2026/05/18 - 2026/05/19
437位(同エリア10516件中)
Kちゃんさん
あの震災から15年が経ちました。
震災3か月後に気仙沼を訪れて以来、野次馬的ではありましたが毎年訪れて復興具合を定点観測的に記録してきました。
その間、東北以外でも熊本や能登、さらに先日の再び熊本と大きな地震が発生し被災される方も多くいらっしゃいます。
それらの地域も東日本大震災の各地同様に復興には長い年月を要すものと思います。
私の訪れた地域も復興が始まってから数年は毎年大きな変化に驚かされたものですが、この何年かは一段落したのか、また地域の方々も新しい環境の中でそれぞれの生活が始まり、外観からはすくなからず新しい街の落ち着きを感じられます。
そういう意味では15年目の今回は一つの区切りにもしたいと思います。
後編は気仙沼あたりの様子です。
- 旅行の満足度
- 4.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 3万円 - 5万円
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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佐々木朗希と
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綺麗な復興記念公園を後にして気仙沼に向かいます
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旧45号線から
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先のICを経て
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三陸道へ。
現在の三陸道は松島以北は無料区間で、45号線を名乗っています。
ほとんどが旧45号線と並行していますが、
気仙沼と陸前高田の間は旧45号線が大きく唐桑半島補面に迂回してしまうため三陸道が便利です。 -
と言いつつも、
気仙沼市街を訪れる前に気仙大島へ行こうとしたところ、予定していた浦島大橋ICが進入のみの設定で降りることができず、そのまま気仙沼港横断大橋をわたってしまうことになります。 手前の気仙沼鹿折ICで降りなければいけなかったんですね。 -
湾を渡った気仙沼港ICも進入のみで降りることができず気仙沼中央ICまで行ってしまいます。 「並行していて便利」と言いつつもICの詳細を理解していないととんだことになります。
ということで気仙沼市街外れの旧45号線。 -
そこから南気仙沼のあたりへ入っていきます。
このあたりも嵩上げされた地域ですが高さは3mくらい?
ガソリンスタンドや商業施設などたちならんだ新しい街ができつつあります。 -
2014年
嵩上げ工事が始まったころの同じ一帯です。
陸前高田や志津川のように10mを超えるような嵩上げは行われていません -
海の市
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2011年
震災3か月後の海の市です。
震災前は建物の色は青でした。
打ち上げられた漁船には手がついていません -
2011年6月
上の写真と同じとき海の市少し手前の一帯です。
このあたりの住宅は土台を残してながされてしまったのか?
重機が入っていますが瓦礫の撤去は道などを確保するのが精いっぱいのよう。
歪んだ車も放置されたままです。 -
現在の気仙沼港です
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ちょうどカツオ漁の直前とあって多くの漁船が岸壁を埋めていますね。
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錨のモニュメント
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2011年
震災3か月後に訪れたときは火災にあった漁船がそのまま係留されていました。 -
2015年です。
震災で港の岸壁一帯は1m以上の地盤沈下に見舞われましたがこのころから岸壁の嵩上げ整備が始まっています。 -
駐車場へ車を入れます。
「3時間無料」は大変にありがたく、気軽の港付近をぶらぶらできます。 -
お隣には御先祖様(旧型86)がいらっしゃいます。
現行モデルは前モデルよりも全体にふっくらしているのがわかります。 -
一帯は漁師さんあいての夜の店が多くありますが昼間は静かなもの
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2013年
商店街の中ででも夜のお店はいち早く復活していますね。 -
このマンションはいち早く建ちましたね。
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2018年
付近はまだ嵩上げ工事中のなか、すでに完成しているマンションです。 -
2011年
マンションの先の交差点付近、消防署と交番のあった場所です。 -
2018年の交差点の様子
オレンジ色のフェンスのあたりにあった交番の建物は撤去されていますが一帯の嵩上げ工事で殺風景です -
今の紫通り
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2012年
震災から1年経ち、壊された建物の撤去もだいぶ進んでいますがMAIYAなど大きな建物は取り壊される前。 -
ほぼ同じ場所、現在の様子
中華の名店福建楼、 -
あさひ鮨さんはこちら
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2011年6月
震災後3か月の様子です。 -
同じく2011年6月
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2011年6月
通りの反対側から -
2011年6月
上の写真の赤い建物の向かい側あたり -
現在の風景、この角のビルは15年間変わりません。
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2014年の同じ場所の様子
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現在も付近には土台だけ残された跡も
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通りの裏側空き地は?
かつて仮設商店街のあったところでしょうか? -
2012年
紫神社下のあたりに仮設商店が建ちました。
一階はコンビニ店、2階にはすでに「BAR」なんて看板も見えますね。
1階のコンビニ店のとなりが「あさひ鮨」さんの仮店舗。 -
2013年
仮設商店街はさらに向かい側のエリアに広がります。 -
2015年
その後、たぶん仮設ということで期限があったんでしょうか?
