世界史上も非常に重要な資料だそうです。
今も変わらぬ遊牧国家と中国の微妙な関係がわかりとても面白かった。
もう一箇所ウイグルの遺跡にも行きたかったんですが 「ガソリン不足で一か所しか回れないんです」と言われました。ロシアからの輸入が激減だそうです。モンゴルにも影響してるんだ。 -
展望台
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ここカラコルム周辺のオルホン渓谷は紀元前から遊牧国家の聖地で一丁目一番地。(ユネスコ文化遺産にも登録)
歴史的には順番に
* 匈奴
* 鮮卑
* 柔然
* 突厥
* ウイグル
* 契丹(遼)
* モンゴル帝国
が次々と支配してそれぞれの文化を残しました。
宿近くに戻って展望台のある見晴らしのいい丘でおろしてもらい、眺めた渓谷はまさに遊牧民族の聖地でした。
家畜を食べさせる豊かな草原があり、川があり水も調達でき、冬を越せる風除けの山がある。
チンギスハンもこの辺りで野営したのか、匈奴も突厥もウイグルもこの川を渡ったのかなぁと空想しながら眺める時間は最高。
先輩に「歳取ったら若い時と違い、平行移動だけではない時空を超えた垂直移動の旅せなあかんで」と教えてもらいましたが、ほんと垂直移動は面白い。 -
遊牧国家の聖地 オルホン渓谷
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ハルホリン(ここに昔カラコルムがあった)
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展望台から1時間歩いて帰ったらガソリンスタンドは先が見えない列でした。家畜の移動や物資の運搬には死活問題だと思います。
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どこも大変な車の列。ウランバートルでもガソリン不足は同様で 日々の生活に影響が出ています。
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