次第に入居していたお店も減り、 -
2018年
には恒久建築の飲食店ビルなどが建ち、その後上記の福建楼さんやあさひ鮨さんなどのお店も復活していますね。 -
現在もこの付近には空き地も多く
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駐車場くらいにしか使われていません
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「両国」の造り酒屋角星さん
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こちらは「男山」の男山本店さん
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2011年6月
津波で1階部分が潰れ2階、3階が覆いかぶさってしまった男山さんの建物。
付近は地盤沈下してしまい満潮時には岸壁から海水も侵入してきてしまうため前面道路は砂利で応急に嵩上げされています。 -
2012年
砂利でかさ上げされていた道路も簡易舗装が進んでいますね -
現在の内湾
大島大橋開通前はフェリー発着所だった岸壁です。 -
いまは遊覧船の発着場所
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といっても一日数便しか無いようで、午後3時前のこの時間には終わっています。
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2011年6月に訪れた時のフェリー乗り場付近
フェリー用の乗船橋は崩れ落ちています。 -
2011年6月
上の写真あたりをを反対側から。
岸壁左側に見えるのは当時港に在った3階建ての立体駐車場。
右側、山の中腹に見える女子高体育館のかまぼこ屋根も気仙沼の風景だったかもしれません。 -
2011年6月
こんな立派な立体駐車場でした -
2012年
震災後も気仙沼大島とを結んでいたフェリーです。 -
2013年の岸壁
翌年にはだいぶ片付きましたがフェリー乗船橋は落下したまま。
仮設の乗船橋からフェリーは発着していました。 -
2018年
防潮堤の一部として建てられたピア7、完成のころ -
現在この一帯は「ピア7」として再開発されています。
単に商業施設や飲食店が入居しているのではなく「まち、しごと、交流プラザ」として市行政の機能も担っていますね。
この建物があるあたりが立体駐車場だった? -
ピア7には地元のFM局も入居。
このスタジオから発信しています。 -
何かと思ったらハンモック式のベンチですね
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道を渡って商業施設の中
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海産品のお店ですが
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気仙沼名物の「カジキマグロ」
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めばるが211円 カレイが315円、と都会では信じられないようなお値段
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フライや塩焼きなど調理済のものも。
ただお客さんの姿は乏しく、捌ききれるのかしら? と心配になります。 -
岸壁の傍らに建つ渡辺謙さんのCAFE、K-PORT。
再出発のためいったん休店と聞きました。
なんどか訪れさせていただきましたが、1回は謙さんの姿がお店にありましたね。
※その後、この土地のオーナーでもある磯谷水産さんがこの形のまま引き継ぐことになったようです。 -
港町ブルースの歌碑
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2011年3月
震災前、この歌碑は男山さん前の岸壁にありました。 -
2014年
まだまだ新防潮堤の工事は始まっていないころ、歌碑もひしゃげた姿のままでした。
観光バスの停まっているあたりが立体駐車場が取り壊された跡。 今はピア7がある場所ですね。
その後、歌碑はいったん撤去され「どこへ行った」と案じていましたが今の場所に移設されています -
2018年
現在の歌碑がある場所付近から
このころから防潮堤の工事が本格化しピア7の骨格も見え始めています。 -
内湾の岸壁付近を離れて、気仙大島へ向かいます。
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2016年
岸壁の道路は整備中ですが上の写真で分かるように現在この道路と岸壁の間には防潮堤が完成しています。 -
2016年の岸壁一帯嵩上げと防潮堤工事
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内湾から鹿折地区、そして右折して気仙沼大島大橋へ向かいますが、
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2013年のこの辺りには
津波で打ち上げられた大型漁船がまだ撤去されず残っていました。 -
2016年の同じ場所
漁船は撤去され、道も以前とは東に100mほどずれたところに新たに設けられました。 復興工事用のダンプがひっきりなしに通行する当時の様子が感じられます。 -
現在この辺りの海産加工工場は再建されています。
ただ、この地区の嵩上げはほんの数mのはずですが。 -
2018年のこの辺り
道の整備も進み、海産物工場とともに集合住宅も建てられてきました。 -
鹿折地区から交差点を右折すると気仙沼大島へ続く道です。
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この道のトンネルは「浦島△△トンネル」「乙姫XXトンネル」と名ずけられていますが、最近の地図を見ると道路そのものもいつのまにか「気仙沼大橋龍宮海道」となってますね。
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2019年に完成した気仙沼大島大橋を渡ります。
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まず、たどり着くのは数件のお土産店と飲食店のあるレストハウス。
気仙沼大島ウェルカムセンター、観光案内所。 -
隣接の土産店には牡蠣やほやなど地元の海産品
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気仙沼のゆるキャラは「ほやボーイ」
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冷凍された牡蠣やほやなど自動販売機もありました。
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ソフトクリームの看板に引き寄せられます
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蔵王ソフトクリームが旨そうですが。
FROM ZAO ISLANDとは? -
お店に入ります。
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御主人が凝ってらっしゃるオーディオですね。
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静かにJAZZが流れています。
いい-、感じ。
小一時間ぼぉ-っとしていたい気持ちです。 -
というなかでソフトクリームをいただきます。
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ほやボーイと。
この海岸は気仙沼の岸壁からのフェリーが発着していた大島側の岸壁です。 -
海来桜?
2008年、高知産の桜の種が実験のため宇宙ステーションに持ち込まれ、戻ってきて貴重な発芽したものが持ち込まれたそうです。
大きく育ってください。 -
気仙沼大島はこんな感じです。
先ほど「浦島」「乙姫」の話題を出しましたが浦島伝説の島とも言われ、南端は龍舞岬ともなっています。 -
以前登った亀山へ行こうとしましたが通行止め。
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中腹の駐車場から頂上までケーブルカー(モノレール)を敷く工事中のようです。
下から眺めるとほぼ完成済?
震災前はこの場所から山頂までリフトで結ばれていて、気仙沼はもちろん周辺からの観光客が多く訪れていました。 -
龍舞岬へ向かいます。
東側の海岸、田中浜。 -
ここは少し前のNHK朝ドラ、お帰りモネの舞台となった場所。
当時映っていた砂浜の廃船もまだありますね。 -
気持ちの良い道
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こんなところは今回乗っているスポーツカーに最適です。
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岬を一周する道路から左へ入ります。
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龍舞岬レストハウス。
今日も閉まってますが、営業は週末だけ? -
「三陸復興国立公園、龍舞岬」とあります。
復興と名をつけた国立公園なのですね。 -
岬へ出ます
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山つつじが綺麗に咲いています
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絶景です
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ところが何か霞んでますね。
思いだせば道中ラジオで宮城県北部に「濃霧注意報」と言っていました、海からの霧りです。 -
小さな漁港です
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こんなところも高い防潮堤が整備されています
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島の西側沿岸は町というか家並みや学校が立ち並んでいます。
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帰り際に気仙沼大島大橋を撮影
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橋の下は牡蠣養殖筏です
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島の全景はこんな感じ。
先ほどの観光用案内地図よりも詳しい表示ですね。 -
橋を渡って、今度は気仙沼湾横断橋の真下で。
こんなスポットがあるなら行ってみます。 -
こんな感じ。
手前が気仙沼湾横断大橋、その向こうのアーチが気仙沼大島大橋です。 -
撮影スポットから気仙沼港方面。
このあたりの防潮堤は立派ですね。 -
さて、三陸道をたどり仙台へ戻ります。
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途中のSAで、1日堪能したトヨタGR86です。
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エンジンはこんな感じ。
水平対向BOXERエンジン、というと以前のスバル車特有のボ・ボ・ボッという排気音を想像しますが、排気管の長さが等しくされた最近のモデルでは聞けませんね。
私自身、普段も某スポーティーカーを使っていることもあり、この車は運転していて違和感のないスポーツカーで、サイズも手ごろ。 まあキビキビとそこそこの速さを確認しました。 ほとんどをNORMALモード/マニュアルで走りましたがSPORTSモードではプラスアルファのキビキビ感が感じられますね。 オートマなのでNORMALでは走り始めは2速発進ですがSPORTSモードでは1速発進になります。 残念というか気になったのは御多分に漏れず「アイドルストップ」がついているのですが、このエンジン再スタート時の音が「ヤリス」そのものの安っぽいもの。
新車ではなんだかんだで¥500万ちかい車としては興ざめです。 -
仙台に近づきます。
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仙台港東ICから市街へ
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45号線に入り給油です。
もちろん「ハイオク」 -
走行320kmあまりで22.07リットル。
高速主体ですが14km/L以上の燃費でした。
こういうところはさすがにトヨタのスポーツカー? -
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夕方の45号線は結構な渋滞
十分余裕を持っていたつもりですが返却時間までの戻れるかやきもきします。 -
やっと駅前へ到着
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ところがレンタカー屋は朝の混雑同様にこの時間は返却ラッシュ。
レンタカー屋の駐車エリアへ入りきれない返却車が道路に並んでいます。
毎日のことでしょうからこれくらいを捌ききれないのでは不手際ですね。 -
五橋にあるいつものホテルへチェックイン
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一部の階はリニューアルされて綺麗になっています。
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一応「シティホテル」ですので朝刊のサービス
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朝食です。
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こんな感じの朝食会場
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リンゴ酢を出してくれました。
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すぐにいっぱいとなってしまいます。
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サラダ
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美味しそうなパン
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仙台名物、ずんだ、に笹カマ
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あじフライ、というのも珍しいですね。
つい手を出してしまいます。 -
定番の牛タンカレー
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とうことでこんな感じでいただきます。
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帰路は割引価格でグリーン車が取れました。
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こちらはこまち号編成。 はやぶさ編成に比べて多少小ぶりなシートですが「割引」ですから贅沢は言いません。 1時間半で東京駅でした。
丸15年間、震災の被害にあった地域を見てきました。 15年という時間が復興に十分なのか足りないのかはわかりませんが、人間の人生の中で15年といえば当時小学生なら成人して社会人か大学生、高校を卒業するころだった人は30代半ば、30代、40台だったとすればその15年近は人生の最も円熟する時期にあたります。 街の様子は移転されたり新たな建物になったり、と大きく変わっていて復興とは元通りの復活とは大きく異なるものと思いますし、それぞれの方々も人生のなかでの15年間は元に戻らない時間ですね。
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